第28話 外れた調節ネジ


 帰宅し部屋に着くとラナは仕事をこなしているのか、部屋にはいなかった。誰の出迎えもないまま、一人静かにベッドに沈んだ。まだ心には少しモヤがかかっていた。


 言い逃げとはいえ、転生してから初めての反論をした。慣れないことへの疲労が段々とのし掛かってくる。眠気も相まって意識が飛ぶのに時間はかからなかった。


「…………様」

「…………?」

「……お嬢様!」

「……ラナ。おはよう……」


 気付けばラナに呼び起こされていた。どれくらい寝たのかと外を見てみれば、夕日は沈みきっていた。


「お嬢様、いつ帰ってきたんですか? 部屋に戻ったらベッドにいたので驚きました」

「うん……」

「早く帰ってくることにはもう何も言いませんけど、帰宅されたのならば呼びつけてください」

「ごめん……」


 眠気の取れない状態で話を聞くも上手く集中できない。目を何度も瞬かせながら頭を起こす。


「ほら立ってください。せっかくベアトリス様からもらったドレスにシワがついてしまいますよ」

「あ…………」


 その言葉に状況を把握すると急いで立ち上がる。


「パーティーは楽しめましたか?」

「…………多分」

「それなら良かったです。是非後でゆっくり聞かせてくださいね。取り敢えず、着替えてしまいましょう」

「そうね」


 楽しめた時間など一瞬たりとも存在しなかったが、眠気の取りきれない頭で説明するのも億劫になり適当に返事をする。


 着替えを始めようと動き出した瞬間、部屋の扉が叩かれた。


「失礼します」

「…………どうぞ」


 聞き慣れない声の主は、恐らく執事長だろう。これから起こる出来事を無意識に察知してか、一気に目が覚める。


「レティシアお嬢様、旦那様がお呼びです」

「…………」

「え…………?」


 突然の事に困惑するラナに対して、私の頭は完璧に冴えていく。


「わかった、今行くわ」

「お嬢様……」

「ラナ、後で説明するね」

「……わかりました。お気をつけて」


 不安そうに見つめるラナに力強く頷くと、執事長の後について父の待つ書斎へと足を運んだ。


 心当たりは一つしかない。


 キャサリンが今日起きた出来事を、自分の良いように伝えたのは考える間もなくわかることだ。となれば、今から始まるのは説教かそれに近い話だろう。


 いつものように無表情を貼り付けると、これから起こる面倒事を見据えて扉を叩いた。


「失礼します」

「入りなさい」


 中に入れば、そこには父だけではなく横に兄までいた。話を聞く気が更に削がれながらも父の前に立つ。


「呼ばれた理由はわかるだろう、レティシア」

「………………」

「………………」


 無言で睨む兄を無視して、無言で父に向かって頷く。


「キャサリンに対しての悪態は本人と周囲から聞いている。公の場にも関わらず、いつも以上に癇癪を起こしたと」

「…………」

(あれって癇癪に入るんですね。私は正論を述べたつもりなんですけど)


「その上、主催者に挨拶もなしに帰宅したと聞いた」

(……あ、忘れてた。やらかしたなぁ……)


 前者は完全にでっち上げられた作り話だが、後者は嘘偽りのない私の失態で間違いない。やらかしてしまった後悔を少しだけ感じる。


「癇癪は前々からキャサリンより話を聞いていた。自分に任せてほしいと言われた為に、丸投げしてしまった私にも落ち度はある。だが、いつまで経っても直る目処が無いのなら考える必要があるな」

「……直らないと思いますよ」

「…………」


 冷ややかな視線で意見を述べる兄。私に対する様子は相変わらずだった。


「……そうだな。取り敢えず今日の出来事に関しては反省するべきだ。だから明日は一日部屋で謹慎をしていなさい。最終日の夜会に出席することは認めない」

「…………わかりました」


 普段行くことを望んでいない夜会へ行かなくて済むのだから、もっと気分が上がるかと思ったがそうでもなかった。疲れているからだろうと思い直す。


 謹慎を言い渡されると少しの沈黙が流れた。これで話は終わりだろうと思い、部屋に戻る胸を伝えようとする。しかし父の発言により言葉を飲み込む事となる。


「レティシア。キャサリンは身内で姉だが、迷惑をかけるとしても限度がある。わきまえなさい」

「少しはキャサリンを見習ったらどうだ」


 最後の言葉は、親として兄として私を案じて伝えたのかもしれない。ただそれは本当の私に対してではなく、キャサリンの作り上げたレティシアに対するものと言う方が正しい。


「…………」


 その言葉に頷く理由もないので、ただ聞き流す。


「はぁ……レティシア、お前も少しは成長しなさい。いつまでも子どもでいられるわけでは無いんだぞ」


 いつものように無反応で終わらせるつもりだった。しかし心の調節が上手くいかない。キャサリンに反論する時はいつも心の中でしている。だが今日は珍しく口に出した。今回も、そのつもりだった。


「面白いことを言いますね」


 調節がきかなかったのか、私の本心がそうしたのかはわからない。気がつけば声が出てしまっていた。 

 キャサリン同様、普段喋らない私が声を発したものだから目の前の父と兄は固まっている。


 その様子を見ながら、やらかしたなと思う。心で言ったつもりだが出てしまったものは仕方ない。長引かせずにここを去ろうと動く。


「成長しなさい、ですか。私の事を何も知らない。そんな方々に言われたくないお言葉ですね」


 そう告げると、笑みを向けた。そこには何の意図も感情もない。ただの作法に過ぎない貼り付けた笑み。


「謹慎はします、喜んで。お時間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。今後、キャサリンお姉様に、お二方にも関わることのないよう努力いたします」


 嫌味に慣れてないため嫌味を言えているかわからないが、普段内心でする反論をそのまま吐き出す。


「では失礼します」


 キャサリンと同じく、相手に物を言わせる隙を与えずに部屋を去る。唖然とする二人を置いて一人颯爽と自室へ戻った。

 

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