第79話 手作りの行方


 少しの時間、暖かさに包まれていたが段々と現実に思考が戻っていく。自然とレイノルト様の胸を離れると、反射的に謝った。


「す、すみません」

「謝る必要はどこにもありませんよ。いつでも胸なら貸しますから、遠慮しないでください」

「…………ありがとう、ございます」

(うわぁぁあ……は、恥ずかしいことを)


 自分の行動に理解が追い付くと、途端に恥ずかしさが込み上げてきて熱が頬に現れた。そんな姿さえも柔らかい笑みで見守るレイノルト様は、無駄のない動きでテラスにあるベンチへと移動した。もちろんエスコートを忘れずに。


「それにしても良かった。今日接触することは諦めていたんです。人目があることはもちろん、レティシア嬢の邪魔になってはいけないでしょうから」

「邪魔になんてなってませんよ。今もこうして……その、労ってもらったので」


 レイノルト様に抱き締められる形で泣いていたことを再び思い出すと、下がり始めてた頬の温度は元に戻ってしまった。


「力になれましたか?」

「とても」


 こてん、とほんの少し首を傾けながら聞く姿に可愛いという印象を受ける。私の答えに安堵すると笑顔になった。今日のパーティーに登場した時の作り物の笑顔とは比べ物にならないほどの美しい笑みに、何故かいつも以上に心を引き付けられた。


「パーティーは抜けても平気でしたか」

「あ……ベアトリスお姉様が、絶妙なタイミングで送り出してくれたので」

「ベアトリス嬢が……なるほど」


 不安が取り除けたのか、笑みが更に深まっていく。会話が一区切りすると、レイノルト様は

私の手元を見て尋ねた。


「ちなみにレティシア嬢。その紙袋は……?」

「あ……!これはお礼の品なんです」

「お礼の品」


 茶色紙袋から取り出したのは、綺麗にラッピングが施された箱。それをレイノルト様に手渡しながら話を続ける。


「はい。以前お伺いした時、手作りのものが良いと」

「言いましたね」

「それで色々と悩んだのですが、これが一番かと思いまして」

「……開けてみても?」

「もちろんです。……その、不出来ですけど」


 レイノルト様の反応に緊張しながら、ほどかれていくリボンを見つめる。


 手作りという要求を受けた時、初めは困惑し長時間悩んだ。最悪の場合手作りのお菓子という手段があったが、立場上トラブルに繋がる可能性もある。それにお菓子だと、消えてしまう。なんとなく、形に残るものを贈りたかった。


 そうして選んだのが、手作りスノードームである。


「……これは」

「以前一緒に行ったお店に再び行ったんです。そしたら、自分でも作れるように材料が売ってて。中にあるパーツは自分で選びました」

「…………綺麗ですね」

「なるべく、男性が持っていても不思議ではない装飾とデザインにしたのですが……」

「凄く、凄く嬉しいです……。こうして形の残るものをいただけることが、本当に嬉しくて……胸が一杯です」

「喜んでいただけて何よりです」


 初めて見る喜び具合だったが、それが作り物でなく本心だということは雰囲気ですぐに感じ取った。それと同時に、想像以上の反応を貰えたことにこちらまで嬉しくなった。自然と安堵の笑みがこぼれる。


「……………………絶対に家宝にしますね」

「家宝……?そんな価値のあるものじゃないですよ、スノードームって……。金箔とかが入っているわけでもないので。でも……飾っていただけると嬉しいです」

「もちろんです」


 最大級のお世辞に驚きながらも、嬉しさを隠しきれなくて思わず本音がもれてしまった。


 ひとしきり眺めると、箱の方へと丁寧に戻していく。大切そうに紙袋に入れる姿を見ていると、なんだかにやけてしまう。


「そういえば……ここでも音楽は聞こえますね」

「そうですね。テラスと言えど、敷地内ですから」

「……それなら、レティシア嬢」

「はい」


 唐突な言葉に、一瞬でにやけていた顔をバレないように元に戻す。


「最後に、一曲踊りませんか」

「…………」


 不意打ちのような感覚で誘いの手が差し伸べられる。突然のことに驚いたものの、答えに悩むことはなかった。


「……喜んで」


 手を取ると、テラスで誰にも見られない秘密のダンスを行った。


 以前踊った時は、早く終わらないか等とマイナスなことを考えていた。けれど今日は、むしろ終わってほしくないと思うほど、踊ることが楽しかった。


(…………ダンスが楽しいと思うことなんて無かったけど、不思議)


 踊っている最中に、気付いたことがある。それは、レイノルト様の隣は本当に居心地が良いということだ。


(……目が合うと緊張する)


 レイノルト様と目が合う度、自分の失態を思い出しては恥ずかしくなっていた。その様子を呆れることなく、ただずっと微笑んで見続けてくれていた。


 夜風に吹かれながら、二人の時間は終わりを迎えるのだった。


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