第99話 二人の慰労会
フェルクス大公子の来訪から数日。私はレイノルト様に招待され、滞在するお屋敷に向かうことになっている。
「ささ、もう少し身だしなみを整えましょう」
「そう?もう充分じゃ」
「いいえ!もう少しです」
「わ、わかった」
いつも以上に意気込むラナに身を任せながら、事の発端を思い返していた。
元々レイノルト様から手紙が届いたことが始まりだった。慰労会のような名目で、是非とも会いたいとのお話だった。ただ、完全に二分しつつある我が家に今訪問するのは色々と危ない。
ということで、私が内密に訪問する形を取ることにしたのだ。二人の姉には笑顔で行ってらっしゃいと見送られた為、留守は任せて大丈夫そうだった。
「今日もキャサリンお嬢様は王城ですね」
「えぇ。今日はお父様とお兄様も登城されてるから、私がどこへ行こうと関係ないでしょうね。……それでも念には念を入れて、裏口から向かうけど」
「はい、お気をつけて」
いつも以上に時間をかけて身支度を済ませると、出勤時と同じように裏口へ向かった。静かに動くことをレイノルト様にも伝えているため、迎えの馬車は落ち着いた色合いのものにしてもらった。
その馬車と同化することなく、一人オーラを隠しきれず佇む男性がいた。
(……食堂で出くわしてしまった時みたい。目立たないように凄く気遣った服装なのに、オーラで全てを帳消しにしてる。さすがだな)
その事実に思わず笑みがこぼれる。頑張る姿を目の当たりにして、少し胸が暖かくなった。
「……レティシア嬢、お待ちしてました」
「お久しぶりです、レイノルト様」
足音で気が付き、ゆっくりとこちらに顔を向けた。そのまま馬車に乗り込むと、すぐに出発をした。
「本日はお誘いいただきありがとうございます」
「私の方こそ。誘いを受けてくれて嬉しかったです」
「ふふふ」
お互いの他愛ない近況を話していると、あっという間に屋敷へ到着した。
「行きましょう。準備万端なので」
「はい、お願いします」
(準備?何だろう)
無意識にレイノルト様の手を取ってから、エスコートされていることに気が付いた。一度置いた手を引っ込める訳にはいかず、そのまま乗せておくことにした。
「ささやかなものですが」
「ささやか?」
「はい。是非扉を開けてみてください」
「……開けますよ?」
何か用意をしてくれたことを感じ取ると、わくわくしながら扉に手を掛けた。部屋にはオシャレな飾り付けがされており、ケーキや食べ物が用意されていた。
「わぁぁあ……! 凄い、プチパーティですね」
「お気に召されたのなら嬉しいのですが」
「とっても嬉しいです。ありがとうございます、素敵な場を用意してもらって」
「……良かった」
思わぬサプライズに少しはしゃぎながら、部屋を見渡す。
「ふふ、緑茶もありますね」
「お好きでしたよね」
「はい」
「それじゃあ慰労会を始めましょう」
向かい合って席につくと、先日への労りをお互いに述べて乾杯をした。
「本当にお疲れ様でした」
「レイノルト様も。ありがとうございました。その場にいてもらえるだけで、凄く心強かったです」
「そう言ってもらえて何よりです」
用意してもらった食事を楽しみながら、会話を続けた。ケーキまで食べ終えると、段々と終わりの時間に近付いてきている気がした。
「まだこれからなので……気を引き締めないとです」
「応援しています。……私にできることは少ないでしょうが、何でも頼ってください」
「ありがとうございます。充分力をもらえてますよ」
「……充分では、ないと思います」
「そんなことは」
首を横に振りながら、私の言葉を優しく否定する。
「当然な話ですが、あの日レティシア嬢の力になったのは私ではなくご家族です。自分はただ見ていただけ。何もできないことを、これ程までにもどかしく思ったことはありません」
「それは……私の家、身内の問題ですから仕方のない部分もあるかと」
「そうですね。……仕方がないのかもしれません」
ゆっくりと立ち上がると、こちらに近付いて来る。
「お隣、失礼しますね」
「は、はい」
突然の行動に動揺しながら、レイノルト様へ体を向けて向き合う。
「……これからは、もっと近しい場所で貴女を守りたいのが本音です。仕方がない、この言葉で済まさないように」
「え………」
「すみません、レティシア嬢。貴女を困らせないように、黙っているのが正解だとわかっているんです。全て片付くまで自身の欲を出すべきでないと」
「…………」
「ですが、成長し綺麗になっていく貴女に焦りを感じてしまうんです。私はどんなに足掻いても隣国の人間ですから。……どうか貴女の視界に映り続けたいんです」
動揺と戸惑い。何が起こっているのか、正式に処理できるかもわからないほど思考は動かない。息ができているかもわからない。
そうわかっているからか、レイノルト様はゆっくりとゆっくりと自分の想いを形にしてくれる。
「……レティシア嬢、貴女のことを愛おしく思っています」
その視線に嘘など微塵もなく、言葉通りの想いが籠っていた。
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