第6話 隣に咲く花は綺麗6

 一か月前に行われた文化祭。

 委員会に属している生徒にはクラスの出し物とは別に、仕事が与えられた。風紀委員は一時間交代で校内まわってゴミ拾い。岸野と一緒にゴミ袋とトングを持ってウロつく。

 文化祭の間は校舎内も土足で入っていいから、足元はローファーのままだ。いつもは絶対許されないことばかりでなんだかワクワクしてしまう。


「ゴミ拾いっていう名目で、校内うろつくだけってラッキーだな」

「ラッキーとか言わないの」

 いや、ラッキーだよ。委員会の仕事とはいえ、岸野と一緒にまわれるなんて思ってなかったから。岸野は、俺じゃなくて仲のいい友達の方が良いかもだけど。俺は一人でこの状況に満足している。嬉しさが顔に出ないように、平然を装うのに実は必死だ。

 廊下を歩いていると悲鳴と共に女子生徒が二人、目の前の教室から飛び出て来た。口々に「怖かったぁ!」と騒いでいる。


「ウチのクラスもさ、お化け屋敷したかったよなぁ」

「みんなお化け屋敷したいって言ってたよね。そんなに?」

「やっぱ文化祭と言ったらお化け屋敷は定番だし」

「そうかな。まぁ、衣装作るの楽しそうだし、メイクで遊ぶのも面白そうだけど」

「もしかして岸野、お化け屋敷とかホラー系苦手?」

「……正直、好きじゃない」

 少しうつむいて、恥ずかしそうに頬を染める。やっば、かわいい。

 にやけ顔を見られたら、ドン引きされそうだからゴミを探すふりして岸野から視線を外す。さすがに校内にはゴミは少なかった。校舎を出て、建物の周辺をまわることにする。

「お化け屋敷は三年生がやるからダメって言われて、そっから団子屋になるなんてさ」

「冷凍団子を解凍させて、黒蜜かきなこかけるだけって知ったら、みんな一斉に『団子屋にしよう!』だなんて」

「そんだけ簡単ならありがたいし、団子屋ならそもそもそんな忙しくならないだろうしってのは大きかったよな」

「まぁ、私もお団子屋がいいなって思ったから異議はないけど……。あ、ゴミ落ちてる」

 木の下や植え込みの間にプラスチックの容器や割りばしが捨てられている。

「隠しながら捨てるって確信犯だよな。引くわー」

「本当にね……」

 見つけたらしっかり拾っていく。一周まわり終えた頃にはゴミ袋には想定より多くゴミが入っていた。みんなちゃんとゴミ箱に捨てろよな……と呆れる。


「ちょっとだけ時間余っちゃったね」

「だな。なぁ、岸野、なんか食べたいのあった?」

「そうだなぁ。肉まんかな。模擬店だからレンジでチンしただけのものだろうけど、横通った時お腹空いてて無性に食べたくなっちゃった」

「それどこだっけ」

「たしか二年の……ってまさか」

「岸野が考えてる通り」

「ダメに決まってるでしょ。バレたらどうすんの」

「あと十分くらいだろ? きっと買ってる間に終わるし、まぁバレたら俺が責任とるよ。岸野は巻き込まれたって顔してればいい」

「カンタンに責任取るとか言わないの。――私も連帯責任でいい。だから、トングとゴミ袋と、あと腕章ちょうだい。時間見計らって本部に返してくる。その間に……」

 岸野はニッと笑う。それ以上言わなくたってわかる。

「それじゃあ、あとでな」

「まかせたよ」

 

二手に分かれて行動開始する。昼飯時と被ってしまって並んだが、二人分ちゃんと買えた。自分の手より少し小さいサイズで、白い包み紙に巻かれている。出来立てで、手の中がほかほかとしている。途中で自販機で飲み物を買ってから、冷めないうちにと急いで戻ると、岸野は使い捨てカイロを握りながら待っていた。


「ありがとね」

「岸野こそ、返却してきてくれてサンキュー」

「いいよ。歩きながら食べるのも行儀悪いし、どっかで座って食べよ」

「そうだな」

 そう言って、場所を探して辿り着いたのは、文化祭中、関係者以外立ち入り禁止の場所にある――のちに、弁当の一件が起きたあの――ベンチに移動して、食べる。

「うまー」

「おいしい」

 二人同時に口を開いた。顔を見合わせたあと、

「ハモったな」

「ハモったね」

 そうまたハモって、ひとしきり笑いあう。

「あ。あとさ、これよかったら」

 岸野にペットボトルのホットほうじ茶を手渡す。

 ほうじ茶は身体を温めるからと、俺の家では冬場切らさないように大量にストックしてあるほどだ。

「ずっと寒そうにしてたから、ついでに買ってきた」

「いいの? あ、肉まんとお茶の代金払うね」

「肉まんだけでいい。お茶は俺が勝手に買ってきただけだし」

「ありがと。寒いの苦手だから助かるよ」


 外であったかいもの食べるといつも以上にうまく感じる。それにしても、女子と飯食べるのは初めてだな……。男友達とハンバーガー屋に入り浸って駄弁ることはよくあるけど。意識すると急に変に緊張してきた。

 何も話さず、お互い思っていたよりお腹が空いてたのか、あっという間に平らげた。このあとは、一時間空いてからクラスの出し物の当番だ。確か注文を取る係だったか。めんどくさい。それにしても、あと一時間あるな……。


「なぁ、このあと岸野って団子屋の店番?」

「あ、私は部活の店番行かなきゃならなくて」

「……そっか、頑張れよ」

「ありがと。肉まん食べて、お茶飲んで体も温まったから頑張れそう」

 岸野はそう言うと満面の笑顔を残して、「先に行くね」とその場から立ち去った。

 俺はそのままベンチで少し座ったまま、遠くで聞こえる賑やかな声を聴きながらぼーっとする。

「よかったら一緒にまわろうぜ」

 そう言おうとした自分に少し驚いた。でも、もし「何も用事ない」って言われたとして、俺はちゃんと誘えただろうか。あー、委員会活動以外でも話したいだなんて、気持ち悪がられるかな。俺は別に委員会以外……休み時間でも、放課後でも話せればと思う反面、クラスメイトの視線が気になって声をかけれない。


 どこもまわる気にもなれず、クラスの出し物へ向かうと、なんと、人が並んでいた。教室の中も客でいっぱいになって、みんな忙しそうに走り回っている。すると、

「おい佐野! いいところに!」

 男友達が声をかけてくる。

「これ、何があったんだよ」

「わかんね。急にこのありさま。今の人数じゃ手が回らないから、お前も手伝え」

「俺、あと一時間後からなんだけど」

「どうせヒマしてんだろ? いいからエプロンつけて」

 無理矢理俺も駆り出された。「忙しくならない」ってバカにしてた一時間前の俺に伝えてやりたかった……。

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