八月 やさしさにふれて
夏休み明けが明け、海音は自転車に乗り、熱中症になってから、一週間ぶりに学校に向かっていた。
強がって自転車で登校していることを海音は後悔していた。自力で行けるというのは甘い見通しであったのだ。
学校につく頃には息切れに加えて、軽く目眩も感じられた。熱中症がこれほどに後を引くものだとは思いもしなかったのだった。
駐輪場に自転車を止め、駐輪場の柱にもたれ掛かりながら持っていた水筒の中身を飲んだ。
校舎に向かう途中、後ろから足音が聞こえ海音は振り返ると、汗を拭きながら弥生が歩いていていた。
「大丈夫かー。すごいダルそうだけど」
「じゃあいつもどおりだろ。学校なんてダルいもんなんだから」
「後ろ姿から体調良くないのがバチバチに伝わってくるんだよ」
弥生が海音の前に入り、足を止めて海音の顔を覗き込んだ。
海音もつられるように足を止めるが、弥生は後ろ向きで歩きだしそのまま話し出した。
「顔に覇気が感じられないよ。なんか青白くない?」
「やる気が失せるんだよ、熱くて。まあ今日は短いからいいんだよ。ほら後ろぶつかるから前見ろって」
そうだったわと、弥生は言いながら立ち止まり、横を海音が通りすぎるあたりで向きを戻し、横にならんで校舎に入った。
海音は大会に行けなかったことについて、何かふれてくると思っていたがなにもないようにいつも通りの姿に胸をなでおろした。
昇降口で海音は弥生と分かれると、自分の教室に向かうため階段をあがる。
数段昇っただけで息切れが起こり、疲れが海音にのし掛かるように感じられた。
朝から汗だくで息も切れながらも、海音はなんとか教室に入ることができた。
自分の机に荷物を置くと崩れるように椅子に座り机に突っ伏した。
時間はまだ早かったためか、クラスに人はほとんどいない。
机に突っ伏していると誰かが近づいてきていることに海音は気づき、顔を起こすとクラスメートの
「おはよう。海音ちゃん。どうしたの? もう疲れてる感じだけど」
「悠良ちゃんだったか。おはよう。いやー私熱中症になっちゃったからさ」
「えっ。大丈夫なの? いや、大丈夫には見えないんだけど、良く学校これたね」
「なってから一週間経ったし、それなりの体調良くなったし大丈夫だよ」
「ほんとう? あんまり無理しないでね。それはそうと、じゃあ宿題とかはできたの?」
その悠良の一言で海音ははっとしてカバンを開けて中身を出し始めた。
「これと、これが今日出すやつだったよね?」
「そうだよ。授業で出された課題は授業で出すから今日はまだいいんだよ」
「よかったー。やってあって」
ふと周りを見るとクラスメートも続々と教室に入ってきて教室がにぎやかになっていた。
二人はぼんやりと朝のHRが始まるまで話していた。
半日で学校が終わり、帰る時間になった。まだ部活には出れないためそのまま帰ろうと荷物をまとめ、悠良と一緒に教室を出た。
悠良とは帰る方向が違うため、校門で分かれると海音は一人で駐輪場に向かった。
駐輪場には部活などで学校に残らない生徒がたむろしてる。自転車のカギをはずし、荷物をかごに入れると遠くの方で笑い声がふいに聞こえた。
海音がその方向を見ると目を向けるとその集団のなかに髪の色が周りとはちがくよく目立つ人物がその中心にいた。
遠くからでもそれが誰かはすぐ分かった。相手も気がついたのかニコニコしながら駆け足で近づいてきる。
「先輩元気ですか? 暗いかおが目に入ったんですけど 」
「元気だよあんたにはまけるけどね」
あっはは、と陽真理は笑って海音の顔をまじまじと覗き込んだ。海音はそんな視線に恥ずかしさを憶え、さっと顔を背けた。
「そう言えば先輩。大会の日に休んでましたね」
「そうだけど。弥生から聞いてないの?」
「いえ。ちゃんと聞きましたよ。熱中症ですよね」
そういうと陽真理は海音のおでこに手を伸ばしてきた。
普段通りであれば反射的に手をあしらう海音であったが体調は万全とはいえず、とっさに目をつぶることしかできなかった。
「んー。まだ熱っぽいじゃないですか。もう駐輪場にいるってことは帰るんですよね」
「そうだけど、なんかあるの?」
「いえいえ、早く直るといいですね。熱中症は本当にやばいですから」
「……ああ、ありがと。分かったから早くおでこからてを離してよ。熱いから」
そうでした。と話している間海音のおでこに張り付いていた手をようやく離すと「ではお大事に」と、あいさつをして元のグループの方に戻っていった。
いつもはちゃらんぽらんな雰囲気の陽真理が、ただ自身の心配をするだけだったことに海音は可笑しく思えた。
しばらくそのまま陽真理の後ろ姿をぼんやりと眺めていたが、はっと我に返りと自転車に跨がり、一人で帰路に着いた。
自転車に乗りながら先程の陽真理のことを思い出していた。
自転車をこぎながらおでこに手を当てた。自分の手もおでこと同じように熱を帯びていて熱があるのかは分からなかった。
自転車をこぐ足は朝よりかはましになったように感じられた。
学校から出て、数十分ほど自転車をこいでいたが朝のような息切れは起きてはいない。
帰る途中、周りから建物がなくなり、田んぼばかりの道を進んでいると、お昼を知らせるチャイムが辺りに響いた。
今海音が走っている道ではちょうどチャイムの音が変わる境にある道であった。
左右別々のチャイムが聞こえる。右からは学校にいると聞こえるチャイム。左からは家にいると聞こえるチャイムであった。
町と町の境目にいるとチャイムの違いが良く分かる。それに海音が気づいたのはつい最近であった。
風が吹き、田んぼの稲の青い葉がなびく音が聞こえる。穏やかな風が運んできた匂いは海音の鼻をくすぐった。
お腹がなるおとが聞こえた。周りにはだれもいない。海音自身のお腹の音だ。
「お昼なに食べよっかな」
そう呟くと、進んでいた道を左に曲がり、スピードをあげ、風を切りながら家へと帰っていった。
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