第132話 類似する本性




 理解不能のエドモンド殿下の行動に脳内での処理が追い付かない中、気が付けば私はレイノルト様に引き寄せられていた。彼が発した言葉で、ようやく我に返る。


「レイノルト様、それは」

「安心してください。各所への許可は取ってあります」

「!」


 婚約者発言に動揺しながらも根回し済みの事実を知り、自然と国王陛下に視線が向く。すると、穏やかな笑みの反応を返される。


(陛下は既にご存知なのね。……良かった)


 安堵に緊張を解くと、レイノルト様に支えられながらエドモンド殿下に向き合った。


「婚約者? リーンベルク公、今そう言われたのですか」

「はい。正式な発表はしておりませんが、レティシア・エルノーチェ嬢と婚約関係にあたります」


 レイノルト様の更なる発言に、再び会場は騒然とする。


「それは公爵の合意で結ばれたものですか?」

「……いえ」

「では婚約者とは言えないですね。私が彼女と婚約する権利はある。その手をお離しください」


 無駄に引き下がらない殿下に、驚きながらも苛立ちが勝った。エドモンド殿下に見せつけるようにレイノルト様の手を絡めて握り返すと、毅然とした態度で思いを言い放った。


「先程まで姉の婚約者であった方が、婚約を申し出るのですか。……はっきり言って、非常識にも程があります。節度も品もない行為です。私を、我が家をこけにしてるとも言える行いでもあります。そのご自覚はございますか」

「なっ……無礼だ、レティシア嬢」

「無礼を承知で申し上げております。お答えを」

「それは……その、そんなつもりは」

「なかったと。私からすればこれ以上ないふざけた行為だと思います。そのような方の婚約話に頷く理由はございません。元より私は、既に将来を共にする相手は決まってあります。この気持ちが覆ることはございません、何があっても」


 繋いだ手に力を込めながら、夢中で言い放つ。恥ずかしさなどは忘れていた。それでもなお、殿下は下がらない。


「……だが」

「まだなにか」

「貴女は王子妃として相応しい」

「だとすれば。大公夫人としても、その能力は発揮されます。王子妃になる必要はありません。本人の意向も、お聞きになりましたよね」

「それは」

「私が言わせた、とでも仰るつもりですか。エドモンド殿下」

「その可能性は間違ってもないと、先に断言します」

「…………っ」


 絡み合う手の熱が上がるのを感じながらも、自分の妄想を実現させようと諦めない殿下の鼻っ柱を何とかへし折った。


 言い返すことを止めた様子を見て安堵すると、レイノルト様に更に体を預ける形になってしまった。


 事の行く末を見物する貴族達のひそひそとした声が、会場中に響いていた。


「大丈夫ですか」

「はい。来てくださりありがとうございます。あ……その服装は」

「……着替えてきました。婚約話を、公にできる準備が整ったので」

「お似合いです、とても」

「レティシアも」


 その声に隠れるように、わずかな時間でも言葉を交わす。見上げながら感じたぬくもりは、心まで暖めてくれた。


 殿下は自分の描いた結果にならなかったことに唇を噛み締めながら、手を震わせていた。  


(操り人形でも優秀な部分はあると聞いていたのに……とてもまともな思考回路とは思えない)


 殿下の行動の理由を考えてみた答えとしては、後ろ楯が必要であったことが浮かんだ。そしてその案は王子という立場であれば断られることもなく、簡単に実現すると考えていたのかもしれない。


(……私には、大切にする人がもういる。もし仮に、何も持たなかったてしても、キャサリンお姉様側だった人との婚約など絶対にしないわ)


 絶対的な意思を持った眼差しで殿下に向き合うと、それまで沈黙していた国王陛下は嘆かわしい様子を見せた。


「……まさかここまで愚かであるとは思わなかった、エドモンド」

「へ、陛下」

「物事の良し悪しも、常識非常識もわからぬ奴に国王は務まらない。お前の成長を待っていたが、その結果がこれだ。もう待つつもりはない」

「そ、それは一体」

「お前がそう育ってしまったのは、私にも責任がある。だが、私の忠告に耳を傾けなかったのはエドモンド自身の責任だ」

「陛下、そんなつもりは」

「先ほどから言い訳ばかり聞いていて気分が悪い。エドモンドも、お前が自分で決めた婚約者も。……似た者同士だったということか」


 誰にも遮らせようとしないオーラを出しながら、こちら側に体を向けると一呼吸置いて話を続けた。


「リカルド、前へ」

「はっ」


 その視線の先にいたのは私でもレイノルト様でもなく、その後ろに立つフェルクス大公子であった。


「陛下、何をなさるつもりで」

「口を閉ざせ。皆も静まるように。……今日はリカルド達の婚約披露会という祝い事であった。そこに二つほど、祝い事を追加しよう。一つは、新たな婚約発表。そしてもう一つは」


 フェルクス大公子が私達よりも前に出て、陛下の正面に立った。


「王太子の誕生だ。リカルド・フェルクス。そなたを次期国王に命ずる」




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