第81話 含まれた意味
会場はかつてない微妙な雰囲気に包まれていた。沈黙が生まれたものの、相変わらずキャサリンはお得意の演技力で乗りきっていた。ように見えたが、どこか周囲がいまいち空気が戻っていないように感じられる。
私の抱いた疑問は正しいもので、リリアンヌが更なる説明をしてくれた。
「くす玉での祝う形式自体、今の若い世代は知らない人だっているの。それくらい古いやり方なのよね。だから、同世代のご令嬢やご子息方はよくわからないまま祝っているでしょう? もちろん殿下も同様に」
「はい……そう見えます。違和感というか、曇った表情をしているのは上の世代ですよね」
「えぇ。親世代の頃は、まだギリギリ認知している人達が殆どだったから。それでもくす玉の祝い方を事細かに知る人は少ないけれどね。だから行う人は少なかったんじゃないかしら」
「下手したらいなかった可能性も……」
「ゼロではないわね」
そこまで古びたやり方なのに行ったのは、キャサリンが単純に利用できると思ったことが予想できる。王子妃候補から正式に選んで貰うための、突出したパフォーマンスという意図もあったかもしれない。真意はわからないが、純粋な気持ちではないだろう。
「知識の少ない人でもわかるものといえば?」
「有名な出来事や言い伝え、ですね」
「そう。くす玉割りにも当然該当する話があるの。誰もが知っているというレベルのね。……元々くす玉の中身は家族が用意するって言ったわよね」
「はい。ただ、例外でお金もあると」
「そう。それが有名なエピソードなの」
家族によるお祝いの品を用意する事がくす玉の常識であるならば、紙幣等のお金が中に入っていることは邪道を表すようだ。下品なパーティーで使用されたことの他にも、実は違う意味を示していると言う。
「手切れ金、って言葉があるでしょ。そこから引っ張ってきたものなのだけど、貴女との縁はここまでという意味よ」
「……縁を切る気持ちを指してるんですか」
「えぇ。これをすればもちろんエルノーチェ公爵家の品格は著しく欠ける可能性がある。けど、それでいいと思ってるわ。ね、お姉様」
「えぇ。むしろ今までが色々と高く買われ過ぎたのよ。無駄にね」
そう述べるベアトリスの表情はどこか清々しさが見え、本心であることがわかった。リリアンヌに視線を戻すと、策士の笑みを浮かべた。
「先程キャサリンに睨まれたけど、あれは勝手に中身を変えたことに対する怒りの視線ね。……だとしたら、重大な問題にはお父様しか気付いてないかしら?」
「……いや、あの様子だと揃って気付いて無さそうよ。どうせ何も知らずにくす玉を許可したんでしょう。あの親のやることだもの、想像がつくわ」
リリアンヌに続き、心底呆れたと言わんばかりの表情になるベアトリス。そんな二人にただ首をかしげる私。疑問に答えてくれたのは、ベアトリスだった。
「重大な問題……?」
「そうよ。元々はあれを利用して、人望の高さ及びレティシアの更生力をアピールするためだった。理由としては、それぐらい突出したものが無ければ王子妃になることはできないから、ということは言うまでもないわね?」
「はい」
「では裏を返してみて。例え社交界でどんなに人望の高くとも、今キャサリンに貼られたレッテルは家族に縁切りを伝えられた人間。その家族がどれほど悪評を抱えていても、家族が縁を切りたいと願うほどキャサリンは問題のある令嬢ということになる。……果たして今のくす玉で、キャサリンが望んでいたように自身の評価は上がったかしら?」
「……酷く下がった?」
「えぇ。こちらの思惑通りね」
今度はベアトリスが不敵な笑みを浮かべる番だった。二人の姉の黒い笑みを見ていると、敵に回してはいけないと本能が察知した気がした。
「……でも、あの様子だとその縁切りを見た通りに受け入れてる貴族はいないんじゃ」
姉達曰く、キャサリンの周囲にいる貴族の中には王子妃を見極める評価者がいるようだ。そのもの達へのメッセージとして仕組んだことはいいものの、キャサリンの演技力で薄れてしまっている気がする。
「大丈夫よ、レティシア。見てて」
不安を溢しても、姉達は動じること無くキャサリンの方向へ目線を移した。それにつられて目線を移し、キャサリンの演技に耳を傾ける。
「……本当に困ったものですわ、レティシアったらお金をくす玉に入れるんですもの。まだ怒ってるのね」
私を良いように使って、悲劇のヒロインをいつも通り演じている。くす玉の本当の意味を理解できない貴族は同情するが、中には微妙な表情を浮かべる人もいた。その人達の表情さえ、段々と曇りが無くなっていきそうになったその時だった。
「キャサリン」
「カルセインお兄様……!お恥ずかしい所を皆様にお見せしてしまって────」
「このくす玉の中身は、俺自身とベアトリス姉様、リリアンヌ、レティシアからの思いだ。他に意図はない。……それだけを言いに来た。時間も時間だ。俺達兄妹は、これで失礼する」
突然現れたと思えば、キャサリンの嘆きを遮って衝撃の言葉を言い放った。
微妙な表情だった評価者は深刻な面持ちへと変わり、会場はこれ以上無く凍りついた。空気を作った張本人はキャサリンの元から颯爽と去って行った。話す時間も与えずに。
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