第246話 外れた予想と知らない好意
ネイフィス様とルナイユ様も、自身の席に戻り始めた。
「先程の話はどういう意味だったんだ?」
こそりとシャーロット様が尋ねられた。
「実は、似たように立場を蔑ろにされたことがありまして」
忘れもしない、私が初めて帝国のお茶会に参加したあの日のこと。ルウェル嬢主催だった故に、私は公爵令嬢という身分があるにも関わらず、侯爵令嬢である彼女に格下の扱いをされたのだ。
格下扱いに不満を抱いた、というよりはエルノーチェ公爵家自体を軽んじたことが許せなかったのは今でも覚えている。
その一瞬に留まらなかったことは、ネイフィス様もよく知るはずだが、彼女は無意識にもルウェル嬢と似た行為をしたのだ。
(ルウェル嬢と長らくいたせいかしらね。やり口まで似てくるなんて)
それを皮肉を込めて言ったのだと、簡潔にシャーロット様に説明した。
「やるな、レティシア嬢。そういう遠回しの言葉は苦手だから、純粋に尊敬してしまう」
「すみません、ご不快だったら」
「あぁ、違う違う。私が言うのが苦手なんだ。そういう言い回しを思い付かなくてな……言われても言葉通りに受け取ってしまうから、正直私には伝わらないと思っておいてくれ」
「シャーロット様に言う機会などありませんよ……!」
「ははっ」
朗らかに笑ってくれる様子を見ると、退屈させていないようで安心した。ネイフィス様からの接触も、何とも思っていない様子だった。
(さすが皇后陛下だわ。苦手と仰ってるけど、対応の仕方は完璧だったと思う)
不快という感情を一切出さずに、適当にあしらう対応は、最適解とも言えると思う。あの程度なら、ネイフィス様も言いがかりをつけられない。というより、シャーロット様側には何一つ落ち度はないから。
(意図まではわからずとも、ネイフィス様が焦っていらっしゃるのはわかったわ)
今のところ、ネイフィス様の想定通りに何一つ進んでおらず、このままでは自分の立場が危うくなるという焦り。
ネイフィス様がこんなにも、今回のお茶会にかけているのは、私がこのお茶会を大成功に収められれば、私を支持する層が出てくることが理由の一つ。
何よりも、このような社交場はそう多くないので、今日何かしら自身に優位なことをしておきたい心情は理解できる。
(……それは私も同じ。だから負けるわけにはいかないわ)
グッと気合いを入れ直すと、ご令嬢方の挨拶に備えた。
ネイフィス様という公爵令嬢が、主催である私と皇后陛下を天秤にかけたとき皇后陛下を取った。この行為は、かなり他のご令嬢方に影響を与えるものだと思っていたのだ。しかし、その予想は大きく崩れることになる。
「エルノーチェ様、ご招待いただき誠にありがとうございます……!」
「是非今度は我が家のパーティーにもしてくださいませ」
「細部まで美しい、素敵な会場ですね」
何があったかわからないが、侯爵令嬢方はもれなく全員私の方から挨拶を始めた。
「あ、ありがとうございます」
戸惑いながらも、立ちっぱなしで挨拶を続けた。困惑と純粋な喜びで不思議な気持ちだったが、先程と比べてシャーロット様も明るい雰囲気なことを見て、何となく気が付いた。
(あ……もしかして、シャーロット様の機嫌を気にしてらしたのかしらね)
はっと気が付くと、少し寂しい感情になりながらも納得をした。すると、侯爵令嬢の中で最後のご令嬢がやってきた。
「エルノーチェ様。お疲れ様です」
「シルフォン嬢……!」
「開催おめでとうございます。登場から輝きが増し続けていらっしゃいますわ」
「ありがとうございます。シルフォン嬢のご活躍を聞いていますよ。直接見られなかったのが残念です」
「そ、そんな。緊張してしまいますので」
和やかな雰囲気で話を進めれば、シルフォン嬢が近付いてこそりと教えてくれた。
「皆様エルノーチェ様のことを、とても尊敬してらしてるんです。もちろん、皇后陛下にも敬意を払っておりますが、それ以前にエルノーチェ様のことも同じくらい慕っていると思います」
「……ありがとう」
(お世辞でも嬉しいわ)
優しく微笑めば、その真意がわかったのか、シルフォン嬢は何故か自慢げに微笑んだ。
「エルノーチェ様が凄いということは、これからすぐわかると思いますよ」
「え?」
「なんてったて我らがエルノーチェ様ですから」
「……? あり、がとう?」
よくわからないまま頷けば、シルフォン嬢は自慢げなままシャーロット様へ挨拶に向かった。
(……私が凄いって、何のことなのかしら)
シルフォン嬢の言葉の意味を考えていると、すぐさま挨拶は伯爵令嬢の番になった。
かと思えば、驚きの勢いで私の前に並び始めたのである。
「???」
「おぉ。人気だな、レティシア嬢」
それを柔らかな眼差しで眺めるシャーロット様の方が、この状況を理解できていた。
「お、お会いしたかったです、エルノーチェ様っ」
「は、はい……!」
想像をはるかに上回る熱量の挨拶が、始まったのだった。
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