第27話 込み上げた感情


 幼い頃から面倒事は大嫌いだった。特に、不必要な労力が伴う事は。だからできるだけ楽に生きられる方法を選んできた。

 基本的に普通のご令嬢方と目指す場所が違ったから、悪評には興味がなかったし利用されることも気にならなかった。


 ただ、自立して生きていく事を目指して。それに必要なことだけをコツコツこなしていく人生。最終目標に関係ない事は、どんなに自分が最悪な状況に置かれても無視をし続けた。


 それが私、レティシア・エルノーチェの生き方だったと思う。


 だからキャサリンの虚言にも当然興味はなく、放置する状態に近い対応を続けた。


 でもその言葉だけは。


 その言葉だけは、飲み込むことを許さなかった。怒りなのだろうか。でも少し違う気がする。説明のつかない不快な感情を抱きながら、私は無意識に初めてキャサリンに反論しようと動いた。


 脳裏にベアトリスの満足そうな笑顔が浮かぶと、重ねた両手に少し力が入る。そして自分の世界に入り込んでいるキャサリンを見据えると、無感情に言い放った。


「喜ばれている所申し訳ありませんが、このドレスはお姉様から頂いたものではありません」

「………………」


 私の反論に、さすがのキャサリンも驚き固まっている。それもそうだろう。私が彼女の前で言葉を発するのは随分無い事であったから。


 その時間は余りにも長すぎて、もしかしたらキャサリンは私の事を、無口で人前では話さないことが当たり前の妹だと認識していたかもしれない。


 キャサリンの瞳の奥に動揺が走るのを確認する。好奇な視線を向けていた周囲の貴族達もそれは同様で、ひそひそと声が聞こえ始める。


「…………照れなくても良いのよ、レティシア」

「照れてなどいませんが」

「もしかして……拗ねてるの? 勝手にドレスの話をしたことを」

「全く違います」


 優しい姉を演じ続けながら、どうにか軌道を修正しようと試みる。しかし私の否定により、いつものように上手くはいかない。


「……その、ごめんなさいね? 貴女の気に障る事をしてしまったみたいで。私ったら、そのドレスを着てくれた貴女を見て一人で勝手に舞い上がってしまったみたい」

「…………」

「レティシア……、愚かな姉を許してくれる?」


 上手く行かなくとも、やはり悲劇のヒロインは崩れない。多少の予想外な出来事が起ころうとも、自分の描く方向へ持っていくことに慣れている為に、また直ぐにキャサリンの世界が生まれ始める。


 私の両手を取りながら、申し訳ない瞳を向けて謝罪をする。反省する姿を見せているのだろうが、そこに本心などなく、全ては周囲に対するパフォーマンスだということを私は理解している。


 天使だ、聖女だ、等と呼ばれるキャサリンが非を認め謝る姿は周囲に更なる動揺をもたらす。だが、それさえも悪い姿として認識されない。いつものように「妹の理不尽な怒りにも謝罪する、優しいキャサリン様」という謎の解釈が生まれる。


 そして、普段と変わらない私を蔑む視線へと戻っていくのだ。これが作り上げられたキャサリンの世界とも言える。それに太刀打ちなどできないし、するつもりもない。だが、黙って受け入れることもしない。


 強い意思の元、悲しげな視線を向けるキャサリンへ言いたかった言葉を投げつけた。


「お姉様、謝る相手が違うと思いますよ」

「え?」

「このドレスはキャサリンお姉様ではなく、ベアトリスお姉様より頂いたものです。それをさも自分の行いのように語るのは虚偽そのものかと。それと同時にベアトリスお姉様に対して失礼な行為です。私はともかく、後でベアトリスお姉様に謝罪をされた方がよいかと」

「…………」


 こんな長尺で反論されると思わなかったのか、キャサリンは声もでないようだ。そんなものはお構いなしに私は続けた。


「それと。先程気に障ったかと聞かれましたよね? はい、その通りです。キャサリンお姉様の配慮のない行為が、とても私の気分を害しました。なので今日は帰らせていただきますね。……この会場にいても仕方ありませんから」


 最後に周囲の貴族に視線を向けながら述べると、キャサリンからの反論を受け付ける時間も与えずにその場から出入口に向かって歩きだした。


 キャサリンがどんな反応をしていたかまでは興味がないが、周囲のざわめきは大きくなっていった。


(自分の世界に戻すために、有ること無いこと言って取り繕うならそれでもいい。言いたいことは言えたから、後は勝手にすれば良いわ) 


 決して縮こまることなど無く、堂々とした姿勢で馬車へと向かった。


 この後どんな面倒事が起きようと、後悔はない。そんな気持ちを強く胸に抱きながら帰路に着いた。

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