第154話 浮上した問題
不審者が出たと騒ぎになった夜、公爵家内では緊急の会議が開かれた。姉弟が書斎に集まる中、最後に部屋に入ると開口一番全員から心配の声を受けた。
「レティシア! 大丈夫なのね?」
「問題ありません、ベアトリスお姉様」
「本当に? レティシアは無理をしがちだから心配だわ。怪我をしたらすぐ言うのよ」
「ありがとうございます、リリアンヌお姉様」
「もう少し警備を強化すべきだった。すまないレティシア」
「見ての通り無事ですから、お兄様」
ベアトリス、リリアンヌ、カルセインがそれぞれ不安げな表情を見せる中、事の経緯を改めて説明した。
「……それを考えるとやはり必要ね」
「姉様、レティシアだけではありません。姉様はもちろんリリアンヌにも必要かと」
「私はフェルクス公爵家の方がいますので」
「そうなのか、なら二人だな」
「お兄様も必要では?」
「俺は後回しでいい」
「駄目よ、カルセインのも決めなくては」
(何の話だろう……?)
集まっていた三人は、既に何かの話を進めていた様子だった。
「あの、何の話を」
「あぁ、ごめんなさいねレティシア。実は貴女が来るまでお姉様達と護衛の話をしていたの」
「護衛」
リリアンヌからの言葉でハッとした。よく考えてみればこの家には専属護衛というものが存在しない。
以前はキャサリンにのみついていた気がしなくもない。詳しくは知らないため、存在を確認していないのが事実だ。
「そうよ。よく考えたら絶対に必要だったのに、そこまで頭が回らなかったわ。……代理失格よ」
ベアトリスがその思考になる理由がわかる気がする。
元々護衛というのは当主の采配で決められ、尚且つ親が子どもを守る手段でもあった。しかし以前までのエルノーチェ公爵家当主はそんなことを考えるような人ではなかった。
父にとって大切だったのはキャサリンのみだったので、護衛はカルセインにすらつかなかった。といっても、カルセインは父と共に行動することが多かったのでそこの真意はわからないが。
「責めないでくださいお姉様。今までこの家がおかしかったのですから。お姉様は決して護衛という存在を忘れてたのではなく、毒された結果その考え自体無かったただけですから」
「そうです。姉様に落ち度は一つもないかと」
「……ありがとう」
言いたいことは全て二人が言ってくれたので、私は隣でずっと同意の意思を伝えるために頷いていた。
「とにかく護衛を決めないと。エルノーチェ公爵家は騎士団がないから、募集をかけなくては」
「その点でしたら俺も王宮で尋ねてみます」
「ありがとう」
カルセインは王家の騎士団に伝手があるようなので、そこに相談するそうだ。リリアンヌにはフェルクス大公子が用意した護衛が既にいるようなので、不必要だった。
「ベアトリスお姉様、お兄様。個人的にはお二方の護衛を優先的に時間をかけて決めるべきだと思います」
「レティシア、貴女の方が先よ」
「いえ。私はいずれ他国へ行く身。それを考えれば、私の護衛に関しては限定的な時間の契約になります。それよりも、長期的な契約になるお二方の方が大切です」
「……レティシアの言い分もわかる。姉様、護衛は我々の方も急ぎ考えるべきかと」
代理とは言え、エルノーチェ公爵家の主軸は間違いなくベアトリスであり、宰相を担うカルセインの護衛も重要だ。
少し難しい表情をするベアトリスに、リリアンヌが呟いた。
「護衛まで解雇するべきでは無かったかもしれませんね……」
「……いいえ、リリアンヌ。前当主と繋がりの強かった人間は容赦なく切って間違いなかったわ。……彼らは思考が前当主に似てたから。それに、お父様の護衛をしていた人が私を守ってくれるとは限らない」
「確かにそうですね。失言でした」
ベアトリスは代理についてから、すぐさま公爵家に仕える使用人の整理をした。父とキャサリンについていた者達は当然のこと、私たちが変化した姿を受け入れずに侮る者達まで問答無用で解雇とした。
その数は決して少なくなかったが、公爵家の専属護衛も対象に入った。解雇した今、新たに求人をかけなくてはならない。使用人達の穴は意外にも早く埋まったものの、護衛の話は少し置かれていた。
「……わかったわ。一旦はカルセインにこの件を任せる。私と貴方、そしてレティシアの護衛を探してきて欲しいわ。可能な限り信用できる人を連れてきて」
「わかりました」
「リリアンヌ。最悪フェルクス公爵家の騎士団にお願いするかもしれないわ」
「リカルドは構わないと言うと思いますよ」
「……そうね。でもできる限り自分達でどうにかしましょう。レティシアは護衛が決まる間、パーティー以外の外出は控えてね」
「そうですね」
「わかりました」
「はい、お姉様」
カルセイン、リリアンヌ、私の順でベアトリスに答える。無事に話が収束すると、窓の外から強い風が吹いているのが聞こえた。
「今日は天気が悪いみたいだな……」
「寒くなるでしょうから、風邪を引かないようにね」
「暖かくするのよ、レティシア」
「わかりました」
窓の外をじっと眺めるカルセインの視線の先をたどると、私もどこか不安を覚えるのだった。
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