第75話 敵と味方


 ただ無気力に茶番劇に付き合っていた頃、何気なくカルセインという人を観察してみたことが何度かあった。始めは、何があってもキャサリンの肩を持つ、私にとって絶対に敵となる存在かと思っていた。だけど、日を追うって観察が進むごとにそれが間違いであることに気付いた。


(お兄様は、思い込みはとてつもなく激しい。けど、根本にあるのは正義的な心なんだよね)


 だからといってこれまでの行いを許す訳ではないが、その答えに辿り着いた時兄は、キャサリンのではないのだと理解した。


 自身の観察に加えて、姉達からの話を聞いたからこそわかった答えだった。


(カルセインお兄様は、良くも悪くも真実を述べる。偏って思い込みの激しさは、視野が狭いことが原因だけど……少なくとも、ご自身が見た事実を意味もなく曲げる人ではないわ)


 関わり方が違ったら、親しくなれたかもしれない。答えに導かれた時、そんな一抹の考えが浮かんでは一瞬で消えた。


(……そういう人だと思ったから、少しだけ利用させてもらいます。ごめんなさい、お兄様)


 必要のない罪悪感を抱きながら謝罪をすると、意識を現実へと戻す。


「お、お兄様。見間違いではないでしょうか?その日隣にいたのは────」

「いや、間違いなくリリアンヌだった。……印象的だったから、覚えている」


 キャサリンが焦り出す姿は、今日一番といっても過言ではないだろう。

 兄は一見真実を淡々と述べているように見えるが、表情からは苦しさと辛さが映し出されていた。


(……多分、その事実から繋ぎ合わせれば、いつか真相に辿り着ける。けれどそれは同時に、自分は虚言の片棒を担いでいたことを認めなくてはならない。……これ以上ない苦悩になるだろうな)


 もしかしたら、もう既に勘づいているのかもしれない。兄の纏う雰囲気は、城下の装飾店で会ってから少しずつ変化していたからだ。


「で、では……あのドレスは一体……」

「もしかして、リリアンヌ様が?」


 事の次第を察し始めた貴族の言葉に、少しずつキャサリンは青ざめていく。不安そうにエドモンド殿下はキャサリンを見るものの、それだけで何もしようとはしない。


「このドレスは、キャサリンお姉様ではなく……ベアトリスお姉様とリリアンヌお姉様に選んでいただいた一着にございます。私はセンスを自分の物にしたいなど、一度たりとも思ったことはございません。ただ、自分のことを思って選んでくれた人の手柄を何もしてない人間に横取りされて利用されるのが我慢ならないだけにございます。……この考えはあの日と変わりませんわ、キャサリンお姉様」

「あの日……?」


 私の言葉に反応したのは兄だった。


「はい、建国祭二日目です。あの日私は癇癪を起こしたのではありません。あの日のドレスはベアトリスお姉様から頂いたものでした。にもかかわらず、キャサリンのお姉様が虚言を語るものですから。不満を述べただけでございます」

「!!」

「ち、違いますわお兄様……、レティシア。嘘をつくのはお止めなさい」


 かなり追い詰められた状況だが、悲劇のヒロインぶるのを止めないキャサリン。それに対抗して扇子越しに睨みを飛ばした。


「嘘? 私が虚偽を述べて何か利益でもあるのでしょうか」

「あるでしょう……! 私の存在しない悪行を述べることで、私を王子妃候補から引きずりおとした後に自分がその座を手にするという目的で、そんな虚言をっ……!」


 完全なる被害妄想に、イラつきが生まれる。何とか気持ちは冷静を保とうとしながら再び反論しようとした。しかし、私の声は厳格な声に遮られてしまった。


「虚言など────」

「何をしているんだ、レティシア」

「お父様っ!」

「!」


 予想外の登場に驚いてしまう。


(……今まで社交界での姉妹問題に、直接的には関わらなかったのに。今日に限って)


「お父様……レティシアを許してあげてください。きっと建国祭最終日に参加できなかったことで、私を必要以上に恨んでいるだけでしょうから。それに……自分が王子妃になりたくて、こんなにたくさんの嘘を述べたんですわ」

「何と浅はかな……」


 父は兄よりも厄介な存在で間違いない。理由は簡単。この人は問答無用でキャサリンの味方をするからだ。いつも私の言い分には耳を傾けず、キャサリンの言葉だけを正しいものとして受け入れてきた。

 

 その状況にキャサリンの演技力と雰囲気が相まってか、空気は私が悪者と化してきつつあった。


「結局、レティシア様が悪いってこと……?」

「でもキャサリン様の言い分は筋が通っておりますわ。王子妃の座を蹴落としたい行動なら、合点が……」

「やはりレティシア様は自分勝手なのね……」


 予期していた最悪の事態だ。完全に空気がキャサリンの方へと流れていっている状況に、悔しさから何も持たない手に力を入れる。


「レティシア。お前の行動は前々から目に余るものだった。それに加え、今日というキャサリンにとって重要な日にしでかした。この行為は重いものだぞ」

「お父様っ……レティシアは悪く、なくて……」


 キャサリンの庇う演技が再び発動する。睨まれる父に対して怯むことはしないが、どうしようもできない状況に悔しさが更に込み上げる。返す言葉を考えていたその時、凛と響く声が会場を駆け巡った。


「双方の言い分ではなく、片方だけ聞くという愚かな癖は相変わらずなんですね、お父様」

「今日ばかりはキャサリンに同意しますわ。キャサリンの言う通り、レティシアに非は一つもありませんのよ?お父様」


 ベアトリス、リリアンヌの順番に声を上げながらこちらへと近付いてくる。


 私の味方が、私の背後から姿を現した。

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