第250話 折れた花




「……皆様、ありがとうございます」


 驚きながらも丁寧にお辞儀をした。


 それまで散漫していた空気が、一気に固まった。ネイフィス様達からは射ぬかれるほど鋭い視線を感じるものの、あと他の中立的な立場にいるご令嬢方は温かな視線を向けてくれていた。


 その瞬間、背負っていた不安が消え去り始めた。同時に急いで思考を巡らせた。即座に意を決すると、ネイフィス様の方を向く。


「ネイフィス様はいかがでしょうか」


 その一言は、会場内の注目を一斉に集めた。


 空気は私が大公妃にふさわしい、という色が強くなっている。それをネイフィス様もわかっているはず。そんな中で、彼女がどういう回答をするのか興味を持ちながら見つめた。


(……ネイフィス様。もし貴女が知識で対抗してくるなら、これだけは言えますわ。貴女に勝ち目はないと)


 さすがに即答できずに、なにかを必死に考えているように見えた。その様子を静かに眺めながら、答えを待った。


「……とても、ふさわしいと思いますわ」

「ありがとうございます。ネイフィス様のような緑茶にお詳しい方にまでそう仰ってもらえると、凄く安心できますわ」


 微塵も心の底からとは思えない、本心には感じない声色と作り物の笑顔を貼り付けながら、ネイフィス様は答えた。


 だがそれで十分だった。その一言は、決定打となるから。


(ここから先、もし貴女がレイノルト様を、大公妃の座を狙うものなら……ネイフィス様。貴女こそ虚言を吐いたということになる)


 この回答でどう足掻いても、ネイフィス様が自身の欲望を叶えるには無傷では済まなくなった。


「エルノーチェ様、他にも何かおすすめがあるなら教えてくださいませ!」

「私もお聞きしたいですわ」

「私も!」

「ありがとうございます、皆様。では早速ご紹介しますね」


 こうして、今日のお茶会でネイフィス様にスポットライトが当たることはなくなった。心なしかネイフィス様の近くには取り巻きのご令嬢以外集まらなくなっている気がした。


(……貴女の負けですね、ネイフィス様)  


 花を根っこから摘み取ることにはならないものの、茎を折ることはできた気がする。冷ややかな視線で一瞥すると、くるりと背を向けた。


 そして、ご令嬢方の方へと近付いた。今回は私主催のお茶会なので、私は役目を全うしようと奮闘することにした。前世の知識も使いながら、話を聞きに来てくれたご令嬢の好みに合うお茶をそれぞれ選んだ。


(こんなに興味をもってもらえるとは思わなかったから凄く嬉しい……! でもそれだけレイノルト様やリトスさんが緑茶の普及に力を入れてきた証拠よね)


 反応が良いと話にますます力を入れたくなるもので、私は夢中でお茶について語るのだった。



◆◆◆


〈ルナイユ視点〉


 やはりエルノーチェ様は別格だと思う。


 マティルダが、蹴落とすために用意した罠を驚くほど華麗に躱した。その上格の違いを見せつける姿は、圧倒されるほどだった。


(……私もリトス様のことを想って緑茶に関する勉強はしてきた。だからマティルダが明らかに怪しい話を切り出したとき、自分なら助け船を出せると思って急いで近くに向かったけど……全く必要なかったわ)


 それどころか、この会場内にいる誰よりも豊富な知識を無意識にも披露された。


(これ以上大公妃にふさわしい人はいない。そうでしょう、マティルダ?)


 マティルダの計画としては、緑茶に関してなにも答えられないであろうエルノーチェ様の評価を下げたかったのだろう。


(……エルノーチェ様が仰ってたわね。傍にいる相手に似てくると。マティルダ、貴女がルウェル嬢に似たのか、ルウェル嬢がマティルダに似ているかはわからない。けど)


 確かなことを言うならば。


(貴女はあまりにも浅はかで、お粗末だったわ)


 上に立つ者としての風格、惹き付ける魅力、立ち回るための頭脳。


 どれをとっても、マティルダが輝くものはなかった。マティルダにあったのは、生まれながらに持った公爵令嬢という肩書きだけで、大公妃として、社交界を取りまとめる者としてふさわしい資質は何一つなかったのだ。


 そして、エルノーチェ様の知識を目の当たりにしたマティルダは、思考停止したように固まっていた。


(……これが最後の切り札なら、笑い者ね。……マティルダ、最初から貴女はエルノーチェ様に負けていたのよ)


 決して声には出さないが、冷ややかな目を向け続けた。


「ネイフィス様はいかがでしょうか」


 この一言は、さすがに痺れた。

 状況を的確に拾い上げ、マティルダに再起不能とも言える一手を打った。あの瞬間、エルノーチェ様の勝利は確定したといっても過言ではない。


 親衛隊に入ったことは間違いではなかったと確信させてくれる、それぐらい衝撃の大きな言葉だった。


 マティルダという人物から人が離れていき、エルノーチェ様に集まるのに、そう時間はかからなかった。


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