第119話 演者は揃う



 会場の空気は一変し、すっかり注目はレイノルト様に集められた。キャサリンとエドモンド殿下への関心は確実に少しずつ薄れていった。


 計画的な登場かはわからないが、場の空気を持っていくことを阻止できたのは大きな出来事だった。


 感謝の意味を込めてレイノルト様に視線を向ける。その一瞬目が合うと、普段の笑顔とは少し違う応援の意思を含めた表情であることを感じる。


(……助け船をありがとうございます)


 ドレスに優しく触れて、呼吸を落ち着かせた。


 セシティスタの貴族に特段交流する理由を持たないレイノルト様は、入場すると早々に端へと移動をした。それでも尚、彼への視線は絶えなかった。


 主役以外の全員が会場に集まりきると、一段落つくような雰囲気になっていく。再びキャサリンがこちらに近付いてくると同時に、それを更に阻止するかのように、リリアンヌとフェルクス公子が登場した。会場の中央にある階段を二人が下りてくる。


 思い通りにならないことに、少し苛立ちを見せたキャサリンを横目に、リリアンヌに注目した。


 リリアンヌとフェルクス公子は、主役という名に恥じない装いで、華やかなのに派手派手しくない、この上ない上品さと圧倒的な存在感を兼ね備えていた。


「本当にお綺麗ですね、リリアンヌお姉様」

「えぇ。比較にならないほどの存在感じゃないかしら」

「……………」


 想像以上の姿に私達は感激しながら眺めた。カルセインもそれは同じで、言葉を失った状態になっていた。身内であるカルセインですら息をのんで固まっている様子なので、会場内の人間が言葉が出ないのは見なくともわかる結果だった。


 確かにキャサリンとエドモンドは美男美女。けど、リリアンヌ達はそれを遥かに上回る存在と言える。


(本物と、本物になれなかった偽物。それくらい差はある気がする)


 改めてリリアンヌに視線を戻すと、嬉しそうな微笑みを向けてくれた。二人は階段の踊り場で足を止めると、披露会開催の宣言に近い挨拶を始める。


 終始不本意な表情で納得をいかない面持ちを見せる父。その姿にベアトリスは呆れた様子で呟いた。


「喜べとは言わないけど、このようにおめでたい場で、負の感情を顔に出すべきではないわ」

「姉様に完全同意します」

「……表情管理が下手なのが似たのは、お兄様ではなさそうですね」

「どういう意味だ。……あぁ、そういうことか」

「全くね。揃いも揃って品のないこと」


 離れた場所にいるキャサリン達を横目で見つつ、静かに言葉を交わしていた。


(キャサリンお姉様は……リリアンヌお姉様が自分よりも目立つことがとにかく気に入らないのね)


 キャサリンから最も強い敵意と嫌悪を抱かれているのは自分だという考えが薄れていくほど、貼り付けた笑みの裏側から滲み出る黒い感情が感じ取れた。


 主役二人の全体への挨拶が一度終わると、彼らはホールへとゆっくり下りてきた。ここからは自由時間となり、歓談が始まる。主役二人が会場を回って各貴族と話をするという形。


(私達家族は当然最後なわけで……多分、その間はさすがに攻撃してこない。するなら、リリアンヌお姉様がこちらに来るタイミングのみ)


 そうでなければ、非常識ともとれる行動になることが理由の一つ。


 この後のキャサリンの動きを予測しながら視線を向ける。同じ心理の相手も、こちらを見つめた。その瞬間、自分の体が傾く。


「……あっ」

「大丈夫か、レティシア」

「ありがとうございます、カルセインお兄様」

「気を付けろ」


 体が静かによろめいて、カルセインのいる方にふらつく。転ばないように即座にカルセインが支えた。


「レティシア、具合でも悪いの?」

「いえ。少し……靴が慣れなかったみたいです。体調は良好ですので」


 ふらつく様子から、途端にベアトリスの表情が曇る。あくまでも平気であることを伝えて曇りを無くした。


「そう。……レティシアが大丈夫なら、私は必要箇所に挨拶へ行ってくるわ」

「俺も仕事仲間に。レティシアは少し休憩してると良い」

「あ……はい」


 リリアンヌお姉様を待つ間、かなりの時間がある。普通ならば、他家のご令嬢と会話をしたり、会場内の誰かしらと交流をするもの。しかしそんな相手もいない私は佇むことになった。


(ベアトリスお姉様もカルセインお兄様も、それぞれ役目があるから……)


 キャサリン達も自分が交流をしている人々に挨拶をしに行った。レイノルト様もレイノルト様で、多くの貴族に接触されていた。


(一人なのは私だけ……し、仕方ない。今までの行いが返ってるだけだもの。自業自得ね)


 社交界活動を怠った自らの責任を感じながら、自然と壁の方に足を進めた。


(静かに、おとなしく待ってよう)


 一人でいることに少し孤独感を覚えたが、誰かに話しかけられるほど余裕はなかった。



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