第53話 進歩する人形
部屋はそこまで広くなく、茶系統で統一された落ち着いた部屋だった。向かい合って座ると、用意していたかのような手際でお茶を目の前に置かれる。
「ありがとうございます」
「もう緑茶は飽きたかもしれませんが、これしかないもので」
「そんなことありませんよ。美味しいものは何度口にしても飽きないものですから」
(今輸入を展開しようと動いているとはいえ、流通までは時間がかかるだろうから。飲める時に飲まないと……!)
ありがたく一口いただきながら、頭のなかで話したいことを整理した。レイノルト様自身も緑茶に口をつけて、ほんの少し間を空けると早速話を始めた。
「あれから数日経ちましたが、何か収穫はありましたか?」
「はい、充分すぎるほどありました。まずは私の方から、順を追ってお話ししてもよろしいですか」
「もちろんです」
やはりどうしても相手が大公だと意識すると、言葉遣いが固くなってしまう。元々砕けた口調ではなかったことが幸いして不自然にはなってない。だが、自然に話してほしいというレイノルト様の願いを実行することができず、どこか距離を置いてしまう話し方で申し訳なくなる
気持ちを切り替えながら、ここ数日で起きたことを話した。
「……なるほど、では上の姉君お二方とは交流を持つようになられたんですね」
「はい。お互いのことを知り合う良い機会になりました。評判とは違ったのは私だけじゃ無かったみたいです」
「とても良い方向に進んでいて何よりです」
「……心強い味方を新しく得ることができました。これも背中を押してくださったレイノルト様のお陰です。本当に感謝してもしきれません」
「何を言いますか、行動を起こしたのはレティシア嬢ですよ。実行するのは誰にでもできることではありません。レティシア嬢、貴女は素晴らしい女性です」
いつも以上に大袈裟な褒め言葉を、お世辞だと理解しても今日はどこか照れくさそうに受け取った。
「ありがとうございます」
「…………」
その様子を満足そうな笑みと視線を向けられた。
「……戦うと決めた今、最近はお姉様方に戦い方を叩き込んでもらっているんです」
「そうだったんですね」
「はい……あ、そうだ」
「?」
思い出したように呟くと、ここ数日肌身離さず身に付けているものを取り出す。
「これも、戦い方の一つとしてお姉様からいただいたのですが」
「扇子、ですか?」
「そうです。私の睨みが壊滅的だったのは覚えていらっしゃいますか?」
「もちろん。……なるほど、解決策とはもしや姉君に教えていただくことでしたか」
「そうです……!」
以前保留にした、解決策の話。無事に解決の糸口を見つけた経緯と、現在進行形で学んでいることをあわせて告げる。
「ここ数日は練習し続けています。ご存知の通り睨むことが苦手なので……」
(脱、人形のような表情!)
「お疲れ様です。ちなみに何故扇子を?」
「あまりにも睨みが下手なのを見たお姉様が、次のパーティーまでに身に付けるのを厳しいと判断されて。扇子は顔の半分を隠せる良い道具なんですよ。……私自身は扇子を使ったことが無かったのですが」
フィルナリアでは扇子を使わないのか、レイノルト様は不思議そうに扇子を見つめた。
「せっかくですし、実践してみます。少しはまともな表情や雰囲気を作れるようになっていると思うので」
「是非とも見せてください」
「…………」
説明を兼ねた成長と練習の成果を、目の前で披露した。
体を少し斜めにすると、扇子を口元を隠すように顔の前に持っていく。そして視線を定めると、それっぽく目に力をほんの少しだけ入れる。入れすぎると他の表情筋も動いてしまうので、加減には注意する。視線を定めた後は、冷ややかで近づけないような雰囲気を出す。ここが演技力の見せ所である。
全て整い数秒間制止するも、その間は沈黙が流れた。
「……見事ですね」
「前よりも威圧感は出せてましたか?」
「見違えるほどです」
沈黙を破ったのは賛辞であった。
「だとしたら扇子のお陰です。これがあると無いとでは全く違いますから。扇子がないとただの無表情になってしまい、今までと何も変わらなくなってしまって」
「なるほど……」
前回からの進歩具合が予想外だったようで、未だに少し驚きの余韻が残るレイノルト様。扇子にも視線を向ける辺り、扇子の凄さを実感しているのだろうと感じていた。
「……やはり女性は目の付け所が違いますね。経験の大切さを改めて感じます」
「それは本当にその通りだと思います。扇子を使う、だなんて私一人では思い付きません。そもそも存在の認知すら危うかったほどなので」
「私は初めて知りました。ご令嬢方が扇子を使う姿は見たことが無いもので」
「あくまでも同性を牽制するための手段ですから」
(大公であられる方の前で扇子を使えば、それはそれで不敬では……?)
扇子を詳しく見たいという要望にお答えして手渡すと、レイノルト様はまじまじとその構造を見るのであった。
気付けば少しずつ固い口調も取れていった。
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