拾壱話

弦に薬を貰った槍絃はネツキに薬を渡し終わりネツキの誘いを何とか断って義刀が懇意にしている甘味処に来ていた。

義刀に用は無いが居れば雑談しよう程度に来てみたが偶然に会う事は無かったが、時雨乃が1人で団子を咀嚼している。


「おや、時雨乃嬢」

「槍絃さん、こんにちは」

「ああ、珍しい場所で会うね」

「ええ。母屋の建て直しに目途がついて近くに来ていたんです」

「お、それは良かった」


槍絃はまだ義刀から阿修羅院付近に肉剣妖魔が潜伏している可能性が高い事を聞いていない。

知っていれば妖魔を活性化させるかもしれない上に肉剣妖魔が生きている事を知らない時雨乃が阿修羅院に近付く事は控えるように忠告するところだ。しかし連絡手段が手紙や直接の交流に限定される中で素早く正確な情報交換は難しい。

自分に出来る事に区切りが付いている槍絃は身体を解す様に肩を伸ばし店員にみたらし団子を注文した。


「建て直しの目途が立ったのは良かったけど、母屋に帰れるのはいつになりそう?」

「一月は掛かりますね。家が建っても家具の運び込みとか色々作業が必要のようです」

「ああ、人が住むって家が有れば良いだけじゃないもんねぇ」

「そうなんですよ。私も考えた事も有りませんでした」

「俺もそうかもなぁ。ま、根無し草みたいに生きてる奴だって居るんだし、何とか成るんだろうけど」

「根無し草、ですか」

「そうそう」

「実は先日、流浪人のお侍様が来られました」

「へぇ。京の阿修羅院に流浪人か、強くなりたい、とか? あ、団子ありがと」


会話の合間に槍絃が頼んだ団子が運ばれてきて受け取ってまとめて2個を口に含んだ。


「阿修羅院だと珍しい参拝客なのかい?」

「流浪人のお侍様が京の街に来るのがあまり無いかもしれませんね」

「あ~、戦が無いから京の侍の武芸は文字道理に芸術だからな」

「ええ。でも頻繁に武芸会が開かれるから決闘に強いお侍様が多いんですよね」

「流石は武を祀る寺院の娘さんだ」


茶化す様に言った槍絃だが本音だ。

目に冗談めいた感情が無かったので付き合いの短い時雨乃にも誤解無く伝わった。


「そのお侍様は閃郷斬乃介様をご存知のようでした」

「何だと?」

「えと、そんなに大変な事、なのでしょうか?」


槍絃の今までの言動にそぐわない厳しい口調に気圧されながらも時雨乃は好奇心から質問を返す。時雨乃目的でわざと近い席に居た周囲の客が少し距離を取った程の圧なのだが好奇心の方が勝った。


「憑き物の関係者が現場の近くに、なんてちょっと怪しいだろう?」

「そういう物ですか?」

「憑き物の関係者は基本的に身内が憑き物になったらその場に近付かない」

「何となく分かります。肩身が狭いでしょうね」

「それも有るが、身内が憑き物に堕ちた事実を直視したくないんだよ」

「それなのに身内が現場に行ったのが可笑しい、という事ですか?」

「そうそう。その侍の名前は分かるかな?」

「いえ、お名前までは」

「特徴は?」

「流浪人らしく髪の手入れはしておられないようでした。刀と脇差は1本ずつでした」

「まあ人の特徴なんてそんなものだよね。ありがと」


情報は鮮度が命だ。

槍絃は折角運ばれてきた団子を急いで頬張って茶で流し込み勘定を置いて店番に声を掛けて甘味処を後にした。

残された時雨乃としては意味が分からず目を白黒させるしかないが、何かを思い付いたのか行儀が悪くない程度に急いで団子を頬張り同様に会計を済ませる。


……槍絃様の慌て様、銀閃流の方々に関わる妖魔がまた出現したと考えると、義刀様なら何かご存知かもしれません。


一般人が自分から鬼と交流を持ちたがる等、通常では有り得ない。

その為、槍絃は時雨乃の前で仕事に関係の有る態度を取っても問題無いと判断していたが、彼は時雨乃の好奇心を見誤っていた。

時雨乃は槍絃に会った直後から阿修羅院に居る父へ弁当を渡して直ぐに鬼通りに向かう。

以前に訪問した記憶を頼りに業炎鬼の道場に辿り着き、入り口付近の門下生に声を掛けた。


「もし、突然の訪問すみません」

「え? お、はい、ようこそ」


日々鍛錬を積む厳つい男達ばかりの鬼通りに見慣れぬ穏やかな少女が現れ門下生は狼狽したようだ。汗で濡れ気持ち悪かったのだろう道着を脱いで袴で固定していたのを急いで整えた。


「すみません、突然お声かけしてしまって」

「いや、此方こそ、見苦しい格好を見せてしまった。して、本日は何用ですかな?」

「義刀様にお伝えしたい事が有ったのですが、本日は此方に?」

「え、義刀のヤツですか。あいつは謹慎ですが」

「謹慎!?」

「ええ。何でも何処かの道場に現れた憑き物を周囲の被害も考えずに強引に討滅したって話で、今日は朝から何処かをほっつき歩いてんじゃないですかね」

「道場、まさか、銀閃流?」

「お嬢さん、知ってるんで?」

「あ、すみません、自己紹介もしないで。私は阿修羅院の娘で時雨乃と申します」

「ああ、義刀が討ち漏らした憑き物の」

「え、討ち漏らした?」

「え?」

「あら?」

「ああっ、そのっ、今のは忘れてくんなせえ!!」


話が通っていない事に気付いた門下生が慌て始めるがもう遅い。

時雨乃の持つ情報では何が起きているのか正確に把握する事は出来ないが、情報は集めれば良い。

穏やかに微笑んで門下生に別れを告げて先程まで居た義刀の行き付けの甘味処への道を歩き始める。

知り合って数日で義刀の行きそうな場所は想像も付かないが先日、銀条撃蓮から謝罪された際にはあの店に妙に馴染んでいた。店主ならば義刀の事を知っている可能性も有るので場所が分かって居て聞き込み場所として思い付くのは甘味処だけだ。


……閃郷斬乃介様の憑き物は討滅されておらず、銀条撃蓮様は討滅された。その上で閃郷斬乃介様のお知り合いが京の街を訪れている。何も起きない方が不思議な状況ですね。


考えながら歩いている為に少し顔を下げており前髪に隠れて時雨乃の表情は分かり辛い。

しかし彼女より背の低い者なら彼女の口元が小さく笑みを作り、目には何かに執着する光が宿っている事に気付いただろう。

自身でも気付かぬ内に好奇心を滾らせた時雨乃は思い付く限り最短の方法で義刀と会う為に京の街を進み続けた。


▽▽▽


閃郷切乃介との短い決闘で今日はもう何もしないと決めた義刀は肩を解す様に軽く肩を回して甘味処の席に着いた。

顔見知りの初老の店主はさっきまでの槍絃や時雨乃ように味わってくれない客ではないと喜んで上機嫌に声を掛けてくる。


「いらっしゃい、今日は何にします?」

「火加減が良さそうだ。焼きで良いのは有るか?」

「そうですね。今日は醤油と海苔なんてどうです?」

「良いな。それで頼む」

「はいはい。おーい、醤油焼き団子、海苔も付けてくれい。それにしても、お兄さんはさっきの客じゃないが味わってくれて嬉しいねぇ」

「ここの団子を雑に食べるなんて、どんな奴らだ?」

「へい。1人は薙刀を持った色男でしたね。色町でならさぞ人を集めそうだ」

「……」

「もう1人は近くに阿修羅院てあるじゃないですか。あそこの娘さんですわ。行儀の良い娘さんだと聞いてたんですが、人の噂なんてそんなもんなんですかねぇ」


まさか知り合いが出てくるとは思わなかった義刀が段々と眉間に皺を寄せる。

それに気付いた店主が何か怒らせる様な事を言ったかと困惑したが直ぐに義刀が口を開いた。


「すまない。どちらも俺の知り合いだ。今度、言い聞かせておく」

「ええっ? いやいや、お客さんのせいじゃありませんよ。そんな、頭を上げて下さい」


本当に申し訳無さそうな義刀に先程以上に困惑した店主、困らせるのは本意では無いので義刀は直ぐに頭を上げた。


「ああ、却って困らせてしまったか。しかし、何かお詫びがしたい」

「う~ん。でしたら今後もご贔屓にしてくだせえ。お客さんはいつも旨そうにウチの団子を食ってくれて甘味屋冥利に尽きますから」

「……分かった」


珍しく義刀が小さくは有るが笑みを浮かべたので店主も釣られて笑顔になる。

店主からすれば数年来の客なのだが笑った顔等、今が初めてかもしれない。

店員が醤油焼き団子と海苔、緑茶を盆に乗せて運んで来た。

店主も仕事が有るので義刀と話し続ける訳にもいかない。断って席から離れ仕事に戻りながらも旨そうに海苔を巻いた醤油焼き団子を頬張る義刀を見て店主は再度、笑みを浮かべた。

そんな店主は少しして再び義刀を見て驚いた。義刀が急に手を止めて厳しい視線を通りに向けたからだ。

視線の先から先程話題に上がった阿修羅院の娘、時雨乃が義刀に近付いて来ていた。

火鉢の音や店員、客の声で会話は聞こえないがとても団子を急いで食べた程度ではない剣呑な空気を義刀が纏っている。

しかし、店主も客商売の男、客の事情に首を突っ込むのは憚られた。

義刀が彼女に暴力を振るう様子が無い事も余計に手を出し辛い。

仕方無しに接客を理由に近付いて盗み聞きをし非常事態に備える事にした。

しかし、暴力沙汰には成ら無さそうだ。


「お食事中にすみません」

「良い。それよりさっき店主から聞いた。ここの団子を味わいもしなかったそうだな?」

「それは失礼しました。後ほど、店主様には謝罪を」

「……そうか」

「ですが、今日は義刀様にお伺いしたい事が有って探しておりました」

「……答える義理は無い」

「私の家で暴れた憑き物を取り逃がしたとしてもですか?」

「……それは謝罪する」

「すみません、本題を聞く為に卑怯な事を言いました」

「事実だ」

「その上で確認したい事が有ります」

「俺は謹慎の身で出来る事は少ない」

「はい。先程、道場にて伺いました。ただ、確認したいのは別の事です」

「……何だ?」

「先程まで槍絃様と此処で憑き物についてお話していたのですが、閃郷斬乃介様のお知り合いが阿修羅院に訪れていたのです」

「閃郷切乃介だ」

「……え?」

「そいつの名前は閃郷切乃介だ。鬼通り付近の雑木林で連日、素振りをしている」

「ご存知だったのですか?」

「今日、偶々知り合った」

「図った様な話ですね」

「逃げた憑き物は阿修羅院付近に居るかもしれないそうだ。槍絃に会ったら調査する際の参考にするよう伝えておく」

「……また、私の家が」

「……話はそれだけか?」


義刀は先程から団子に手を付けていない。

折角店主から勧められたのだ、面倒な話をしながら嫌な気分で食べたくはない。

しかし、その為に時雨乃に対して心無い事を言っている事は義刀にとって気にする事では無い。

その為、早々に時雨乃には何処かに言って欲しいのだが何かを考え込んでいる彼女は中々離れてくれない。

諦めて再び団子に手を伸ばして頬張る。

醤油が焙られた独特の甘みに塩気の強い海苔が良く合う。焙られて焦げたほんの少しの硬い触感と団子そのものの柔らかい触感の違いが口の中で同居して楽しい。

味覚としても感触としても出来栄えの良い団子に満足感を得て5本の団子の内、2本を食い終わる。


「もしや、槍絃様はその閃郷斬乃介様の憑き物を追っているのですか?」

「そうだ」

「義刀様は閃郷切乃介様から憑き物の調査に同行させるよう言われませんでしたか?」

「言われた。勝手にしろと言ってある」

「……私も勝手にして宜しいでしょうか?」

「謹慎の身だと言った。俺は槍絃から協力を申請された内容にだけ付き合う」

「成程。では、槍絃様にお会いしたら閃郷切乃介様の事を伝えておきますね」

「好きにしろ」

「はい。では、お邪魔しました」


やっと邪魔な客が居なくなったと上機嫌に成った義刀は団子と茶に再び手を伸ばした。

醤油の甘み、海苔の塩気、茶の清涼感でずっと食べて居たくなる味なのだが、何事にも終わりは有る。

5本全てを食べ終わり少し物足りなさを覚えるが、10本は流石に多い。夕食を用意している女中たちを蔑ろにすると母が怖い。

仕方が無いが会計を済ませ道場に帰る事にした。

その晩、いつの間にか時雨乃と情報交換をしていたのか槍絃から肉剣妖魔発見の連絡が有り、弦の追い立てる薬品が完成次第、討滅を開始する事となった。

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