第201話 洗練された振る舞いを




 見下される態度というのは、あまり気分の良いものとは言えない。けど、気にせずに笑顔を崩さないで、私は手土産をルウェル嬢に手渡した。


「ルウェル嬢。こちら招待していただいたお礼にございます。よろしければ」

「まぁ、ありがとうございます。中身を見ても?」

「……もちろんです」


 もらってすぐ確認するのは、てっきり親しい間柄のすることだと思っていたので、内心少し驚いてしまった。


 ただ、確認されても困るものではないので、承諾はする。


「何かしら……茶葉?」


 まるで中身を周囲にまで見させるように、袋の中に入っていた実物をテーブルの上に取り出した。


 それを確認した瞬間、わずかにルウェル嬢に小さな笑みがこぼれた。そして、申し訳なさそうな表情をしながら、口を開いた。


「エルノーチェ嬢……非常に悲しいです。確かに私達はまだ交流が浅いとは言え、招待させていただいたことに対する思いくらいは、受け取れると思ったのですが」

(……あぁ、可哀想に)


 回りくどい言い方だが、ルウェル嬢は“こんな安っぽいものを贈るなんて”と言ったようなものだった。


 私が持っていったのは緑茶の茶葉。


 現在フィルナリア帝国では、紅茶と同等に親しまれているのが緑茶だが、その茶葉は社交界にも、平民の間にも当たり前に存在する。


 今では多くの人に親しまれるようになった緑茶だが、ルウェル嬢は緑茶に関する知識は浅いようだった。


 だからこそ、緑茶の茶葉は安価なもので、お礼の品にはふさわしくない、そう判断してのあの発言に思えた。


 悲しそうに目を伏せるルウェル嬢に、意図を読み取った私は、少し同情するのだった。


「もちろん。ご厚意ですから。何をもらおうと問題ありませんわ。ただ……僭越ながら、思慮に欠けるのではないでしょうか」


 ルウェル嬢がそう言うと、周囲の男爵令嬢達も複数人、同調する様子を見せた。まぁ、恐らく彼女達は取り巻きといったところなのだろうが。


「せっかくルウェル様が招待したのに…緑茶の茶葉?」

「あまりにも安上がりじゃ?」

(彼女達も、知識として知らないのね)


 まぁ、最も商家の娘でなければ、他の領地の特産品などは学ぶこともないのだろう。公爵令嬢達の表情を見る暇はないので、彼女達の様子はわからなかった。


「……ただでさえ、他国の人間だと言うのに……思慮に欠ける方では、大公家の未来が心配ですね。他にふさわしい方はいると言うのに……」


 あくまでも、一意見として、周囲から共感をされるように流れを組み立てて話をした。


 他にも、と謙虚な言葉を見せるも、内心では自分がと思っているのは考えずとも明白だった。


 そろそろ言いたいことは言い終わっただろう。そう思って、私は笑みを崩さずに丁寧に意図を説明し始めた。


「ルウェル嬢、気分を害されたのでしたら申し訳ありません」

「いえ……」

「ただ、失礼ですが、その茶葉は決して安価なものではありませんよ。私が大公殿下に無理を言って用意していただいた最高級の茶葉、ですので」

「えっ」


 レイノルト様の名前の出現に、ルウェル嬢の表情は固まる。そんなことなど気にせずに、私は自分の言いたいことを言い切ることにした。


「確かに私は王国の人間で、帝国の常識には疎い所があるでしょう。ですが、少なくともリーンベルク大公家の特産品も存じない方よりは、適任かと思いますよ」


 穏やかな笑みを崩さずに、攻撃的に見えないようにさらっと受け流す。その態度の方が、相手にする価値もないと告げるように見えるから。


 これがリリアンヌ仕込みのテクニックの一つである。実践できているかはわからないけど。


「この茶葉はリーンベルク領で取れたものです。緑茶の茶葉の主な生産地は、リーンベルク領でもあるんです。もしよろしければ、皆様に知っていただければ幸いです」


 これはルウェル嬢というよりは、周囲の男爵令嬢達に向けての言葉だった。


 当の本人は、私の言葉を理解したのか顔色が赤くなり始めていた。先程までの見下した余裕のある表情は、完全に消え去っていった。


「ルウェル嬢。私は王国の人間で、まだ破棄も可能な婚約者の立場です。ですが、それを除いたとしても……私は王国の公爵令嬢にございます」


 なにも、格上に見られたいというわけではない。ただ、見下すことに対する抗議なのだ。


「どうかそれを、尊重していただければ幸いです」


 決して上から目線の物言いではなく、かといって下手に出すぎる言葉でもなく。慎重に選んだ言葉を、優しげに述べていった。


「ルウェル嬢。重なりますが、縁の薄い私を、お茶会に招待してくださりありがとうございます。良い日になることを願っております」


 最後は相手への感謝で、悪印象に染まらないよう心がけた。


「では、失礼します」


 再び洗練されたカーテシーを披露すると、公爵令嬢方には挨拶をせずに自分の席へと戻った。


 何だこいつはと反発する視線、私を見定める視線、唖然としている視線等と、様々な視線を背中にも前からも受けながら。


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