第121話 奮闘する大公夫人



 

 フェルクス大公夫人。

 思い返せばフェルクス大公にすら、会ったことはまだなかった。どちらも社交界に出現する確率は低く、顔を知る人間は少ないという話だった。


(フェルクス公子のお母様……だから、リリアンヌお姉様のお義母様だわ!) 


 ようやく見えた自分との繋がりに少し興奮しながらも、気持ちをどうにか落ち着かせていく。


(夫人……全然令嬢じゃなかったけど、よくよく考えてみれば、お召し物が確かに風格を表してるわ)


 ドレスに関する知識が浅い私も、よく考えて目の前の女性を観察すればわかったことであった。色々と先走ってしまった自分に反省をする。


「フェルクス大公夫人とも知らずに、大変申し訳ございません。リリアンヌは姉にございます。あと……呼び方はどうぞ、お好きにしていただければ」

 

 突然な出会いに緊張感が上がり続ける。言葉はどうにか失礼にならないように最善を尽くしていたが、却って固すぎることに気付いていなかった。


「初対面の人間の顔なんてわかるはずがないのだから、気にしないで。そう言ってもらえるなら、レティシアちゃんと呼ぼうかしら。凄くこの呼び方が似合う気がするの」

「ありがとうございます」

(に、似合う……のかな?)


 夫人の独特な解釈に内心首をほんの少し傾けながら、話を続けた。


「これからもどうぞよろしくお願いします」

「こちらこそ。よろしくお願いしますね」


 お互いに小さく会釈をすると、沈黙が生まれることなく夫人は楽しそうに言葉を繋げた。


「レティシアちゃんは末っ子、よね」

「はい」

「それなら私が盾にならないと」

「盾、ですか?」

「そうよ。だってレティシアちゃんには約束した男性がいるでしょう?」

「!」


 小声で確認を取られると、思わず驚いた反応になってしまう。


「気を悪くさせたらごめんなさいね。あくまでもそこまでしか知らないの。リリーちゃんにね、もしレティシアちゃんが危険な時は助けてほしいって言われたものだから。……正確にはそれを聞いたんだけど」

「そうだったんですね。ありがとうございます」

「いいのよ。恋路を邪魔する存在はよくないと思うし、何より貴女の肩書き目当てで絡んでくる連中なんて無価値でしょう」


 可愛らしいお顔からは想像しにくい鋭い発言に、思わず返答を躊躇う。 


「話していれば……ほら来た」


 その躊躇っている隙間に、自分達の近くには見知らぬ令息二人組が近付いていた。

夫人は言葉通り私を守ろうと、さりげなく一歩前に出る。


「お話よろしいですか、エルノーチェ嬢」

「お時間がよろしければ私たちと話を」

「貴方方────」

「よろしければお隣のご令嬢も」

「え?」


 夫人が断ろうとした時、言葉が被さり誘われてしまった。


(こ、この様子だと自分が令嬢と見られていることに驚いていらっしゃるかもしれない)


 そう思わずにはいられないくらい、夫人は固まってしまった。


「どうですか?」

「……誘い文句としては凄く悪いわけではないけど、お断りしますね」


 それもわずかな出来事で、すぐさま令息に返事を返していた。


「お気に召しませんでしたか。見たところお二方のみでしたので、よろしければほんの少しの間だけでも」

「あら。しつこい男性は嫌われるものですよ。誘い文句も……そうですね、もう少しときめくものを考えるとことをおすすめしますわ」

(これは遠回しに出直してこいってことよね)


 毅然とした物言いに夫人としての風格を無意識に感じていたが、そうとも知らない令息達は、納得がいかない表情で近寄ってきた。


「随分な言葉ですね。では次回から励みますから。取り敢えず今日は一緒に」

「その汚い手で、私の妻に触れるのはやめていただこうか」

「えっ」

「はっ?」

「あら、あなた」


 令息の一人が夫人に触れようとした寸前、夫人の隣から手が伸びてきてそれを制した。


「つ、妻?」

「……主催の者と言えばわかるか?」

「ひっ。た、大変申し訳ありません」

「「し、失礼しましたっ」」

 

 現れた男性が圧倒的な圧を与えると、令息達はそそくさと逃げていった。


「おかしいわ。私もそうやって立ち回るつもりだったのに」

「目を離した隙にいなくならないでくれ、エスティーナ」

「あらごめんなさいね。喉が渇いたものだから」

「……はぁ」


 そんなやり取りを前に、私の緊張感は更に高まっていった。


(あなた……ってことは、この方がフェルクス大公よね?!)


「お初におめにかかります。エルノーチェ公爵家四女、レティシアです」

「そうなのよあなた。こちらレティシアちゃん。とっても可愛らしいでしょう?」

「あぁ。初めましてレティシア嬢。うちの妻が世話になりました」

「いえ! 私の方が助けられまして。ありがとうございます、夫人、大公殿下」


 急いで頭を下げながら、最大限感謝の気持ちが伝わるように振る舞った。


「ね、可愛らしいでしょう? もっと早く挨拶をすればよかったわ。そしたらリリーちゃんとレティシアちゃんと……そしてベアトリスと四人でお茶とかできたでしょうに」

「あまりリカルドからリリアンヌを取るのは如何なものかと思うが」

「いいの! あの子はリリーちゃんを独占しすぎよ」


 もしもの話は、聞いているだけで楽しそうなものだった。そんな話をしている間に、私の後方からベアトリスとカルセインが合流した。


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