鬼灯と露草

シヅカ

『鬼と人間・前編』


 此処は何処かの世界に存在する日ノ本。


 魑魅魍魎が跋扈し、物の怪が人間を襲い喰らっていた。人ならざる者、鬼と妖怪もまた物の怪に蹂躙されていた。


 物の怪に対抗すべく三者は手を取り、対抗するための手段を生み出してきた。日夜模索しながら戦術を整えてきた成果が徐々に現れ始めている。


 大烏共が餌となる亡骸を求めて鳴き叫ぶ紅月の夜。その禍々しい光の下で一人の鬼が物の怪の大群に立ち向かっていた。


 通常の鬼は角と髪や瞳に肌の色以外は人間とさほど変わらない。しかし彼は、鬼灯丸ほおずきまるは違った。

 鬼の倍以上の背丈に筋骨逞しく、額には二本の立派な角を生やしていた。鬼灯丸は鬼の中で一際目立った存在だ。それは体格だけの話ではない。


 物の怪を屠るには妖怪からの加護が必要になる。


 加護を宿した得物で物の怪に挑むのは主に鬼の役目だが、時折手練れの人間も参戦することもあった。

 

 その特殊な武器が無ければ物の怪に太刀打ち出来ないのだ。対して鬼灯丸は素手で迎え撃っていた。


 己を喰わんと大口を開けて襲う大蛇の奇襲を受けるも上顎と下顎を掴んで阻止し、そのまま尻尾の先まで真っ二つに引き裂いた。


 二つに別れた巨体を鍛え上げた両腕を用いて他の物の怪達に向けて勢いよく投げ飛ばす。轟音とともに大地が大きく揺れるも鬼灯丸を狙う物の怪は後を絶たない。


 巨大蜘蛛から大砲のように放たれた毒液を所持していたクナイを投げて威力を打ち消した。それだけで終わらせなかった。


 鬼灯丸が使用したクナイは物の怪の力が加わることで起爆する仕組みになっており、爆発と同時に炎が広がり巨大蜘蛛や周辺にいた物の怪は瞬く間に飲み込んだ。


 次に攻めてきた物の怪の首を容易くへし折り、その次の物の怪には腰を落として殴り飛ばすと急所にクナイを打ち込んだ。


 鬼灯丸は少数の武器で確実に仕留めて成果をあげるのみならず己自身を武器として幾多の物の怪討伐に挑んできた。

 

 毒を浴びて皮膚が爛れても直ぐに治り、頭部と心臓が無事ならばどんなに致命傷を負っても跡形もなく消え失せる驚異の回復力も身に付けている。


 鬼灯丸を畏怖する者は数多く居る。人間や妖怪、鬼までも彼が恐ろしかった。当の本人は気に病まなかった。物の怪を倒すための力が己に備わっているならばそれを用いて行使するのみである。


 この力が必要となれば、たとえ己の本業が忍びであっても物の怪蠢く戦場に向かうまでのこと。


 鬼の中には稀に先祖返りをする者が居る。先祖返りした者は強大な力を得るのと引き換えに物の怪に似た外見となる。

 鬼灯丸は肉体のみならず顔も先祖返りの影響を受けたため少しでも周囲が恐れないように常日頃から覆面を装着している。


 昔は鬼神に選ばれた猛者として崇められたが、いつしか鬼達から沸き出た妬みが長い年月をかけて徐々に蝕み今では予兆があれば『忌むべき象徴』として処するのが暗黙の了解となっている。


 鬼灯丸も例外ではなかった。元服を迎えた頃に予兆が訪れ、命を刈り取られる運命だった。それを命を賭けて阻止し、道を変えたのが彼の主である。


(主殿のためにも此処も退くわけにはいかない。)


 あの日、鬼灯丸は主に最期まで尽くすことを誓った。彼は忠義を示すように拳を振るうと、物の怪の巨体は軽々と宙に舞った。


 ※


 深い静寂に包まれた屋敷、その片隅にある書斎にて一人の男が筆を走らせていた。


 男の手元を明るくするために灯された蝋燭は室内を薄く照らしている。その小さな火が風の無い部屋にて一瞬揺らめいた。


 男は筆を止めて顔を上げると書斎の障子に巨大な影が浮かび上がる。


 音もなく現れたその正体を男は知っている。


「ただ今戻りました、主殿。」


 影から発せられた声に彼、露草つゆくさ司朗しろうは目を細めた。


「ご苦労だった、鬼灯丸。」

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