第54話 不思議な空気
私からの報告がほとんど言い終えると、レイノルト様へ報告者を交代した。
「数ヶ所パーティー会場を回ってみたのですが、貴族の方々から聞く話は皆同じものでした」
エルノーチェ姉妹の評判が広まった経緯を知る貴族は誰一人としておらず、明確な答えを持つ者はいなかった。ほとんどの貴族が口を揃えるように言ったのが、気付いた頃には広まっていた。
「レティシア嬢にとって敵となる、三番目の姉君に対する評価はどれも良いものばかりでした。王子妃として相応しいと述べる方もいたほどです」
「……それだけ良い評価を得られるのは、偽りでも長い間積み重ねてきた証拠だと思います」
(言ってしまえば自業自得でもあるからな)
そしてそれだけ長い間、私が放置してきた事も示している。今さらその評価を簡単に壊せるとは思ってない。たが、そのいわば強敵を相手に戦わなければならないことを再確認する。
「……レティシア嬢に悪いところなどありませんよ」
「え?」
「…………いえ。定着してしまった評判は不利になることもあるでしょうが、レティシア嬢からすれば今さらな話でしたね」
「良くも悪くも視線には慣れていますので」
なにか呟いたかと思い疑問を声に出すと、何故かレイノルト様は固まってしまった。不思議な時間のように感じたが、それを無かったかのように振る舞い直す所を見る限り、大したことでは無いもしくは触れてはいけないと脳内で判断する。流れに沿うように答えると、どことなく安堵の表情が見えた。
「今まで視線は受けて終わりにしていましたが、これからは文句を無言で返せるようにします。その為に身につけた威圧の表現なので」
「これまでの分も含めて、好きなだけ返して問題ないと思います。好きなように言われてきたのですから、抗議する権利はあります。言葉に出すだけが抗議ではありませんから、その威圧を是非存分に活用してください」
「頑張ります」
(えいえいおー、よね)
少しだけ両手に力を入れながら、改めて決意を示す。無事に不思議な空気から抜け出すと、すっかり雰囲気は元通りになっていた。話が一段落つくと、報酬について尋ね始めた。
「レイノルト様、改めて調べていただいたことに対するお礼の品を渡したいのですが」
「あぁ……」
(本当は今日持ってこようと思ったのだけれど、金銭は以前選ばれなかったから違うと思って持ってこれなかったのよね。その代わりになるものが思い付かなくて、結局なにも持たずに来てしまったのだけれど……)
報酬という名のお礼を用意しようと思ったのだが、お金と同等の価値のあるものが思い付かなかった。高価なものを安易に渡して好みでなかったら、それは失敗となる。ここまで良くしてもらった相手なのだ。できれば少しでも喜んでもらえる、成功となる品を用意したかった。
そこで考え抜いた結果、本人に直接聞くという結論に至った。会う機会は今後もまだあるので急ぐ必要はない。故に尋ねてから用意し、その後に渡す時間もあると踏んだのだった。
「気にしないでください、レティシア嬢。大したことはしていません。それに権利を一ついただきましたから」
「……あれは無いようなものかと。それに形ある何かでお礼をしたいのです」
提示された為に頷いたが、未だにその権利が報酬になるのは到底思えない。だから私の中ではまだ何もお礼ができていないことになっている。
「お気持ちだけ受けとりますよ。それに、全くと言っていいほど役に立ちませんでしたから。レティシア嬢自身が手にした情報の方がよほど価値がありました。ですから、対価は何も」
「そういう訳にはいきません。それにこれは元々私に関する話ですから。結果はある意味当然のものかと。それに、役に立ったかではありません。レイノルト様がここまで奔走してくれた、その時間と労力に対してのお礼なんです」
「……エスコート権で、充分かと」
「あんなもの、対価として不釣り合いです」
「………………」
少し強めに言い放つと、再び固まってしまった。真剣な目で訴え続けると、レイノルト様は思いを汲んでくれた。
「……引いてはいただけなさそうですね」
「はい。どうかお礼をさせてください」
「……わかりました、何だか申し訳ないですが」
「もらって当然、くらい思っていただいて大丈夫ですよ」
押し付けるような形にならないように、少し言葉を残す。どこかしょんぼりとしながらも、受け入れてくれるレイノルト様に心の中で感謝をすると、私の中での本題へと入った。
「……それで、その」
「?」
「何か、欲しいものがあればと思いまして」
「欲しいもの、ですか」
「はい」
「欲しいもの…………」
ふむ、と答えを考え始める。その姿を眺めながら待っていると、返ってきたのは予想外のものだった。
「では、何か手作りのものを頂けますか?」
「手作り、ですか?」
「はい」
いつも通りの発光するくらい綺麗な笑顔で言われると、断ることはできなかった。戸惑いながら手作りについて考え始めるのであった。
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