第92話 毒の効力



 昨夜の出来事に耳を傾けながら、日記に目を通していった。

 私が生まれて間もなき頃の話は新鮮だったが、驚くほど意外という訳ではなかった。それよりも当てはまる言葉はだと思う。


「薄い感想ではありますが、お姉様が数多の思いを捨てきれなかった理由が分かった気がします」


 日記を閉じてベアトリスに真剣な面持ちで向き合う。


「薄くなんてないわ。充分よ」


 そう優しく微笑むベアトリスの笑みには、どこか肩の荷が落ちたような安堵も込められているように見えた。


 本当の意味で一段落着いたことを全員が理解すると、リリアンヌが素早く本題へと話題を切り替えた。


「さてと。重要なのはここからだけれども……まずはお疲れ様、ですよね?お姉様」

「もちろんよ。これ以上ない頑張りを称えずして何をすると言うの。本当によく頑張ったわレティシア」

「ありがとうございます」


 直前までのやり取りは濃かったものの、それとは比べ物にならない出来事が前日の生誕祭である。脳裏にキャサリンと対峙したあの瞬間が過る。


 労りの言葉をいくつか貰いながら、静かに闘志を燃やしていた。


「…………次は、譲りません。絶対」

「その心意気よ」

「頑張りましょうね、レティシア。やるからには徹底的に、よ」

「……はい」


 色々な意味を含んだリリアンヌの笑みに応える。熱くなりそうな雰囲気が真剣なものへ落ち着くと、タイミングを見計らっていたベアトリスより話が始まった。


「考えるべきは今後のこと。カルセイン、念のため聞くわ。状況は理解してるわよね?」

「自身の非を含めて理解しています」

「それでいいわ。……三人とも、改めて昨日はお疲れ様。早速次の作戦会議を行いたい所だけれど、まだ毒が回りきってない今詳しいことは後日になりそうね」


 毒。昨日の騒動も当てはまるが、厳密に述べるとだろう。


「とは言え。結局は私達は周囲の貴族から見れば悪評だらけの性悪姉妹。昨日会場にいなかった貴族が耳にした所で、更なる悪行を増やしたと思われる可能性の方が高いでしょうね」

「お兄様だけに焦点を当ててくれれば良いのですけれどね。あのキャサリンですもの。むしろ利用しそうですね」

「……性悪姉妹に誑かされた、とかですか」

「充分にあり得るでしょうね」


 散々利用した挙げ句、躊躇いなく弁明の材料に使う姿は容易に想像できる。


「ちなみにカルセイン。貴方とエドモンド殿下の信頼度はどれほどなの」

「何とも言えませんね。俺はあくまでも宰相補佐であって側近ではりません。殿下がどれ程の恋情をキャサリンに抱いているかは把握できていないです」


 カルセインの話によると、宰相補佐と公爵令息という立場から関わることは少なくなかったが全てを知れるほどの仲ではないようだった。


「少なくともキャサリンについて聞かれたことはないですね」

「そう……。でも正直、それはどちらでも構わないわ。私はエドモンド殿下をこちら側につけるつもりはないから」

「というと」

「……好意がなくても、キャサリンを婚約者に選ばなくてはならない状況はあるでしょう。現に巻き込まれている人がいるわけだし」


 そうベアトリスが見つめる先は。


(私? …………いや)


 その視線の先は隣に座るリリアンヌだった。


「言う時が来たんじゃない、リリアンヌ」

「………………お姉様」

「なに」

「私はまだ確定的な立場ではありません。それどころか縁を切ろうとまで考えていますのよ?」

「まだそんなこと言ってるの?」

「まだ……お姉様。それは失言ではなくって?」

「失言も何もないでしょう。詳しいことは聞かないけど、いい加減避けてないで話をね」

「する価値もありませんわよ?」


 リリアンヌの表情がみるみる作り物の笑顔になっていき、冷徹な雰囲気が醸し出される。ため息をつくベアトリスを横目に、状況が追い付けない私はカルセインを見た。


(お兄様、何の話だかわかりますか)

(全くわからない。むしろ何か知らないのかレティシア)

(わからないに等しいです)


 昨日見た光景ではあるものの、詳細は何も知らない。そう考え始めるのと同時に、部屋のノック音が聞こえた。


「リリアンヌ。許してあげることも大切でしょう。ここで貴女が一歩引いて許せば、いずれ交渉材料になるでしょう?借りをつくると思えば良いじゃない」

「必要ありませんわお姉様。どのみちもう縁を切る関係。作ったところで使いどころなど、どこにもありませんのよ?」


 ベアトリスの必死の説得に対してもバッサリ切り捨てるリリアンヌ。その瞬間だった。


「酷いなぁ、リリー。縁を切るだなんて悲しくなるから言わないでくれよ」


 部屋に入ってきていた男性が、口を開いたのである。

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