第2話
「さぁ、入って。散らかってるけどね」
案内された工房は足の踏み場に困るほどだった。それでも人形たちと衣装は高い場所にあったので、わたしは平然と進んでいく。
何故なら、工房に入る前に見た
「それで、わたしは何をしたらいいんですか?」
「えっ! 引き受けてくれるの?」
「そりゃぁ、あんな素敵なドールを見せられたら……ねぇ」
お兄さんの作ったドールはどれも奇麗だった。帽子もお洋服も靴も小物も愛らしくて、わたしは一瞬で虜になってしまった。
「ありがとう!」
「ところでお兄さんの名前は? わたしはシンデレラ」
「シンデレラ?」
やっぱりそういう反応かぁ、とわたしはうんざりする。
「それは素敵な名前だね!」
だけど、違った。
「じゃぁ、きみにドレスを贈る僕は魔法使いになるのかな?」
お兄さんは見ているこっちが恥ずかしくなるほどうきうきして、
「――たぁっ!」
姿見の前で魔法使いの真似事なんてやっている。
「……っと、ごめん。僕はソルシエ」
「年はいくつなの?」
「27歳さ」
27歳の男性が鏡の前で変なポーズを取っていたのかと思うと、家に帰りたくなる。
わたしの態度から感じ取ったのか、
「あぁ、誤解だ誤解。つい癖でね」
お兄さんは弁明を始めた。
「モデルがいなかったものだから、こうして自分の姿を参考にしててね」
「それで髪が長いの?」
「そう。だけど男と女じゃ髪質が違うし、鏡だと左右反転になっちゃうから、どうも上手くいかなくて」
「そうなの? 表にあった人形はどれも素敵だったよ?」
「ありがとう。でも、もっともっと素敵なドールを作りたいんだ。きみだって、もっと奇麗になりたいって思わないかい?」
「……思う」
ちんちくりんだけど、わたしだってオシャレしたい。かわいいだけじゃなくて、奇麗だって言われたかった。
「でもそれじゃぁ……わたしなんかモデルにならないよ」
「そんなことないさ。きみの髪は奇麗だし、顔も小っちゃくてとても奇麗だ。そして、ころころ変わる表情と瞬くヘーゼルの瞳は人形にはない魅力が……」
「いいから! もうそれくらいでいいから!」
面と向かって褒められると、恥ずかしくて聞いていられなかった。
「それで! わたしはどうしたらいいの?」
「そうだね。とりあえず、座ってくれるかい?」
ソルシエが指し示したのは豪奢な椅子。わたしは恐る恐る座り、
「わぁっ!」
そのふかふか感を満喫する。
「髪とか顔を触るけどいいかい?」
「う、うん」
至近距離で男性と顔を合わせたことすらないのに、その手で触れられ、わたしはどきまきしてしまう。
ソルシエの指は長くて奇麗だった。ところどころ傷があるのに、何故だかわたしには奇麗に見えた。
その指が、わたしの髪に触れる。うねっていて嫌いな髪を愛しそうに撫で、満足そうに微笑む。
そのまま、長い指が頬に触れた。わたしがドキッとすると、ソルシエは大丈夫だよと言うように優しく微笑む。
それから顎を持ち上げられたり、子供のように頭を撫でられたりして、わたしの心臓は破裂寸前だった。
「えっと……わたしぜんぜんじっとしてなかったけど……モデルってこんなんでいいのかな?」
「いいよ。その表情こそ、僕が求めていたものだ。それを人形に注ぎ込むことができたら、きっと世界で一番素敵なドールになる」
そうして再び、わたしにとって試練の時が続く。
ソルシエは画材を持ち出してスケッチを始めたのだが、これも恥ずかしかった。
彼のほうこそ、ころころと表情が変わる。真剣な顔をしていたのが急に悪戯を思いついた子供みたいになったり、大人びた微笑みを浮かべたり。
モデルである以上、ずっと向き合っていないといけないから本当に大変だった。
「ありがとう。よかったら明日も頼むよ。もちろん、舞踏会までにシンデレラのドレスも作るからさ」
「……わかった」
でも、その時間は悪くなかった。
だからとても疲れたけど、わたしは考えることなく応じたのだった。
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