第82話 ピースの欠片


 兄の言葉を受けて、ベアトリスとリリアンヌが退場に向かう。理解が追い付かないままその後ろ姿に続いて会場を後にした。

視界が眩しい世界から一転して、落ち着いたものへと変わる。だが心情が落ち着くことは無く、兄の合流が更に動揺を呼んだ。


「レティシア。説明したいことが山積みだけど、今日は一旦休んで。もうこんなに遅い時間だから。詳しい話は明日にでもしましょう」

「お姉様の言う通り、今日はしっかり休むのよ。半日だけど少しの間もやもやさせてしまうけど、いっそのこと全て忘れてベッドに飛び込んでちょうだい」


 そこに含まれていたのが、私への気遣いだけでないことは直ぐにわかった。気にならないと言えば嘘になるが、姉達の言う通り体を休めるのが先だろう。


「わかりました、では先に自室に戻らせてもらいます。本日は本当にありがとうございました、ベアトリスお姉様、リリアンヌお姉様。……おやすみやさい」


 姉達の意図を汲み取りながら、挨拶をしてその場を後にする。兄への言葉を何か述べるべきか迷ったが、挨拶だけにしておいた。

 兄、カルセインが敵なのか味方なのか。現状では判断しきれなかったから。 

 

(……それにしても、意外だったな。お姉様達とお兄様の間で一体何があったんだろう)


 半日経てばわかるとはいえ、やはり気になるものは気になる。答えのわからない疑問だけを並べながら、自室へと戻った。


「おかえりなさいませ、お嬢様」

「ラナ!もう仕事はいいの」

「お嬢様、お忘れですか?私の優先業務は専属侍女としての仕事ですよ」

「確かに。納得したわ」

「着替えをしてしまいますか?」

「えぇ、お願い」

「かしこまりました」

 

 部屋の中には仕事を終わらせたラナが待っていてくれた。テキパキと寝る準備を手伝ってもらうと、一息つくようの紅茶を淹れてくれた。

 

「改めまして、本当にお疲れ様でした」

「ありがとう、ラナ」

「見ていてずっと感動の嵐でした……お嬢様があそこまで戦えたのは、紛れもなく日々の努力の賜物ですね」

「……負けちゃったけどね」


 茶器を置くと同時に目を伏せる。リリアンヌは戦略的撤退であり負けではない、と励ましてくれた。けれど、個人対個人で負けたのは事実なのだ。


「良いんですよお嬢様、今回は負けても。というより、私は最も大切なことは勝ち負けではないと思っております。私はお嬢様が、ご自身の尊厳を守ろうと行動できたことにこそ、意味があると考えております」

「ラナ……」

「もちろん、その尊厳を守り抜くために勝つ必要はありますが……。それでも今日の敗北は、必要な経験だったのではないでしょうか?初回から勝てたらラスボスの意味が薄れてしまうでしょう。ですからこれは必要経費です」


 ラスボスと言いながら、両手の人差し指でで自身の頭に角を生やす。面白可愛いラナの動きを見ていると、改めて気持ちが楽になってきた。


「ラスボスって……ふふ、それもそうね」

「そうですよ!」


 私を励ますことが得意なラナのお陰で、自然と笑みがこぼれていった。


「……あ、お嬢様。実は一つ謝罪が」

「謝罪?」

「はい。お嬢様の専属侍女にも関わらず、伝えるべき情報を伝え忘れてしまいました」

「そうなの?」


 笑顔から申し訳なさそうな雰囲気に一転したラナ。どうしたのだろうと心配そうに見つめる。


「実はくす玉の一件、発見したのは私だったんです。昨夜会場を通りすぎたら、キャサリンお嬢様の専属侍女がくす玉の調整をしているのが見えて」

「そうだったの」

「お嬢様の就寝後でしたから、報告を後回しにした結果忘れてしまいました……」

「でも、お姉様達にはしてくれたのよね」

「はい、部屋の電気がついておりましたので。その後お金を用意するように指示を受けまして」


 裏話を耳にして少しだけピースが繋がった。知らなかった出来事の全貌は明日知ることになるが、ほんの少しだけ先取りして知れた気分だった。


 ラナは報告しなかったことに責任を感じているのか、酷く落ち込み始めてしまった。全くその必要がないので、その旨を伝えた。


「ご苦労様……ラナ、昨日今日といい必要以上に走り回ったでしょう。今日はゆっくり休んで」

「え……お嬢様」

「言っておくけれど、報告しなかったことはこれっぽっちも怒ってないから。なんならむしろ、ラナなりの気遣いだとさえ思ってるわ」

「お嬢様……」

「本当にありがとう、ラナ。貴女のサポート無しでは今日を過ごせなかったから。責めることなんて何一つないわ。むしろ誇って欲しい。私が変わるきっかけをくれた一人なんだから」

「……はいっ」


 涙ぐんだラナに笑顔が戻っていく。暖かな雰囲気になりながら、夜を過ごしていった。


 こうしてキャサリンの生誕祭は幕を閉じた。 

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