ナイトメア・シャッフル

雄蛾灯

第1話

「やっと終わった」

苦痛なバイトの時間が終わって、一つため息を吐いた。俺は早々に打刻をして、いそいそと更衣室へと向かった。


更衣室に着くとすぐさまに自分のロッカーを開いた。ロッカーに制服をしまい、畳んでしまっていたコートを羽織った。

「そういえばこの後暇?」

俺は声の方を見た。

「あぁ、別に今日はこの後予定何もないよ」

「じゃあさ、飯食いに行こうぜ」

「おっけー、でもどうせ俺ら明日全休だし、俺ん家来る?」

「お前神かよ! じゃあ帰る前に何か買っていくか!」

「他のメンツも誘う?」

バイトの後輩たちが楽しそうに話しているのをよそ目に、早々に帰り支度を済ませた。

「お疲れ様です」

 後輩たちは気の抜けた返事が返ってきた。

「お疲れ様っす」

「お疲れっす」

軽い会釈をして、従業員用の裏口からスーパーを出た。


外に出ると冷たい風が顔を通り過ぎ、反射的にポケットに手を入れた。そうして、おもむろに中に入っていたスマホを取り出した。

「なんだ、イベントの通知かよ」

 スマホゲームの通知一つだけを確認した。俺はすぐにイヤホンを耳に付けて、スマホを右ポケットしまった。

 いつも聴いているアニソンを聴きながら、バイト近くの大学をチラッと見た。

「あっ、帰ったらレポートやんなきゃ」

 俺は軽く白い息を吐き、夕飯とレポートとイベントのことを考えながら家路に向かった。


 一時間の道のりを終えてようやくアパートに着いた。着くとすぐに階段を上り、耳に着けていたイヤホンを外した。俺は一番奥の部屋に進み、鍵を開けた。

「ただいま~。って誰もいないよね」

すぐに靴を脱ぎ、ベッドの上ににリュックを投げた。靴下を脱ぎ、そのまま風呂場へと向かった。

風呂から上がって、そのままリビングへと向かった。俺は電気ケトルに水を注ぎ、夕飯の準備をした。

「あっ、そうだ」

お湯が沸くまでの時間に、もう一度スマホの通知が来てないか確認した。そこには二十二時と書かれた数字と、待ち受けの柴犬だけが画面に写っていた。

「瑛茉ちゃんからの返信、やっぱ来てないか」

諦めきれなかった俺は返信に既読がついてないか確認する。未読であった。


 新藤瑛茉(しんどうえま)。俺が大学で出来た唯一の女友達で、よく授業が一緒になる関係で仲良くなった。また、好きな音楽グループが一緒なこともあってすぐ意気投合し、昼飯もよく一緒に食べる。

なによりも、俺の連絡の返信が異常に速いことに理解を示していてくれたことが嬉しかった。俺は高校時代に返信が異常に速いことを、女性から冗談交じりにストーカー認定されたことが若干トラウマになっていた。

しかし瑛茉ちゃんは変に俺のペースに合わせることなく、彼女自身のペースで楽しくやり取りを行っている。

 どうでもいいことかもしれない。しかし、そんな中で気を遣わずに、ありのままでいられる彼女が俺は好きだ。

「やっぱり、デートとか俺には無理だよなぁ」

彼女からすぐに返信が来ないことはわかっている。わかってはいるが、心は曇った気持ちでいっぱいだった。俺は一つ大きいため息を吐いて、ケトルの方に向かった。


俺はカレー麺をすすりながらパソコンを起動する。起動中にスマホゲームを開いて開催中のイベントの詳細を確認する。

「へぇ~、十周年記念で三千万円を十名様にプレゼントか。」

長い間ゲームが続いた感謝として、ゲームユーザーに抽選でプレゼントする企画とのことだ。明日の朝七時に当選したユーザーを発表する。応募は必要なく、プレイしているユーザー全員が対象と書いてあった。

「じゃあ俺も対象にはいるんだ。ふ~ん」

 そう言って俺はスマホを消し、キーボードに手を置く。


「はぁ、やっと終わった」

俺がレポートを終わらせた時、家の時計は十二時を指していた。約半日バイトに追われていた俺の体は、既に限界だった。

「もう寝よっと」

俺はベッドに吸われるように、うつ伏せに倒れこんだ。その時に机に置いてあったスマホが振動したように感じた。

しかし、ベッドから立つ気力が無かった俺はそのまま夢の世界へと旅立った。


***


 目を開けると、そこは見慣れた天井だった。俺は重い体を起こして、軽く背伸びをした。時計を見ると六時四十分であった。

「おっ、今日は珍しいな」

 いつも九時頃に起床して授業ギリギリに大学に着く俺からすると、今日はとても早く起きた。

「よっしゃ、久しぶりにちゃんとした朝飯が食えるぞ!」

 そうして、俺はホカホカのカツサンドとミルクココアを用意し、普段の生活からは考えられないような優雅な朝食を迎えた。カツサンドのソースとココアのほろ苦さがいい感じにマッチしている。


 朝食も終えて飽満な気持ちとなった俺は、洗面台へと向かったがそこであることを思い出した。歯を磨き終え、顔を洗い終わった俺はいそいそと机に向かった。

昨夜のスマホの振動だ。もしかしたら、瑛茉ちゃんからデートに関する内容かもしれない。俺は恐る恐るスマホを手に取って、待ち受けに出る通知を確認した。

 通知が五件来ていた。そこには瑛茉ちゃんからの返信もあった。

「っしゃ‼ 良かった~」

 返信の内容は通知の関係上見えない。しかし誘いを断られたとしても、返答が返ってきたことが安心した。勿論YESサインの方が良いけど。

 俺は項目に触れようとした瞬間、ある項目に目を奪われた。ゲームの抽選結果の発表だ。時間を見ると七時五十二分だった。もう発表されてる時間で、五つの項目の一番上に位置していたため無意識にタッチしてしまった。

「後で返信しよう。お楽しみは最後に残すのが道理だしね」


ゲームを開くと十周年記念に関する情報が載せられていた。そこには抽選の概要もあった。そこには当選した十名のユーザーⅠDが羅列されていた。ユーザー数としては五千万人の規模を誇り、全盛期の頃は一億を超えるユーザー数であった。数は減少したとはいえ、当選したユーザーはまさに奇跡といえる。


そこに奇跡はあった。俺のIDが羅列されていたのだ。


「ふぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

俺はこれ以上にないくらい狂喜乱舞した。

ドォォォン‼

その瞬間これ以上にないくらいの音の壁ドンが来た。俺は俺自身のテンションを一旦自粛した。人生でこんなに気持ちが昂ったのは初めてだ。

「よしよしよしよしよしよし。ととと、とりあえず落ち着こう」

俺は深呼吸して、改めて状況を整理した。


 もう一度IDが間違ってないかチェックした。間違えていないこと確認した俺のテンションは、普段考えられないくらい昂っていた。

「まず三千万あったら何買おうかな。やっぱりブランドの服かなー。でも、新作ゲーム機も捨てがたいな。それかいっその事、こんな所引っ越しちまうか‼」

 振り込まれるのはまだ一週間後だが、既にうぬぼれていた。ふと時間を見てみると八時十六分になっていた。いつもはこの時間は家を出る時間だ。

すると、途端に倦怠感が沸いてきた。

「なんか大学行くのダルいな~。どうせ行っても時間の無駄だろうし」

 俺はそう言って手に持っていたリュックを床に置き、棚にしまっていたポテトチップスを持って自室へと向かった。

「どうせ一人暮らしだし、誰も文句言う奴なんていないだろう。超眠い」

俺はすぐさま机に置いていたスマホを取り、ベッドの上に寝転がった。もうこのままずっと眠っていたい。どうせ金もあるし、食うものも困らないだろう。最近は宅配サービスも充実してきたし、


もう家から大学も行かなくていいや。

もう家から外にでなくていいや。

もう家から動かなくていいや。

もうずっと寝てていいや。

もう目を開けなくてイいや。

もう呼吸、イイや。

もう生きる、イイヤ。


『いいよ! じゃあ今度の日曜ね‼』

 怠惰の深淵に沈んでいた中、暗闇に一筋の光が見えた。その言葉は暖かく、勇気が湧いてくる。俺はあの人を忘れていた。

 欲望に埋もれてた中でようやく思い出した。そう、あの人は、


***


 気が付くとそこには、見慣れた白い天井があった。

「は~、マジ焦った。ホント悪趣味な夢だよ」

 気が付くと、俺は酷い寝汗をかいており、ベッドも少々乱雑になっていた。俺は本当に現実かどうか確認するために、家の時計を見た。時間は八時五分を指していた。

「って、やべっ‼ 今日授業速いんだった‼」

俺は布団を勢いよく振り払って、洗面台まで向かった。そう、この光景。このあたふたしてる時間が俺らしい。そんな安堵に浸っている心とは違い、体は迅速に動いていた。

「えーっと、パソコンは入れた。この教材もOK。よしっ‼ 後は、」

俺は机へと向かい、スマホを取った。スマホの画面には四件の通知が来ていた。そこに、昨日の夜十二時からの返信があった。俺はその項目をタッチし、返信の内容を確認した。


「ふっ」

 俺はその返信を見て、すぐにスマホをいつも着ているコートの右ポケットにしまった。イヤホンを着け、いつものようにアニソンを流した。アニソンを聴いている頃には、俺はもうあの悪夢を忘れていた。というか、大学へと急いでいる俺にとっては些事であった。

今の俺は超ニヤニヤしていた。



『今度予定空いてたらさ、映画館とか行かない?』

『いいよ! じゃあ今度の日曜ね‼』

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