第170話 恐れていたこと(レイノルト視点)
問題を片付けると、三人揃って屋敷へと戻った。
「……」
「フィルナリア帝国に戻ってとんぼ返りをしたのなら、相当飛ばしたのか?」
「そうですね。ですがセシティスタ王国の隣国、アルセタ国で土砂崩れがありまして」
「足止めされてたのか」
「はい。本当は明日復旧予定でしたが、一日早まりましたので急いでセシティスタ王国へ向かいました」
「ご苦労だったな」
「いえ、とんでもございません」
リトスが兄に状況報告をする中、一人で生まれた悩みごとに頭を抱えていた。
「取り敢えず今日はもう寝るとしよう。私は空いてる部屋を使っていたのだが、大丈夫そうか?」
「もちろんです」
「レイノルト、先に寝ているぞ」
「……はい、おやすみなさい」
「疲れてるなら早く寝ろよ?」
「あぁ、わかった」
二人が寝室へ向かうのを遠目で見送ると、応接室に残った俺は静かに腰を下ろした。
どうにも眠れる状況ではなく、思考が集中していた。解決策を模索したり想像する内にどんどん意識は覚醒していき、眠気など全く訪れなかった。
どれだけ時間が経ったかわからないが、カーテンは閉めきっていたのでまるで時間がわからなかった。応接室の扉が開く音がした気がした。
「うわっ!」
「……おい、レイノルト」
「……何ですか?」
「お前まさかずっと起きていたのか」
「今……何時です」
「朝だ、馬鹿! カーテン開ければわかるだろ……!」
シャッとリトスが勢い良くカーテンを開けると、眩しい光が差し込んだ。反射的に目をつぶるがすぐさま開いた。
「……どうかしたのか」
「何がですか」
「その目の下の隈だ。一睡もしてないだろう」
「……あぁ、多分」
「多分って、仕事もないのにどうしたんだ」
「恋愛の悩み事でもできたか」
「えっ」
「……」
兄の声に無意識に反応して顔をあげると、やっぱりなという表情に変わっていた。
「昨日の別れ際、どことなく違和感を感じたのでな。といっても微少なものだが」
「さすがですね。俺はわかりませんでしたが……」
「そしてこの隈ということは、私の予想は当たってそうだが。……さて、レイノルト。何があった」
ポスッと勢い良く椅子に座ると、こちらを向けながら尋ねてきた。
「……」
「リトス、今までもこうやって悩むことがあったのか?」
「ありましたが、隈ができるほどなのは初めてですね」
「そうか」
「…………」
「レイノルト、何があったんだ?」
「……」
考えすぎて力が入らないのか、ただ言い出しにくいのか、口を開くのをとても重く感じていた。
「ど、どうしたんだよ……」
「ふぅ……」
その雰囲気を察したのか、兄は一息つくと静かに諭した。
「レイノルト。私とリトスはお前ではない。言わなくてはわからないんだ。言いたくないのなら、言いたくないと言葉に出してくれ」
「そうだよ……」
「……それです」
ようやくでた言葉はとても弱々しいものだった。
「それ? それって何だ?」
「……気が、緩んだのかもしれないです。レティシアの前で……完全に……やらかしてしまいました」
「……なるほど。相手の考えに答えたのか」
「あぁ……そういうことなのか」
「それで、誤魔化せたのか」
「……いえ。まさか、答えるなんて」
自分を襲ったのは大きな動揺で、誤魔化す言葉が瞬時に何も出てこなかった。それゆえに返すのが手遅れだった為、曖昧な形で終わらせてしまったのである。
「ということは、レティシア嬢は何かに気が付いた可能性があるということだな」
「姫君……」
「…………」
「それで。誤魔化すのか、弁明するのかを悩んでいた訳だな」
こくりと力なく頷くと、弱々しい視線を兄に向けた。
「……これに関してはレイノルト自身の最も大きな問題だろうが……伝えるのか?」
「……言える気が、しません。考えを、気持ちを読まれてたなんて知ったら……良い気持ちなんて絶対にしません。……軽蔑されてしまいます」
レティシアに嫌われてしまうこと。
それだけが本当に怖くて、恐ろしくて、ずっと一日中頭から離れることがなかった。
「姫君は絶対そんなことないだろ」
「……リトスの言う通り、レティシアが嫌悪の反応をしないかもしれない。でも溝は生まれるかもしれない。……それならまだ、今の曖昧に消化したままの方が良いのかもしれない……」
自分の考えにどんどん自信がなくなって声が小さくなっていく。
「……レイノルト。これは既婚者としての助言だ」
「……」
「夫婦間では、基本的に隠し事はしない方が良いと思っている。どんな些細なことでも、すれ違いたくないのなら話しておかなくてはいけない」
「……」
「ただ、兄としての視点では、お前がその力で苦しみ色々な経験をしてきたことを知っているから、簡単に背中は押せない」
「……」
「それでも一つだけ。重要なのは、レイノルトがレティシア嬢を信じられるか、だな」
「……信じられるか」
「あぁ。お前が選んだ女性は、普通じゃないのではなかったか? 心が読まれるのを気味悪がる。それこそ、そこら辺にいる人間と変わらない。では彼女はどうなんだ。私は親交が浅いからわからないが、選んだお前ならわかるだろう」
「……!」
はっと思って目を見開くと、にやりと笑った兄がそこにいた。
「どう伝えるか考えるのには時間がかかると思うが、両家顔合わせまでには決めておけ。それでも無理をするなよ」
「頑張れ、レイノルト。俺で良ければいつでも聞くからな!」
明るくなった表情の二人に、本心から言葉をこぼした。
「ありがとう」
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