第4話 隣に咲く花は綺麗4

 俺と岸野深雪みゆきは、九月からの後期風紀委員に選ばれた。風紀委員っていうと、真面目で几帳面なヤツがやるもの。テキトーで人任せにしがちな俺には関係ないって思ってたら、くじ引きで決められてしまった。岸野は自ら手を上げ、立候補していたようだけど。

 周りの女子がスカートの丈を短くしたり、化粧してたりしてるのに、あいつは規則通りに制服を着て、セミロングの黒髪も必ず束ねている。肌荒れもなく、メイクしなくてもしっかりとした顔立ち。でも、いつも無表情で少し近寄りがたい、そんな子だった。


 異性と話すのは得意じゃない。姉がいるとはいえ、クラスメイトの女子は別物だ。なに考えてんのかわからないし、少しでも変なこと言えば一瞬にして嫌われかねないから緊張する。だから、委員会も最低限話さないつもりだった。


 俺たちの変化を起こしたきっかけは、ポスター作りだった。「制服は正しく着ましょう」という内容のポスターを「一クラス一枚必ず作成するように」と委員会で課題を出された。めんどくせぇし、俺は全部岸野に投げようと思ってたら、

「明日の放課後、ポスター作りについて相談したいことがあるから」

 と先に言われてしまった。


 翌日の放課後。教室には俺と岸野以外にも何人か残ってたから、緊張は思ったよりしなくて助かった。岸野の後ろの席を借りる。机を合わせて座るとすぐに、

「佐野くん」

 とこちらに顔を寄せてきた。大きい目が俺を見ている。

「な、なんだよ」

「ポスター作りやって」

「は?」

「お願い」

「面倒ごとだからって押し付けんのか」

「違う」

「何が違うんだよ」

 岸野は頬を真っ赤にして、まるでバンジージャンプに挑む前のような、覚悟を決めた表情を浮かべると言った。

「その……絵が下手なの」

「え?」

「もう本当に絵描くのが苦手で。その代わり文章は考えるから。だから絵だけは……」

「いや、俺も下手なんだけど」

 美術・工作は出席日数と授業態度でなんとか許してもらってるようなもので、提出する作品はどれもひどいものだ。


「じゃあ、ちょっとでも上手な方が描くってことにしよう!」

 そう言うと、岸野は二人分のルーズリーフとシャーペンを机の上にたたきつけた。

「わかった。お題は?」

「そうだなぁ……じゃあ、猫で」

「了解。じゃあ、描いていこうぜ」

 一分もかからず描き終える。

「佐野くん、描けた?」

「おう」

「せーの見せるよ……せーの!」

 二人とも猫とは思えない、謎の生き物がルーズリーフの中に閉じ込められていた。二人で吹き出す。

「岸野ヘタクソすぎだろ。なんだよこれ」

「猫だし! 三角の耳がここにあるでしょ。ていうか、私言ったじゃん。ヘタクソだよって! そういう佐野くんなにこれ? スライム?」

「俺も下手だって言ったし! あと、そこは猫の足としっぽだって」

 と、しばらく笑い合って、ポスター作りどころじゃなかった。


 翌日、「どっちの方が上手いと思う?」と訊いてまわり、最終的に俺たちの画力を見かねた岸野の友達が描いてくれた。

 担任の先生からポスターの掲示承認をもらって、教室の掲示板に貼る。俺が画鋲で刺して、その間、俺の顔一つ分くらい身長が低い岸野は背伸びしながら、ズレないようにポスターを持ってくれている。

「絵がうまい友達がいるなら、最初から頼めばよかったじゃん」

「委員会の子じゃないもん。イラスト描き上げるのだって、その子の時間と労力を犠牲にしてもらわないといけない。たかだかクラスに貼るポスターって思ってるだろうけど、どんな作品を作り上げるって簡単なことじゃないんだから」

「ご、ごめん……」

「それに、もしかしたら、佐野くんが上手な可能性も……あるかなって……」

 あれだけ真剣な表情をしていた岸野は一転笑いはじめる。

「自分のこと、棚に上げて笑うなよ」

「ごめん、ごめんて」

「で、あの猫描いた紙どうした?」

「あ、私が持ってる。勉強机のところ貼ってる」

「は⁉ 捨てとけよ」

「あれ見てるとおもしろくて元気が出るというか……」

 思い出し笑いする彼女の笑顔が無邪気でかわいくて、心を掴まれた。


 同じ沿線、数駅違いのところに住んでいるということがわかってからは、より親近感がわいた。遊ぶ場所の話をすれば、近所にある大型ショッピングモールの名前が挙がる。小学・中学校の頃の遠足や修学旅行も同じ場所だったり。とにかく話が尽きない。クラスメイトの女子とこんなに話すのは初めてだった。クラスではお互い友達と過ごすから、話すことはない。だからこそ、二週間に一度の委員会の時間が楽しみになっていた。

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