第156話 望まぬ既視感
アセルタ国と繋がる道は、カルセインの迅速な対処のおかげで、五日で元通りになることになった。元々そこまで大きな被害ではなかったこともあり、死者はもちろん怪我人も出なかったようだ。
ただ、カルセインが王城にこもりっきりになるとリリアンヌもフェルクス大公子との用事で家を空けることになった。ベアトリスと二人だけになったが、幸いにもカルセインの伝手で、王家の騎士団から何人か人員を一時的に借りることができた。
その手配が行われていた昨日、私は再びパーティーに顔を出して社交界の特訓をしていた。自分にできる限られたことをしながら、レイノルト様の無事を祈った。
翌日、ベアトリスと騎士の顔合わせが始まると私に来客が現れた。
「お客様? ベアトリスお姉様ではなく私に?」
「はい。オーレイ侯爵という方らしいです」
「……あ、もしかしてレイノルト様のことが聞けるかもしれないわ。応接室に通してくれる?」
「わかりました!」
突然のオーレイ侯爵の訪問に一瞬戸惑いながらも、レイノルト様に関する情報が手に入るかもしれないという期待がすぐさま浮かんだ。
急ぎ人前に出れる格好に着替えると、早足で応接室へ向かった。
部屋に入ると、オーレイ侯爵以外にも付き人のような男性が一人後で控えていた。
「すまない、エルノーチェ嬢。突然の訪問をお許しいただければと」
「いえ。何かあれば教えて欲しいと頼んだのは私の方ですので」
ラナがテキパキと紅茶を用意する中、簡単な挨拶を済ませると早速本題へと入った。
「リトスなんだが、今凄く忙しいみたいなんだ。フィルナリア帝国に到着したは良いものの、商会の調子が良くて繁忙期の様子でね。今までそのような事がなかったから、それを乗り越えたら戻ってくるとのことだよ」
「繁忙期……」
「あぁ。注文が殺到してるみたいだ」
(セシティスタ王国以外にも緑茶の取引をしていた、ということかしら)
レイノルト様がリトスさんと別々で戻ってくる可能性も考えたが、リトスさんにとってレイノルト様は無くてはならない存在のため、忙しい時期なら手伝いとして助力が必要だろう。
そんな風に考えていると、何かの既視感を覚えた。
「リトスさんとは手紙の連絡を?」
「そうだ。今朝届いてね。エルノーチェ嬢に伝えようと急いで来たんだ」
「そうなんですね。わざわざありがとうございます」
「いや、礼には及ばないよ」
にこりと微笑み合うも、思わず作り笑顔になってしまうがそれを感じさせないようになんとか雰囲気で工夫をした。
「わざわざご足労いただきありがとうございます。現在もあのお屋敷に?」
「いや、さすがに私の所有ではないからな。今は宿を取っているよ」
「宿となると、帰国は近いのですか?」
「……あぁ。リトスに会いに来たのに、リトスが帝国にいるならここに居続ける理由はないからね」
「ご帰国の際はお気をつけ下さい」
「ありがとう」
その後も他愛のない話を済ませると、オーレイ侯爵を見送ってから流れるように自室に戻った。
「…………」
「どうされました、お嬢様。難しい顔をなされて」
「……うん」
「?」
私が考え込む傍で、お茶菓子の準備をしながら不思議そうに尋ねるラナ。
「何の既視感だろうと思って」
「既視感ですか」
「……どこかで感じたことがあって。何かに似てるんだけど、要素として薄すぎるせいで重ねられないのよね」
「それはもやもやしますね」
「そうなの……」
オーレイ侯爵の言葉を思い出しながら、彼に感じた何かを探る。
「それにしてもこの時期繁忙期とは珍しいですね」
「え?」
「確か緑茶を取り扱われているんですよね? 社交界のシーズンオフであるこの時期に注文が殺到するということは、どこかで祝祭でもあるんですかね」
「……変ね、何だか」
(緑茶はセシティスタ王国で売り出そうとしてた。それは他の国でも似たような状況だとしたら、繁忙期っておかしい気がする)
「変ですか?」
「うん……」
ラナはそれを珍しいと言うが、私の頭の中では不思議を通り越して気味の悪さを少しだけ感じていた。
「……ラナ、昨日は雨が降っていたわよね」
「そうですね。土砂崩れの時よりは少なかったですが、今回は朝まで降っていましたね」
「……」
(アセルタ国と繋がる道が塞がっている以上、馬で届けに来たことは考えられない。となると伝書鳩だけど、雨が降っていたのなら今朝届くのはおかしい……)
深く考え込んだ末に答えが導き出された。
「……お姉様」
「ベアトリス様ですか?」
「……笑顔で平気で嘘をつく。キャサリンお姉様みたい」
「……それは、オーレイ侯爵がということですか?」
「うん。もしかしたら……そんな気がする」
感じていた違和感と気味の悪さの答えが見つかったような気がしたが、その答えがもたらす意味までは見つけられずに、オーレイ侯爵の行動心理が理解できずにいた。
再び考えることになるものの、今度は答えがなかなかわからずにいるのだった。
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