第51話 調査の結果(レイノルト視点)
「…………ふぅ」
彼女との思い出を表すスノードームを片手に持つと、彼女自身に想いを馳せるようにため息をついた。
(レティシアが変わると決めてくれた。だからその全てに協力しようと駆け回ってきた訳だが……)
ここ数日、興味の無いパーティーや参加義務の無いパーティーにこっそりと出席しては、彼女の三番目の姉について調べていた。
その調査もようやく一息がつき、椅子に深く腰かける。人の心を必要以上に耳にしたせいか、蓄積された疲労が体全体にのし掛かっていた。だが、全ての行動は彼女の為に必ず役に立つと考えれば、そんな疲労も一切苦ではなかった。
(ようやく明日に会える)
明日は調査報告をする約束の日だ。ここ数日はその日だけを希望に踏ん張ってきたといっても過言ではない。早く明日になってほしいと子どものようなことを考えながら、収集した情報を整理しようと少し体を起こした。リトスがノックをして入ってくるのはそれと同時だった。
「元気にしてたか、レイノルト。こっちは殆ど仕事が終わったってことを報告しにきたんだが……珍しく疲れてるな」
「あぁ、大したことじゃない」
「お疲れ様。にしてもお前ががここまで動くとはな。……姫君恐るべし、だな」
「彼女を悪く言うなよ?」
「言ってないだろう。むしろ……なんだ、称えてる感情に近い」
「それならいい」
疲労が溜まったのが災いして、少し感覚がいつもより鈍くなってしまっている。リトスの言葉の真意もあまり上手く読み取れない。こめかみを少し押さえていると、リトスが話を続けた。
「言われた通り、残りの仕事を進める傍らでしっかりと調べてきたぞ。エルノーチェ家について」
「誤解されたんじゃないか。ご令嬢のどなたかに興味を抱いたって」
「頼んでおいてよく言うな。……安心しろ。最近は、三女がセシティスタ国王子の婚約者候補になったという話題があったからな。それを上手く使わせてもらったよ」
「そうか……それで、成果は」
リトスの仕事は貴族や裕福な平民と話すことが多い。それに乗じて調べることを頼んでおいたのだった。
少し急かすように結果を尋ねると、こちらに向き直しながら答える。
「レイノルトが普段耳にする話しとあまり変わらなかったぞ。所謂、社交界の評判と殆ど同じだった。長女と次女、そして姫君は悪い印象を受ける話に対して、これでもかというくらい三女は褒められてた」
「…………なるほど」
「その始まりを尋ねても、気づいたらそうだったとしか返ってこなかったな。」
「いつの間にかできていた評判だと」
「あぁ」
予想通りのリトスの結果に驚くこと無く受け入れる。
「にしても調べていて疑わなかったのか」
「何をだ?」
「彼女に関してだよ。誰もが口を揃えて悪い評判を言うんだ。それを信じそうにはならなかったのか」
「なるわけ無いだろう。俺が信じているのはレイノルト、お前だ。ようやくうちの大公様が興味を抱いた女性が、最悪な筈がないからな。ああいう評判や噂はどれだけ多くの人間が語っていたとしても信じないね。姫君はレイノルトが見込んだ女性だろう? それに俺は自分の目で確かめるまで、その人に対しては何も抱かないと決めてるからな」
「さすがだな」
「?……よくわからんが、褒められたんだな」
リトスを信用し続けているのはこういう部分があるからなのだ。これからも信じられると少し口角を上げながら、再確認した。
「それでだ。レイノルトの方はどうだったんだ」
「殆どの情報がリトスと変わらない。だが偶々遭遇してな」
「もしや三女か」
「あぁ。接触することは控えたが、いつもの如く二人の姉と妹の面倒が大変だと嘆いていた」
「それが常套手段なんだよな?俺は見たこと無いが……それで、内心はどうなってたんだ」
「酷いものだった」
あそこまで表と裏がある人間も珍しいというものだ。その上完璧に割りきっている点を見ると、元からの素質もあるのだろう。
「三女がエルノーチェ公爵と子息と会話する機会があったんだ。話は彼女に関して。謹慎の件についてだったが、三女は彼女の謹慎を解くように掛け合ってた」
「……謹慎にさせたのは三女だよな?」
「あぁ。その後一人になった時だ、重要な心の内側が見れたのは」
「相変わらず気配を隠すの得意だな……さすがと言うべきか」
話の流れから、自ら三女をつけたのは言うまでもない。
「ありがたいことに彼女について語ってくれたよ。どうやら三女にとって彼女は、自分に利用されるのが当たり前の存在のようだ。これからも私の駒として生きてと嘲るように呟いていた」
「……うわぁ」
「三女はとことん彼女が気に入らないらしい。というのも、理由は彼女の生き方にあるみたいだが」
「姫君の?」
意外なようなそうでないような話に、少しだけ疑問を抱くリトス。それに対して頷くと話を進めた。
「三女の認識としては、彼女は決して人と群れることなく、最低限しか社交界には顔をださない人間のようだ。それに加えてドレスや宝石などの、貴族の令嬢なら決まって興味を持つものに一切持たなかった。それどころか、それらに価値がないと言わんばかりに触れる機会はなかった。その姿がどうも気に入らないようだ」
「何と言うか、改めて聞くと本当に変わってるよな姫君」
「そこか良いんだ」
「……お前が幸せそうで何よりだよ」
目を細めながら言うリトスを無視して、話を続けた。
「言ってしまえば、三女と彼女は対称的な生き方だろう。三女は自分と真逆の生き方をする彼女が、自分を否定しているかのようで嫌悪を抱いてるみたいだった。彼女が三女自身に、何の感情も関心も興味も抱いていないのも腹ただしく感じているようだったな」
「……歪んでるな。強いて言うなら同族嫌悪の逆か?それでも説明がつかないぞ」
「そうだな。だが理解しようとは思わなかったよ。異常すぎてな」
「確かにそれが最善だな」
収穫できた情報はかなり大きなものだが、一つそれと同じくらい大きな問題が浮上した。
「調査と称しているから、知れたことは包み隠さず伝えたいんだ。報酬の約束もされたから」
「良いと思うぞ」
「だが、どう伝えるか。今回はあまりにも心情として濃いもの。知った経緯は間違いなく疑問に思うだろう」
「……止めておくか?」
「………………考えておく」
すぐに出ない答えを考えながら、約束の日を迎えることになるだろう。そう思うと、ほんの少しだけ彼女に会うことに躊躇いが生まれた。
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