第91話 同族嫌悪と兄妹
ベアトリスの言葉から少し間を空けてから、リリアンヌが切り替えるようにパンッと手を叩いた。
「少し疲れましたよね。お茶にしましょうか」
「そうね。カルセイン、レティシア。貴方達も座りなさい」
用意していたであろうお茶がある場所へ戻るリリアンヌ。座るように促され、カルセインは一人席に静かに座った。それに続くように、ベアトリスの正面に座る。
リリアンヌが全員の前に茶器を置き終えると、私の隣に座ってから口を開いた。
「何か言いたそうですね、お兄様」
「いや、別に」
「私がお茶の用意ができるのは意外ですか?」
「……理解はしていても驚くだけだ。俺の中では以前の姿がどうしても色濃く残ってるから……不思議には感じる」
この三人の中ならば、悪評の事実と比べて圧倒的に印象が変化するのはリリアンヌで間違いない。最近知ったばかりのカルセインならば当然の反応だろう。
「私も初めて知った時は驚きました。それだけリリアンヌお姉様の演技力が高いということですね」
「まあレティシア」
「レティシア。調子に乗るから無理してあげなくていいのよ」
「あら、ばれました?」
「全く……今更でしょう、貴女の演技力の話だなんて」
二人の変わらないやり取りを眺めていると、別の場所から微笑が漏れる声が聞こえた。
「……ふっ」
「何を笑っているの、カルセイン」
「いえ……お変わりがないようで安心しただけです」
「どういう意味なのそれは」
「特に他意はありませんよ」
ベアトリスの疑問を軽く返すと、さらに言葉を添えた。
「そうですね。一言述べるのならば、そのままでいてください。面白いので」
「初めてお兄様の意見に同意いたしましたわ」
「そうか。気が合うな」
「何故でしょう。あまり嬉しくはありませんね」
「そうか。同意だ」
「な、なにが……二人して何の話をしているの」
添えた一言を皮切りに、カルセインとリリアンヌによるベアトリス談義が始まった。当の本人は話題の人物と把握できていても、その内容まではわからない様子だった。
(……リリアンヌお姉様とカルセインお兄様は案外気が合うのかもしれないな)
二人の様子を観察するに、ベアトリスを好ましく感じているのは明らかだった。証拠は無いが、雰囲気からわかるものは大きかった。行為の形や色は違っていても、尊敬している様子に変わりはない。そう思いながら二人の少しピリついた空気を感じ取って、静かに思考を閉じた。
(…………本人達には言わないでおこう)
二人の関係値がどれほどまでかはわからないが、明確な構造が見えた気がした。
「特段意味のある話ではありませんわ、お姉様」
「そういう風にはみえなかったけれど……」
「俺とリリアンヌの趣向の話ですね」
「そう……貴方達意外と気が合うのね。安心したわ」
「……ふふ」
「……はは」
「それならいいのよ」
決定的な言葉を放つ当たり、ベアトリスの鈍さがよくわかる。あの様子なら乾いた笑みの意味もわかってなさそうだった。空気が重く面倒な方向に行く前に、話題転換をする。
「ベアトリスお姉様。詳しく聞くつもりはありませんが、できる範囲で昨夜のことをまずはお聞きできればと思います」
「そうね。でもここは詳しく話すべきだと思うわ。だから日記を取ってくるわ」
「日記ですか」
「姉様。昨日も思いましたが必要ですか、それ」
「必要でしょう。貴方を語るうえで欠かせない存在よ」
「…………」
「昨日既にリリアンヌに見せたのだから恥ずかしい感情なんて最早ないでしょう?」
「そう…………ですね」
「取ってくるわ」
その言葉と共に、ベアトリスは部屋の端へ向かった。席を立つベアトリスの姿を心なしか悲しそうな瞳で見つめていた気がした。そんな様子のカルセインに追い打ちのような言葉が投げつけられた。
「まぁ……誰しも見られたくないものはありますよね。黒歴史とか」
「姉様にとってそうでないなら、別に許容範囲だ」
「随分と興味深い内容でしたよ。とても楽しめました」
「日記は楽しむものではないと思うが」
「あら。読み物と勘違いしていましたわ」
「そうか。目を洗ってきた方が良いんじゃないか」
「ご安心を。お兄様よりは遥かに正常ですわ」
ベアトリス離席後、雰囲気は一転。視線をお互いに一切向けず、声色で制し合う構図となっていた。その制し合いの根元は言うまでもないが、何故だかその証拠が日記に詰まっているのをリリアンヌの言葉から感じ取れた。
「あれ……どこかしら」
ベアトリスが戻る気配はまだ無かったため、雰囲気緩和の為に笑顔で口を挟んだ。
「お兄様とリリアンヌお姉様は気が合うんですね」
「…………レティシア?」
「何を言ってるんだ」
「そのままですよ。……さては昨夜距離を縮められましたか? やはり兄妹なだけありますね」
「レティシア?」
「なんれすか」
言い過ぎたのか、リリアンヌに優しく頬を囲われる。
「良い娘だからその口を閉じましょうね」
「不本意だが同意だ」
「お兄様は私に益をもたらしてくれるんじゃないんですか」
「それでも不本意に含まれる」
「……誓いが早速消えました」
「まぁ、本当ね。酷いお兄様だわ」
「お前達は不本意という言葉を辞書で引いてきたらどうだ。図書室はすぐ近くだぞ」
「酷いです」
「あら可愛い」
じと目でカルセインを見る。何とも言えない表情になっていくのを、小さく微笑むようにリリアンヌが楽しそうに見ていた。
冷徹な雰囲気緩和に成功すると同時に、ベアトリスの戻る足音が聞こえた。
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