第178話 最高のお別れを
出発当日。
荷物を積める用の馬車で、リリアンヌと最終確認を行っていた。
「レティシア、ここ三つの箱がセシティスタ王国産の贈り物ね。私達は大公殿下のご両親にご挨拶はできないから、その分ね」
「わかりました、お姉様」
わかりやすく他とは違う色を使って用意してくれる所が、リリアンヌの気遣いの良さが現れている。
馬車の荷台から降りると、荷物でいっぱいになった様子を見ながら話した。
「思ったより多くなったわね。これでも減らしたのだけど……」
「無事収まったのが不思議なくらいですよ。お姉様達、全然量を気にしないで持たせるものだから」
「ふふ、思い出を積めたと思えばいいのよ」
「それは大切ですね。ありがたく持っていきます」
「えぇ」
素敵な言葉で表現するリリアンヌを、さすがだなぁという感情で頷くと、彼女の後ろから見覚えのある顔がやって来るのが見えた。
(……しーってやってるから、名前を呼ばない方が良いのかしら)
いたずらっぽく笑うフェルクス大公子を見つけると、リリアンヌにそれを悟らないように表情を変えないことに意識を集中させた。何となく、そうした方がいい気がして。
「やっぱりもう少し積める?」
「えぇと」
「リリー!」
「きゃ!!」
リリアンヌが驚くという珍しいものを眺めながら、静かに空気になった。
「リカルド! 心臓に悪いでしょ、もう」
「ごめんね、ちょっとやりたくなっちゃった」
「子どもみたいな真似して」
「ふふ、怒ったリリーも可愛いね」
「それが言いたかっただけなんじゃないの? 全く」
リリアンヌが可愛く怒る姿を暖かい目線で眺めながら、勝手ににやけていた。
(最後に良いものを見れました。ありがとうございます、フェルクス大公子)
普段見ている頼れる姉の姿とは違うギャップを見られたことに、思わず笑みをこぼせばリリアンヌが空気に気が付いた。
「リカルド」
「あぁ。そうそう、僕も今日はレティシア嬢の見送りに来たんだ」
「ありがとうございます。てっきりお姉様に会いに来られたのかと」
「あはは。否定はしないかな」
「否定しなさいっ」
恐らくフェルクス大公子の背中を小突いたであろう音が聞こえた。
「それにしてもベアトリス嬢とカルセインは?」
「今、大公殿下と最後の話をしてるところよ」
「リリーは行かなくて良かったの?」
「私は少しでも長く可愛い妹との時間を楽しむことにしたの。できれば邪魔しないでくれる?」
「酷いなぁ。空気になってるから続けていいよ」
「難しいことを言わないでくれる?」
二人の夫婦のような安定したやり取りを、変わらずにこにこしながら見ていると、それに気が付いたリリアンヌが尋ねてきた。
「レティシア、何にこにこしてるの」
「いえ、別に何も」
「わかるよ、レティシア嬢。リリーは可愛いよね」
「はい、とても」
「何言ってるの。そして同意しないのよ、レティシアっ」
怒るに怒れない声色でぷくりと小さく頬をふくらませる様子は、可愛らしいの体現だった。
話に区切りがついた所で、ちょうどタイミングよく話を終えた三人が戻ってきた。
「大公子、お久しぶりです」
「久しぶりカルセイン。殿下は披露会以来ですね」
「お久しぶりです」
男性陣が挨拶をしていると、ベアトリスはただ無言で抱き締めた。
「……大丈夫です、お姉様。無理はしませんから」
「……約束よ。過労で倒れたりしたら怒りに行くわ」
「過労が心配なのはお姉様の方です」
「それは……そうね」
「お姉様も無理をしすぎないように、ですよ」
「わかったわ。約束する」
「はい。約束です」
名残惜しい気持ちは当然あるものの、悲しくなりそうな気持ちを抑えながらお互いに笑顔で見つめた。
「お姉様、私も抱き締めたいです」
「……」
もどかしそうな表情で離れると、今度はリリアンヌが優しく抱き締めてくれた。
「レティシア、貴女ならできるから。気張らずにね」
「はい。お姉様方の教えは私の宝物です」
「ふふっ」
「レティシアっ」
リリアンヌが抱き締める力を強めると同時に、ベアトリスが頭を撫でてくれた。
二人の優しさと愛にしばしの間包まれるると、思い残したことはないと言うように、二人から離れた。
今度はその様子を見たカルセインが、近付いて頭に手をぽんと置いた。
「頑張りすぎないように頑張れ」
「正しい返答がわかりませんが、頑張りますね」
思いのこもった言葉を受け取ると、馬車の前に待機するレイノルト様の隣に立った。
右からフェルクス大公子、カルセイン、リリアンヌ、ベアトリスの順に目線を合わせた。
「それでは、行って参ります!」
「行ってらっしゃい、レティシア嬢」
「行ってこい、レティシア」
「行ってらっしゃい、レティシア!」
「いつでも帰ってきなさい。行ってきなさい、レティシア」
力強く頷くと、自分にできる最高の笑顔を向けてから、レイノルト様のエスコートで馬車に乗った。
馬車からは、家族が見えなくなる最後まで手を振っていた。
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