第146話 お粗末なぼったくり
無駄な正義感とかお節介という感覚ではなく、ただ純粋にスノードームというものにおかしな価値をつけるのが単純に嫌だった。結果としてお人好しな人間になってしまうが、ここで見過ごしたら目覚めが悪くなるような気がしたのだ。
「お、お嬢さん。言いがかりはよしてください。この置物はとても貴重なものなのですよ。金貨一枚でも足りないくらい」
お嬢さん。恐らくこの商人は身なりから私を平民ではないことを察したのか、騙せると踏んだようだ。スノードームを手に取っている男性は改めて価値を確認するように商品を眺めていた。
へらへらとしている商人からは、騙しきれるという余裕を感じた。甘く見られていることに呆れながらも、綺麗な笑顔を浮かべながら事実だけを述べていった。
「貴重なもの、ですか。何を基準に貴重とするかは人それぞれですので言及は致しませんが、やはりどう考えても金貨一枚は過剰な値段かと思いますよ」
「困りますねぇ……これ以上言いがかりをつけるようならば、営業妨害として自警団を呼びますが……」
商人はいかにもわざとらしい態度の話し方だった。
「言いがかり、ですか。では根拠のある話をしましょう。まずこれは置物ではなくスノードームです。物自体を逆さにして元に戻すと、球体の中で雪が降る様から名付けられています。そのスノードームですが、材料費を考えても銀貨一枚ほどになるお値段だと思いますよ」
「何を根拠に仰ってるんですか、嫌ですねぇ」
そんなことはできないだろうと、決めつけたような表情を商人は浮かべた。
「根拠をあげるとすると……そうですね。スノードームというのは材料さえ揃えれば誰でも作れるものなんです、実は。職人技を必要とする物ではないとすると、明らかではないでしょうか?」
「そ、それのどこが根拠に? こんな繊細なものが誰でも作れるわけ」
「実際私は作れましたので。必要でしたらお教えいたしましょうか?」
「な……」
段々と余裕の表情を崩す商人は、焦りはじめて口調の穏やかさが消えていった。
「それと。自警団を呼ばれると仰られていましたよね? そうすると困るのは店主の方ではないでしょうか。確か城下での路上商売は基本的に禁止されている筈ですから」
「!!」
ただ食堂で働いていたわけではない。自立計画を考える中、城下のことも当然知識として入れておいた。その規則は間違っていないことを、店主の反応が示していた。
「……どうやらお嬢さんの方に軍配が上がりそうだな、店主」
「……くそっ!」
「!!」
「おっと、危ない」
店主は突然立ち上がったと思えば、シートを商品ごとこちらに放り投げた。ぶつかりそうになる中、男性が腕を引いて避けてくれた。驚きを感じたその一瞬で、どこかへと走り去っていった。
「……あ、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。危うく無駄にお金を失う所だった」
「お役に立てたなら良かったです」
ペコリと頭を下げると、目の前に残された商品に目をやる。隣の男性がローブを被っていることを考慮して、後片付けを申し出た。
「……取り敢えず、これらを自警団に届けますね」
「自警団はこの近くなのか?」
「少し歩きますが、城下町内なので問題ありません。よく来る場所なので迷うこともないかと」
「……これを一人で届けるのは無理があるだろう。俺も持っていくから、事情説明を頼めるか?」
「えっ……と」
(フード被ってる人はあまり被害者に見えないから……私一人の方が良いのでは?)
戸惑う視線で言葉を濁すと、様子を察した男性がフードを取りながら簡潔な自己紹介をしてくれた。
「すまない、この格好は怪しかったな。俺はライ。怪しい者でないことだけ伝えとく」
(……綺麗な茶髪。何となく作り物に見えるから、私と同じでかつらなんだろうな)
普段かつらを使っている者だからこそわかるが、フードの中から出てきた顔は非常に整ったものだった。
(あれ……? 私この人にどこかであったことあるかな)
その美しい顔立ちよりも、どことない既視感を覚えながら少しだけ見つめてしまった。気のせいかと思い直すと、慌てて視線をそらす。
彼の名前は恐らく本名ではなさそうなことを感じたので、私も特段意味のない平民のフリをした。
「シアと言います。城下町では働いたことがあるので、土地勘はある方かと」
「それは頼りになる。……では行こうか」
シートに商品をまとめて包むと、男性はさっとそれを持った。
「あ、半分持ちます」
「いや、君は女性だろう。そんなにか細い腕で無理はしない方が良い。それに君の仕事はこの後あるから」
「では、お言葉に甘えて」
「あぁ」
こうして自警団に向かうことになった。
道中でライと名乗る男性は、スノードームについて尋ねた。
「さっきの丸いのは……すのーどうむ? と言うのか」
「はい。スノードームです」
「今女性の中で流行っているのか?」
(それは貴族の女性、ってことよね)
「いえ。流行りものではありませんよ。知る人ぞ知る品物かと」
「そうなのか」
「先程の場所を奥に進むと、アンティーク店があるんです。私が知る限りだと、そこに売られてます」
「他には?」
「あまり目にしませんね。貴重な物ではありませんが、珍しい物だと思いますよ」
そうなのか、と言いながらスノードームを改めて眺めていた。
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