第100話 想いを言葉に



 段々と顔が火照り出す。

 その熱が頭にまで伝わって、まともな思考にならない。そのせいで心の中に留めておくべき言葉が漏れ出てしまう。


「どうして……私

「……レティシア嬢」


 恋愛に疎いこともあってか、レイノルト様が私のどこを気に入られたのかが本気でわからない。自分よりも優れて、魅力的で、パートナーに相応しい存在はいくらでもいると思う。……なのに、何故。


「自分の力で立ち上がり、その場に留まることなく成長し続ける。これは誰にでもできることではありません、レティシア嬢」

「え……」

「だから……なんか、などと卑下なさらないで下さい。貴女は充分魅力的です。私にとっては眩しすぎるくらい」


 確かな眼差しに乗せられた言葉の効力は強く、私の胸に響いていく。


「貴女にしかない魅力が沢山あります」


 そんなものなんて……という思いは口に出さずとも表情によく現れていたようで、汲み取ったレイノルト様による説明会が始まった。


「ふむ。……そうですね。一度決めたら曲げずに突き進む所。現在いまがまさにその姿ですね。


(それは……否定はできませんが)


「そして行動力がある。現状の戦う姿の他に、自らの意思で働くことを決め実行しています」


(自立資金が必要だったからで……)


「また、見栄を張ることをせず、ありのままの自分で居続ける姿は誰にでもできることではありません。特に貴族として生まれ思惑渦巻く社交界に触れてきた人間では、レティシア嬢と同等のことを成すのは難しいかと」


(さすがに美化し過ぎでは⁈)


 恥ずかしい。とにかくひたすら恥ずかしい。


 レイノルト様の過大評価はとどまることを知らず、紡ぎ続けられる。どこかずれた評価に声をあげて訂正する余裕もない。せいぜい心の中で反論をするだけだ。


 こんな状況下で熱が鎮まるはずもなく。むしろ更に熱が広まって、体まで暖かくなって気がする。


「……さて、表向きのかっちりとした理由はこのくらいにしましょうか。続きはそれ以外について」


(…………え? まだあるの)


 驚く私の表情にそれは想定済みだと言わんばかりの笑みで返される。


「まず笑顔が可愛い」


「……えっ?」


「作り笑顔も素敵ですし、初期の頃の若干の嫌悪が含まれた笑顔も印象的です。ですがやはり心の底から笑った時の破壊力はとんでもないものです。本当に可愛い」


(……そんな笑顔の種類ありましたっけ⁉ というか忘れてください! 前者二つ!!)

「忘れてください……」


 斜め上からの賛辞に恥ずかしさが倍増する。思わず手で顔を覆うほど。


「身分で人を見ないところも素敵な所ですよね」

「そ、その節はご無礼を……」

「無礼だなんて。とても嬉しかったですよ」

「はは……」


(聞き取れてなかったなんて言えないもの……!)




 確かに私がレイノルト様を大公として認識するのには時間がかかった。結局認知した後も振る舞いを変える等の余裕がなかったのが現実だった。


「あと、全く媚びないところ、ですかね」

「媚びない……」

「はい。出かけても共にいても、私に対する要求はまるでありませんでしたから。……悲しいくらい」

「そう、でしたか? ご相談に乗っていただいたりとか背中を押していただいたりとか」

(言ってしまえばこれも利用じゃ……)

「ふふ、やはり可愛いらしいですね。それらを媚びることに含めているなんて」

「そ、そんなことは」


 レイノルト様の無理やりな誉め言葉を受けて、熱は消えぬものの冷静さを取り戻していく。レイノルト様本人が至って本気な分、本能的にこのままではいけない気がした。


「あとはですね」

「ス、ストップ! レイノルト様これ以上は大丈夫です……!!」

「おや。……伝わりましたか? 私の気持ちは」

「じゅ、充分なほど」

(…………あ)


 こてんと少し首を傾けながら微笑むレイノルト様。だがその表情には不安が織り交ぜてあり、眼差しからは緊張も見て取れた。手もほんの少しだけ、震えている。そんな気がした。そこで気が付く。自分がパニックで声がまるで出なかったから、私を和ませようともしていたのだと。もちろん本音もあるだろうが、頑張っていてくれたのは確かなことだ。


 そして同時にレイノルト様の言葉を受けて、これまでのことを思い返す。


 思えば今まで、彼が想いを伝えるような素振りがなかった訳ではない。自分が恋愛とは無関係な人間だと思い込んでいたために、レイノルト様の行動を無下にしてしまった事は多いのではないだろうか。


 だからレイノルト様は必要以上に言葉を重ねたのだ。私に確実に届くように。


 焦りや困惑、戸惑い全てを一瞬取っ払って、真剣な声色と眼差しで伝える。


「…………届いてます。しっかりと」

「…………良かった」


 それは心からの安堵の笑みだった。


「…………考えて、いただけますか」

「…………はい。少し、時間をください」


 最後まで私の事を第一に考えてくれる言葉だった。


 その想いへの答えは、少しだけ時間をかけて考えたい。そう思った。


 熱が下がりきらないまま、こうして慰労会は終わりを告げた。

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