第200話 挨拶をすべき者
婚約披露会はあくまでもレイノルト様が主催と貴族の目には映るため、隣に立つ私にも丁寧な対応をしてくれる。
思えば、あの場で私を見下すことは不可能に近いのだ。
だからお茶会で、自分が評価されているのがわかるはず。現状、ルウェル嬢からは下の扱いをされているが、彼女に留まった話でもない。
(もちろん、顔を覚えられてないから……自分から交流をしに行かないといけない)
まずは身分関係なしに、帝国のご令嬢方のコミュニティに認知されることから始めないといけない。
(本当はここでリリアンヌお姉様みたいな、圧倒的な優雅なオーラを出すべきなんだろうな)
侮られないように、無視できないように、存在感を見せつけるべきだとわかっているものの、その技術は悲しいことに私にはなかった。
(関心皆無の状態から、引き付けるようにオーラを出すのってどうやるんだろう)
新たな課題をみつけながら、会場内を見渡す。やはり公爵令嬢が三人も揃っているからか、自然と視線は主催席に向く。
(……今のところ、ルウェル嬢が席を立つ気配はない)
公爵令嬢達に挨拶をする様子を眺めている。もしかしたら、私の存在には気が付いてもいないのかもしれない。
そんな風に観察をしていると、挨拶を終えた侯爵令嬢達が自分達の席へと戻っていった。
そして入れ替わるように、複数の令嬢が立ち上がって向かった。恐らく伯爵令嬢だと思う。
(凄くきちっと順番を守るのね)
洗練された彼女達の動きに感心していると、シルフォン嬢が戻ってきた。
「おかえりなさい」
「あ……ただいま戻りました」
さすがにここから主催席の声は聞こえないため、シルフォン嬢の会話内容は知るよしもなかった。
「……」
「お疲れですか?」
「え、い、いえ。大丈夫です」
だが、心なしか戻ってきたシルフォン嬢の顔色は優れない気がした。それでも否定されては、それ以上声をかけるわけにもいかない。そっと見守ることを選んだ。
その間にも伯爵令嬢達の挨拶が進み、気が付けば子爵令嬢の番になっていた。
(彼女達が終わると男爵令嬢が挨拶に行くはず。……そこに混じるか)
さすがにすべてのご令嬢が、挨拶を終えた状態で席を立つのは、時間的に無駄だと判断した。
ここまできても、依然としてルウェル嬢に動きは見られなかった。
他のご令嬢は私が来ていることを知らないのだから、認識するのは難易度が高いというもの。
しかしルウェル嬢に関しては主催者であり、私は招待状に出席する旨を伝える返事を出している。だから現時点で接触はもちろん、探す素振りも見せないのはかなり印象が悪かった。
自分から挨拶に行くことを決めると、隣で少し俯くシルフォン嬢に告げた。
「シルフォン嬢、私は男爵令嬢に混ざってご挨拶をしに行ってきますね」
「あ……わかりました。……その、お気をつけて」
「ありがとうございます」
彼女はお茶会が苦手なのかもしれない。そんなことを感じ取っていると、子爵令嬢達が続々と席に戻り始めた。
(……よし、行くか)
男爵令嬢と思われるご令嬢方が、何人も席を立ったのを確認すると、それを見て私も立ち上がった。
「エルノーチェ様……それは?」
「あぁ、これですか」
シルフォン嬢は、私の持っている紙袋が気になるようだった。
「ルウェル嬢に招待のお礼を持ってきました。せっかくなので直接、と思いまして」
「なるほど……」
「あ……手渡しはマナー違反でしたかね?」
「いえ、問題はないはずです」
「良かった。ありがとうございます」
お礼に関する確認がとれたところで、シルフォン嬢に行ってくると伝えて、主催席へと向かった。
男爵令嬢達は、他の爵位のご令嬢よりも人数が多く、紛れるには最適のタイミングだった。
男爵令嬢達は、それぞれ楽しそうにお喋りをしながら挨拶の順番を待っていた。深く考えずに紛れた私は、真ん中の順番くらいに並んでいる状態になった。
(幸いにもお喋りしててくれるから、気まずくならなくて済むわ)
安堵のため息をこぼしながら、自分の順番を待てば、思いの外早く回ってきて、ルウェル嬢の方へと向かった。
「ご招待いただきありがとうございます、ルウェル嬢」
「…………あら」
私が誰かと認識するまで少し時間がかかったかのように思った。顔を覚える気がなかったのか、興味がないのか真意はわからないが、そんな様子を気にすることなく、私は義務だけ果たそうと思って挨拶を続けた。
「改めましてご挨拶を。セシティスタ王国より参りました。エルノーチェ公爵家レティシアにございます」
「もちろん存じておりますわ」
リリアンヌ仕込みの洗練された動きでカーテシーをすれば、後ろから小さく感嘆の声が聞こえた。
私の名乗りが聞こえたのか、隣で公爵令嬢達に挨拶をしていたご令嬢も、公爵令嬢自身も話すのを止めてこちらに視線をむけた。
爵位では上である私の登場にも関わらず、ルウェル嬢は席から立つことをしなかった。
相変わらず彼女の中で、私は格下のようであった。
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