第245話 過去が影響させるもの(シルフォン視点)



 さすがルナイユ様というべきか、さっとロアンヌ様に挨拶の順番を譲っていた。


(実質三つの公爵家に優劣はない。あるとしたら年齢だから、それを尊重されたのよね)


 細やかな気遣いに、気付くものは気付いていた。


(あの四人の図、とても華やかだわ)


 ネイフィス様が到着されるまでは、和やかな雰囲気がここまで伝わってきた。しかし、それはネイフィス様の登場で崩れ去る。


 ネイフィス様が主催であるエルノーチェ様よりも、皇后陛下から挨拶し始めた。ロアンヌ様もルナイユ様もエルノーチェ様から挨拶をしただけあって、その行動は良くも悪くも目立っていた。


(……それにしてもずる賢い。マナー違反にはならないから)


 当然、エルノーチェ親衛隊からすれば良く思わない行動。だが、ネイフィス様の取り巻きはくすりと意地の悪い笑みを浮かべて眺めていた。


(……ネイフィス様そっくり。やはり傍にいると似てくるのかしらね)


 冷ややかに彼女達を一瞥すると、どちら側にもついていないご令嬢方の反応を見てみた。


(動揺してる方がほとんどね……)


 当然の反応だろうと思いながら視線をエルノーチェ様達へ戻せば、興味深い構図が出来上がっていた。


(これは……!)


 楽しげに話すエルノーチェ様とルナイユ様に対して、静かな雰囲気が皇后陛下とネイフィス様からは感じ取ることができた。


「もしかして……主催よりも先にご挨拶されたことを良く思われてないのでは?」

「でもそうよね。……主催から挨拶するのがマナーだから……」


 隣に座る、どちら派でもないご令嬢方の声が聞こえてきた。


(確かに。先程まで明るい雰囲気だった陛下……表情こそ変わらないけど、どこか冷ややかな雰囲気に見えるわ)


 考えてみれば、エルノーチェ様は皇后陛下からすれば義弟の婚約者で身内となる。お二人の親交が、お茶会に姿を現すほど深いものだとしたら、ネイフィス様の行動を良く思わないのは当然のことだろう。


(もしかして、武器を失ったゆえに自らエルノーチェ様に刃を向けたのかしら)


 それとも罠を仕掛けたと言うべきか。

 今回の行動でネイフィス様に指摘をしてしまえば、自分の方が皇后陛下よりも上だと曲解され悪用される可能性がある。


(エルノーチェ様……)


 聡明かつ完璧な振る舞いを見せるエルノーチェ様が、そのような挑発に乗るとは思わないが、少し不安を持ちながら様子を眺めていた。


(……!)

「まぁ……ご覧になって」

「お相手にされてないわね……」

「というか、話を振っていないわよね?」

「……えぇ、あの態度はいかがなものなのかしら」


 冷やかな態度ではあるものの、皇后陛下側からは最低限の礼儀は通されていた。しかし、ネイフィス様は中途半端な行動をしたのである。


(……どうやら、ご自分が皇后陛下から何か話を振られるとでも思っていたみたいね。何というか、傲慢にも見えるわね)


 言葉までは聞こえないものの、両者の間に沈黙が流れたのがわかった。挨拶を終えたのなら、すぐにそこを去れば良かったのに、ネイフィス様は皇后陛下から何か他に言葉をもらえると思って黙ったように見えた。


 そう分析していれば、隣から漏れてきた不満は予想を裏切るが至極全うなものだった。


「先程までご自身は帝国式がどうの、エルノーチェ様に嫌われているなんて仰ってわよね」

「確かに。……マナーがなってないのも、好き嫌いどうこうもネイフィス様の方に問題があるんじゃなくって?」

(……凄い。さっきまでの振る舞いが自分の首を締めているわ)


 それが皮肉で、面白くて内心ほくそ笑んでしまった。


「余裕がない証拠ですね」

「……ですね」


 同じくこの状況に喜んでいるノースティン様が、ふわりと微笑んで呟いていた。


「で、でも。ネイフィス様にも理由があるんじゃない? もしかしたら嫌われてるのは本当かもしれないわ」

「私も……まだ断定するのは早いんじゃ」

(……さすがにエルノーチェ様側に全員がつくわけじゃないわよね)


 どちら側についていない故に、客観的な視線で語るのは当然のこと。ネイフィス様が帝国にずっと居続けて、親しみのあるご令嬢だと考えれば、少しの失敗は響かない可能性もある。


「……うーん」

「どうしたの?」

「……何か似ている気がしたの」

「似ている?」

「……あ! 思い出したわ」


 それまで黙っていたご令嬢が、ボソリと呟いた。


「ほら、この前ルウェル様とエルノーチェ様が対立する一件があったじゃない」

「あぁ、嘘の評判を流された件よね」

「そうそう。今の状況、なんだか似てない?」

「……確かに。あの一件って、結局エルノーチェ様は何も悪くなかったって」

「その話私も聞いたわ! 火消しをしてたのはそうなのだけど、その時の立ち振舞いがとても素敵だったって」

「え、詳しく聞かせてちょうだい」


 ご令嬢方のやり取りは段々と良い方向へ向いていった。


(これは、風向きが変わったみたいね)


 過去に積み上げた出来事が、両者見事に影響されている。それが不思議なほど対比されてて、ネイフィス様がくすむほど、エルノーチェ様が輝いていくように感じられる。


(……もしかしたら、これなら摘み取れるかも)


 嬉しくなる反面、顔に出さないように表情を気を付けるのに必死だった。


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