公募用 題名:ブルーカラーコンプレックス
うなぎの
1話から13話 ブルーカラーコンプレックス
ここは、掃き溜めに溜まるウジ虫共の糞以下の街だ。
建物の影で薬物が売られ、路上に停められた車の中では女が殴られ、通りでは屑共が堂々と児童ポルノの話で盛り上がっている。
かと思えば、数えきれない宗教の内一つに属する熱心な信徒が、手作りのプラカードを掲げてまるでゾンビのように街を徘徊している。その文字の意味を奴らは理解しているのか?
いいや、それはありえない。プラカードにはこう書かれている。
『創造主を讃えよ!』
よくそんな事が言えたものだ。
一日の労働を終え、風呂にも入らず地面に座るクズ共、奴らブルーカラーは、紛れもない、人類という文明が生み出した汚点の一つだ。
虫唾が走る。
301ハイウェイは南西に向かって大きくアーチを描くこの街で最も交通量の多い道路の一つだ。
他の大勢と同じように、高速で滑る車の中から一瞬見えるビルとビルの隙間の街の様子を眺めて、ヨナは業務中にくすねた青い合成飼料をポケットから取り出しひと口頬張った。
「なんて不味いんだ」
彼が車の窓を開けると、搭載された管理コンピュータがやかましい音を立てた。ヨナはその音に目もくれず、今日も飽きる事無く荒廃する街の一部と化したブルーカラーたちへ向ける視線と共に、残った飼料を窓から投げた。
巨大なホールに鳴り響く喝采、悲鳴、降り注ぐ花、血の臭い、激しい痛み。いつもと変わらない日常の幕が上がる。
『勝負ありっ!勝者!ノール木立ち地区スリオ卿!』
ヨナは相手の背中まで貫通してしまった決闘用の刺剣を真っ直ぐ引き抜くと、この
急いで治療をすればあの者は助かるかもしれない。
割れんばかりの歓声と怒号の中、ヨナの脳裏をよぎったのはそんな事であった。
評議場の両翼に備え付けられたボックス席の人々が順番に退出して行き、使いの者のみが残されたのを見計らうと、今回の評議の発起人であるスリオ卿の代理の者のイントロデューサーである肥えた男が、身体にでっぷりと付いた肉を左右に揺らして視界を塞ぐようにヨナの前に立った。
顔の肉がはみ出している金属の仮面の内側で苦しそうに呼吸を乱しながら男は僅かに体を屈ませ、付き人の女が取り出した綺麗な布切れで仮面と顔の隙間を拭かせた。
「ご苦労ご苦労。500の掛け金にしてはずいぶんと弱い相手だったな。全く、こんな事の為にわざわざ呼び出されるこちらの身にもなってみろ・・・ああ、次は170時間後だな?」
「ええ」
「次の相手の得物は薄気味悪い3本のかぎ爪だそうだ念のために言っておくが、お前の車も部屋もすべてスリオ卿の所有物だという事を忘れるなよ?無論、私名義で貸してある口座もだ。高貴さとそれに伴う責任に感謝するように」
「わかっています」
「よろしい、さぁとっとと正規労働にもどれ」
「はい」
この街の食料分配局で働くヨナは、この日もまた正規の業務へ向かう前に代理の決闘者として招集され、その役目を全うした。局員養成所での多額の負債がある彼は、その出資者である彼等の言いつけを拒むことはできない。
地上4階の位置にある天井の低い食堂で管理飼育された事になっている小麦や家畜の肉で作られた朝食を取り、彼は持ち場である食料分配局の窓口へと向かった。
閉じられた薄暗いシャッターの向こうでは姿は見えずとも大勢の人々の気配でひしめき合っている。8時を告げる鐘が鳴り、窓口が、食料分配局が、そして、街全体が地鳴りのような慌ただしさに包まれた。
***
「家にあるのは・・・・家にあるのは貰い物の古いソファに、サイズの合っていない絨毯・・・ただそれだけよ!仕事が!・・・収入がないのにどうしろというの?」
まるで自分の存在を世界から隠すように、厚手のローブを頭から深々とかぶった女は涙声になりながらそう言った。
ヨナは名簿に目を通して、返却された配給カードを機械へ飲み込ませた。
それから、前回の配給から今までの時間を分単位で計算し規定量の配給カードを発行した。発行された樹脂製のカードは細かい傷がびっしりと着いた黒色の物で、今現在それは殆ど灰色だった。
窓口から配給カードを差し出すとヨナは早速長蛇の列を形成している人々の先頭の者を呼んだ。
「次の方」
「・・・まって!」
「なんでしょう?」
先程の女はヨナと目前に真っ直ぐ投げ出されたままの配給カードを交互に見てから言い及んで、結局自らの内に在る経験を頼りにし乱れた呼吸を整えた。
「・・・せめて赤を貰えないかしら?」
「前回の配給から今までの時間ですと、それは出来ません。最低でもあと130時間経過する必要があります」
「収入が無いのよ?もちろん!・・・もちろん仕事だって!」
「収入や就労に関してのご相談でしたら『統合生活管理局』をお尋ねください。この窓口ではその相談には応じかねます」
「お尋ねくださいってここから正反対の場所じゃないの!・・・お願いよ」
「残念ですが」
何かのきっかけによって所々でそのような熱を帯びた抗議の声が上がったが、結局、誰しもが真っ直ぐに投げ出された配給カードを持ってその場を後にした。
途中1時間ほどの昼食を挟み、窓口のシャッターが閉じられるまで、食料配給局から人の気配が絶える事は一瞬たりともなかった。終業の鐘と共に街の治安を守護する『平和贈呈局』の厳めしい局員たちが次々と現れると、集まっていた人々は大人しく街の闇へと溶けていった。
本日担当したブルーカラーたちの住処、配給履歴、職種、行動記録などを打ち込んだレシートを管理機械へと通し、いつもの如くヨナも帰路につく。
すると、局を出て間もない所で小さな人だかりが出来ている。なんてことはない、あるものが配給されたばかりの食料を何者かに盗み取られたのだ。
この街ではそのような事案は常に多発していた。何ら珍しい事などではないし、持ち物を調べればすぐに犯人は特定できる出来るだろう。無論、まだこの近くにいるような鈍間な犯人ならばの話だが。
もし、犯人が捕まれば当然ただでは済まない。彼等もその事を十分知っているはずなのに、この手の事案は一向に減ることは無い。
『見つけたぞ!こいつだ!』
平和贈呈局の一人が吊るしながら連れて来たのはある子供であった。
別の平和贈呈局の一人が手に持った木の棍棒で強かにその子供の顔を殴打すると、打ちのめされた子供の衣服からは青い合成飼料がいくつか飛び出した。周りで見ていたブルーカラーたちが我先にとそれらを拾い上げ、同じように殴られた。
ヨナは、何も感じなかった。
彼は偶然足元に転がってきた青色の合成飼料を拾い上げると、静かにポケットへ忍ばせ、その場を後にした。
ふと、時間を確認すると、時計の短針は91時を指していた。
***
2700キログラムのボディに、1200馬力のエンジン、そのパワーウエイトレシオは実に2キロ台。この
不気味な街は今日も所々で発光したスモッグに覆われて、その澱みがビル風によって撫でられると、ヨナはいつも決まって捻じれた煙が自らを手招きしているに見えたのだった。
普段はうなだれた薬物中毒者や、にやついた浮浪者、そして売春婦が徘徊している安アパートの内の一つ、彼等に共通する特徴は自分に対して皆無関心で、
「止まりなさい。身分証を確認してもいいですかな?」
厚手の坊刃ベストを内側に着込んだ平和贈呈局の大男の一人は、停車させたメルロック・フェイカーの屋根に片手を乗せて、運転席を覗き込んでそう言った。
「ええ」
大男は手慣れた様子でヨナの身分証のモザイクコードを記憶すると、携帯していた台帳と照合した。ヨナは捨て損ねたポケットの中の合成飼料の事を気にしたが、彼が何か対策を思いつくよりもずっと早く、身分証の照合は終了したようだった。
「ふむ、お住まいはこちらで?」
彼等は既に知っている情報であっても、より鮮度の高い情報を優先する規則になっている。ブルーカラーたちの中には一日で3度も仕事を変えるような連中も多い、このような無駄な規則が発生してしまうのは当然の帰結なのかもしれない。
「お住まいは・・・こちらで?」
「ええ、5階の一番角の部屋です」
「ふむ」
「あの、急いでいるわけでは無いんだが・・・」
「ああ失礼、『ブルーマジック』というものをご存じですか?」
見た目に寄らず世間話好きな平和贈呈局の一人は、仲間たちの方に気を配りながらそう言った。
「はい」
「そのコネクションがどうもこのアパートの一室にあるそうでね」
「それで?」
「そう、それでこの騒ぎというわけだ。まぁすぐ済むよ」
平和贈呈局の一人は僅かに胸を張り、胴のあたりに吊るされた高出力のエクスプロイター(小型の指向性熱エネルギー放出機・ピストル)を手の平で軽くたたいて見せた。
「ほかには?」
「もう結構」
「では」
ブルーマジックというのは、ブルーカラーたちの中で常習化している薬物の一つだ。
そのコネクションが同じ建物に?ともあれ、後は彼らが処理するだろう。
「ああ、待って」
メルロックフェイカーの排気塔が煙を吐くのと殆ど同時に、平和贈呈局の男がヨナを呼び止めた。
「あなた、何か後ろめたい事があるんじゃないか?」
「なぜそう思うんです?」
「いえね、わかるんですよそういうやつが。なぜかね」
ヨナは思わず、男が吊るしているエクスプロイターに目をやって、これから聞かれてはいけない会話を開始するように、軽く座りなおした。
すると、男も聞き逃さないようにヨナの方へと耳を差し出す。
「実は今日、部屋に
自身の直感が過ちで無かった喜びをほんの少し顔に浮かべて、男はヨナから距離を開けさり気なく5階の一番角の部屋を見上げた。
「そうですか、せいぜいお楽しみください」
「どうも」
ヨナが自室へと帰宅すると、備え付けられたダストクリーナーが唸りを上げて起動した。渦巻く乱気流の中でヨナは、分厚い扉の向こう側が心なしか騒々しいような気がしたが彼はいつもの調子を崩さなかった。彼は上着を掛けて何をするでもなく椅子に座り、それからすぐにシャワーを浴びた。
体にまとわりついた水がボディドライヤーによって全て吹き飛ばされるよりもずっと前に、クローゼットに入れた衣服のクリーニングが終了し透明な膜で包まれた状態で排出される。
いつものように蒸し暑い部屋だった。今夜もまた眠ることが出来ないかもしれない。それは彼にとって、不安に近い確かな安心であった。
・・・こんこん。
・・・こんこん。
その時、何者かが部屋の扉を叩いた。
硬く、頑丈に閉ざされた部屋には必要以上にその音が良く響いた。
先程の平和贈呈局の男か?
ヨナは上着のポケットの中の明日捨てようと考えていた青い合成飼料をこっそりと左手に忍ばせてすぐに扉のドアスコープを覗き込んだ。
すると、通路の奥の方で今まさに部屋の扉が破られたところであった。平和贈呈局の屈強な男たちが中へ侵入するよりも前に一人の痩せた男が飛び出してきて手に持った刃物を振り回した。ヨナはその様子を漠然と見ていた。
・・・こんこん。
・・・こんこん。
飛び出した男の上半身がエクスプロイターで弾けると同時に扉のすぐ向こうでまたそんな音がした。
目の位置を上げて下方を見るとそこに小さな人影がある。
件の部屋からは続々と人が飛び出してきて、あっという間に赤い液体へと変化していった。
・・・こん・・・こん。
・・・こん。
ヨナはドアスコープの外の汚らしい厚手のローブからかすかに見える口元の歯に、何か普通ではない気配を見た。汚れたローブの頭越しに、屈強な湿った男がこちらに向かって来ているのが見える。偶然にもそれは、先程の平和贈呈局の男であった。
男の右手にはエクスプロイターが握られていて、鈍い灰色の光を放っていた。
男の手がローブが掛けられた肩に伸びる。
「・・・」
「なにか?」
「・・・いいえ。せいぜいお楽しみください」
「どうも」
この巨大な街の中で、無数にあるはずのアパートの、あの一室の存在が彼等に観測されたのは、いたるところに目を持つ『監視局』の功績であることに疑いの余地はなかった。
毎日自動で取り換えられる新品の寝具の中で、懸念していたよりもこのブルーカラーは清潔だ。と、ヨナは思った。
「優しいんだ」
「彼らがここを立ち去ったら。出ていくと良い」
「ずっとここに居ちゃだめなの?」
「監視局が見ている」
「今も?」
「そうだ」
全ての局員は、他人と同じ住居で暮らす事が禁止されている。これは、それぞれの局員しか知り得ないこの街の保安に関する事項や、秘密を守るためであった。
例えば、ヨナをはじめとする食料分配局員たち共通の秘密の中に。毎日、配給される量よりもずっと多くの食料が管理上の都合により廃棄されている。というものがある。先程、目の当たりにした平和贈呈局員たちの行いもそうだ。常にすべてを監視しているという監視局の気まぐれさもまた多くの秘密のうちの一つであった。小さな秘密の重大さに気が付く賢明な者だけが選別され、明らかにする
「みんな、死んじゃった」
「ほかの仲間の元へ行くと良い」
「決まりがあるの、しばらくみんなのところへは戻れない」
「なら、食料分配局へ行くと良い」
「もう眠いわ」
「なら、眠ると良い」
「おやすみ」
「おやすみ」
次の日、あのブルーカラーの姿は消え、部屋はただ静寂に包まれていた。ヨナはクローゼットに入れておいた衣服を透明な膜から取り出し身に着けて、それから上着を着た。
部屋から出ると、平和贈呈局の局員たちは勿論の事、弾けたブルーカラー達も、壁や床や扉や階段の手すりにべったりと付着した鮮烈な赤もまるですべてが幻であったかのように消え失せていた。
***
「いつも助かるよ、少ないし味も最低だけど・・・食い繋ぐのにはちょうどいい。こっちは何もしなくたって一日で60トークンも支払わないといけないんだ・・・・いや、正確には57トークンか・・・」
脂と小さなゴミで固められた汚らしいひげを蓄えた男は、窓口から差し出された灰色の配給カードを手前に引き寄せると萎びた様子でそう言った。
トークンと言うのは、一般的に流通している通貨の10,000分の1の価値を持っているほとんど彼等専用の通貨でありほぼ全てが偽造された偽物とも言われているほどの粗悪な通貨だ。
「日常生活のご相談でしたら統合生活管理局にご相談ください。こちらの窓口では対応しかねます。次の方」
「あんたらは座っているだけで、とても健康的とは言えないな。ブルーカラーはいいよ」
萎びた男はそう言い残して、彼とすれ違う様に次の者が使用済みの配給カードを返却し、その人物もまた口に出したところで改善されるはずもない文句を口にする。
そうしている間に7時を告げる鐘が鳴り、ヨナは帰り支度を整え帰路についた。ふと、時計を見ると時計の短針は115時をさしていた。
薄暗く、陰鬱なこの街の食料分配局の前では今日もまた
ヨナが車を止めてある向かいの建物まで向かう途中、偶然にも使命を全うした平和贈呈局員たちが人混みを切り裂く様にこちらにやってくるのが見えた。
ヨナは連行されている人物がブルーカラーで無い事をすぐに直感した。
「道を開けなさい!」
屈強な平和贈呈局員たちに連れられていたのは、偶然にも昨日のあの男であった。
男は、両脇の平和贈呈局員の肩にそれぞれぶら下がる様にがっくりと頭を下げて、それでいてその口元はわずかに綻んでいるようであった。
「どきなさい!道を開けて!この者は危険な妄想犯罪者です!近づかないで!」
平和贈呈局員たちのただならぬ態度に解散途中であったブルーカラー達は素直に自分たちの存在を元あるべき場所へと向けはじめた。
『
あの男も、存外愚かだったようだ。
ヨナは、丁度人だかりが消えうせた滑らかな道をゆっくりと進んだ。この滑らかな建築物がどのように造られたのかを、ヨナは知らない。
正面から近づく足音は複雑に乱れていて、それは間もなく自分のすぐ横を通り過ぎていった。横目で確認するまでもない、間違いなく昨日のあの男だった。
「待ってください」
何の前触れも無く、誰かがそう声を上げた。
街の機能が半ば停止し、人影が薄くなり始めたその場所に異様なほどに良く響く、低く、不気味な声だった。
要求が、ありふれていて、落ち着いたものだったからなのか、平和贈呈局員たちは乱れた足音を止めた。ヨナもまた、可能性の一つを考慮して次の一歩を踏み出すことをしなかった。
うなだれていた男が顔を上げて振り返りヨナを見た。
「昨晩はどうでしたか?」
平和贈呈局員たちの鋭い視線のいくらかがヨナに注がれ、その音を聞いたかのようにヨナも半身振り返って男を見た。屈強な体をしなびさせて坊刃ベストを着たままで制服の上着と帽子だけを暴かれた男の頭髪は少しだけ乱れて、顔は衰弱している。
「昨晩はどうでしたか?」
まったく同じ不気味な質問に対してヨナは「あなたの事は存じ上げません。もちろん、あなた達の事も」とだけ答えた。それを聞くと男は、再び口元をほころばせた。
「ああ、そうでしたか。それは失礼しました」
「では」
男が再びうなだれるのと殆ど同時に、帽子のつばの下で眼光を鋭くしたまま平和贈呈局員たちが再び歩き出した。その足並みは不自然な程に誇らしく揃っていた。
アパートの階段を上る途中、ヨナは昨夜の出来事を思い出していた。
赤く弾ける前のブルーカラー達の必死な表情と痩せた骨。
赤く濡れた男たちの引きつったあれは《笑顔》だったのだろうか。
あの男はいったいどんな妄想をしたのだろうか。更にそれがどのようにして観測され、何故処罰の対象になるのだろうか。
1階から2階、2階から3階、そして、5階に上がる頃にはヨナは思い出す事をやめていた。
昨日の騒ぎの後、あの部屋は既に新たな住居者を迎えているようだった。頑丈な扉の上についている照明装置はアクティブを示す暗い色に点灯している。昨日のブルーカラーの娘ではないという奇妙な考えがヨナの中にあって、それはすぐに確信に変わった。
「・・・・!!!・・・・!!!」
ヨナが部屋に戻ると他の部屋にも標準搭載されているクリーナーが作動して衣服や頭髪に滲み込んだ塵や埃を吹き飛ばしてひとつ残らず吸い込んだ。
それからヨナは、上着を壁のハンガーにかけると衣服を脱ぎ、クローゼットに入れた。
クローゼットの隙間からは昨日のブルーカラーの姿が透明な膜につつまれて酷く必死そうにしている様子が見えていたが、このクローゼットは繰り出し式で、中にしまったものを取り出す方法はこれしかない。
おおかた、食糧を探して迷い込みそのまま巻き込まれてしまったのだろう。
クローゼットに引き込まれた衣服に代わって、ブルーカラーが排出されるまでのわずかな時間ヨナはシャワーを浴びていた。
「苦しかった。死んじゃうかと思った」
身にまとう衣服に染みついていた汚れや汁がすっかり落ちたブルーカラーは、固い床に直接座るとそう言った。
「はやく部屋から出たほうがいい、昨日の事を覚えているはずだ」
「ねぇもう一度わたしを買わないの?」
ブルーカラーは音も無く衣服から抜け出すと体をスラリと伸ばしてそう言った。高慢で、愚かな提案だ。
「ああ」
「わたしの体を忘れられないんでしょ?」
「君たちの仲間がみんなそういう様に決められているのは知っている」
「そう」
「少しだが、食糧がある。上着のポケットの中だ。それで凌ぐと良い」
「そんなの、昨日食べちゃったわ。それに、一口食べてあったの知ってるんだから」
「なにが言いたい」
「昨日の奴らにそれが知れたら、あなたどうなっちゃうのかな」
「食べかけの物を拾ったんだ」
「すぐにわかる嘘」
「証拠もない、君がすべて消し去ってしまった」
「買ってくれなければ大声を出すわ」
「それは困る。君を買おう」
「それでいいのよ」
「おやすみ」
「おやすみ」
***
こんな事を、一体いつまで続けるつもりなのだろうか?
「・・・・!」
「・・・・」
今回の名誉評議の発端は、人前で食事をしたと言いがかりをつけられたという者と、それを否定する者同士の間に発生した事案だった。こうした、いわゆるこの街の上流階級の揉め事が当人同士のみで解決することは殆ど無い、彼等恵まれた者らの横のつながりは非常に排他的であり、また強固であった。
『・・・!!!勝負ありっ!!勝者!ノール木立ち地区!スリオ卿!』
普段は退屈に頭をふやかせ、まどろんでばかりいる彼等も、この名誉評議での決着の瞬間、ひいては、評議代理人がそれぞれの振るう殺戮の道具が互いの体に吸い込まれ、誰かがどさりと音を立てて倒れる瞬間に限っては、顔を上気させ、生き返ったかのように激しく興奮した。奇妙なことに、唯一それだけがヨナにとっての救いだった。
そして、結果だけを鑑みれば、今回もヨナは生き延びることが出来ていた。
彼の刺剣は、相手の内臓を貫通して呼吸を司る臓器を損傷させていた。
相手の殺戮の道具がヨナに致命傷を与えなかったのは今回もただの偶然だろう。
ヨナは、嵐のような喝采の中、利き手とは逆の手で倒れたままの男の体から鋭く研がれた刺剣を引き抜いて雑用係のベルベットの台座の上に置いた。ふと、倒した男の衣服から香ったのは煙草の香りだった。銘柄は、サンディ・グローリィ。
そのわずかな間に、評議会場をぐるりと取り巻く座席のいたるところから色鮮やかな花が次々と投げ込まれた。この世界で最も尊く、価値があるとされるものだ。
非常識に鳴り止まない騒音にまるで姿を隠すかのように、雑用係の小男がヨナの右脇腹をこっそりと盗み見て額から汗を一つかいているのが見えた。酷く申し訳なさそうで、矮小な様子だ。
「も・・・問題は・・・あ、ありませんか?」
「ああ。問題は、ない」
ヨナの腹に食い込んだ3本の爪の内1本は衝突の衝撃で脇腹の肉を千切って外に飛び出していた。
残る2本をゆっくりと引き抜き持ち主の元へと返却すると、彼は傷口から僅かにはみ出たはらわたを押し込み、すぐにでもこの場所から立ち去りたくなって、出口へと足を向けた。いつもよりも出口がとても遠くにあるような気がして、それはきっと、降り注ぐ鮮やかすぎる花の香りのせいだと思った。
嵐のような喝采はしばらく止むことがなかったが、ヨナが数歩進んで地面に片膝をつくと一転して、投げ込まれる花と共に少なくなっていった。
どよめき。
出口のそばにある、階段を大急ぎで降りてくる者が見える。あの太った仮面男である。きっとこれが良心だ。と、彼は思った。
「おい!いつまでそんな所にいるつもりだ!見苦しいぞ!」
「はい」
「・・・次は146時間後だ。わかっているな」
「はい。わかっています」
「よろしい、では正規労働に戻れ」
「はい」
彼は立ち上がり、評議会場を後にした。会場の座席からは仕切り直しにならなかったことに対する嘆息が口々に漏れ出てているようだった。
**
傷の痛みは時間と共に和らいでいったが、仕事を終え、アパートの階段の一段目に足を乗せると同時にそれは復活し、全身に鈍痛を走らせた。しかしながらヨナはいつもと変わらぬ様子で階段を上って行った。ブルーカラーたちは今日も路上で堂々と薬物を取引し、口に出すのも危険な情報を共有し合い悪だくみをしている。
ヨナが5階にたどり着いたとき、向かいの部屋から音もなく女が一人現れた。女は、頭の先からつま先まで真っ黒な小奇麗に整った身なりをしていて、偶然居合わせたヨナの姿に虚を突かれたように俯いて軽く頭を下げた。
両手で抱えた小さな箱には、金属片を連ねて作ったチャームと写真立て、そして新品の・・・。
箱を支える指先はまるで血の気が引けて震えていた。女はヨナとすれ違うと足早に階段を下りて行った。履きなれていない靴なのだろう、不器用で不規則な足音が段々と離れていく。
静寂が訪れて、その場にはサンディ・グローリィの仄かな香りだけが寂しげに漂っていた。
「あの」
前触れも無く脳裏にちらついた評議会場の太った男を振り払うように、はたまた、二人に増えた所で状況は変わることは無いだろうというおごりがあったのかもしれない。
彼は女の方を振り返った。すると。
「よせ!」
ブルーカラーの女の体は軽かった。
彼女は音も無く何ら苦労することなく手すりを飛び越えてすでに向こう側にいた。
「やめろ!」
ヨナの言葉をよそに、女は口元に女神のような微笑みを讃えて地上4階の高さから落下した。
腹の傷が引きつり酷く痛んでヨナは思わずその場でうずくまった。
しばらくして、がやがやと非日常を愉しむ悪魔のような騒ぎが聞こえてくると彼は立ち上がり、自室へと向かった。
ありふれた、ブルーカラーの死亡事故だ。ごくありふれている。わざわざほかの連中と同じように確認する必要など全くないのだ。
***
「おかえり」
部屋に帰るとあのブルーカラーがやはりいた。しかしそんなものがヨナの目に入ることは無かった。
「ねえおかえり」
ヨナの頭に一瞬よぎったのは部屋を間違えたのかもしれないという在り得ない懸念で、自分の知り得るどんな物よりも速く通り過ぎたそんな懸念をこの日に限って抱いたのは、いつもよりも頭のふらつきが長引いているせいだと思った。相手の殴打技に不覚を取ってしまった時のような状況が続いていた。今も。
「何をしている」
「おかえりって言われたらただいまって言うんだよ」
「ただいま」
「おかえり」
「ただいま」
・・・・・。
「何をしている」
「見てわからない?絵を描いているのよ」
「絵?これが絵なのか?」
ブルーカラーは少しむっとした。
この街は、巨大な局や道路をはじめとして道に転がる小さな建材辺に至るまで汚れが定着することは無い。しかしそれは、閉じられた部屋の外での話だ。
「何を
「うん?これはうま、つき、それにうみ、ヤシのき、くじら、とり」
「鯨?鳥?鯨は空を飛べないはずだ」
「そんなことどうだっていいじゃない」
ブルーカラーは手を止める事無くそう言った。
ヨナはその態度に思わず身を乗り出して、彼女の影の中にあるずっと気になっていた描き途中の絵を覗き込んだ。
「それはなんだ」
「これ?これはヒトだよ」
ブルーカラーは一旦描くのをやめて、額にかいた汗を手の甲でそっとぬぐった。この部屋が蒸し暑いせいだ。
馬、月、それに海、ヤシの木、鯨、鳥、加えて、背中に翼を付けた人。
ヨナは一番よく知っているはずの人そのものが最も理解できない存在に思えて、このブルーカラーに激しく憎悪し、失望した。
「人は飛べない。出来るのは落ちる事だけだ」
「いつかきっと飛べる日が来るわ」
あり得ない。しかし、確かな事がある。
「君は鯨を見た事があるのか?」
「あるわけないでしょ?あなたは?」
「ない。その飛び出ているものは何だ?」
ヨナは描かれた鯨から飛び出ている紐状の個所を指さして尋ねた。こころなしかはみ出たはらわたにも見えるそれがいったい何なのか彼は確かめたかったのだ。すると、ブルーカラーは止めていた呼吸を一つしてすぐに答えた。
「それはじらよ」
「じら?」
「そう、9個のじらをもっているからくじらなのよ?知らないの?」
「君は間違っている」
「どうかしら」
間違いない。このブルーカラーは『創造』が出来るのだ。
創造は長い長い時間の中で生存と引き換えに人々が失ってきた多くの能力の内の一つだ。しかし、それは人々から完全に失われたわけでは決してない。紙きれ一枚以下の確率で発現する奇跡の遺伝子、この街も、また、どこかにあるという他の街も、そう言った選別の末に生み出された才能によって作り上げられたものなのだ。だとすれば。
「あなた、怪我をしているの?」
「そうだ」
「そう」
ブルーカラーはそう言って、クリーニングされた細い指を傷口に差し込んで、たっぷりと血液をからめとった。
「丁度この色が欲しかったの」
ヨナは自分の腹の内側を不気味に蠢く指が描く『空を駆ける人』を漠然と眺めていた。指は腹の内側と部屋の床を何往復もした。このブルーカラーは特別だ。
創造局に入る資格がある。
***
~ある者はそんなモノ存在しないと声高に語り数日もしないうちに姿を消した。彼等は間違っている。存在しないのなら、この街が存在している説明はどうつけるつもりなのか?~
***
局員たちに配られる一週間時計が何周もした頃、ヨナが勤務する食料分配局でも無意識のうちに記憶にへばりついてしまった面々の何割かが綺麗に消え去り、それらはサイコロを転がしたかのように容易く、別の者へと変化していた。
消え去った者たちがどうなってしまったのかは、ヨナも含めてこの街の誰も知らない。
入れ替わった連中は当然、中身も違うに決まっているであろう。その確信がヨナにはあった。
「よっ」
数日前から昼食時間が始まると決まって声をかけて来るこの男。
「おいおい、無視は無いだろ?同じ局員同士仲良くしてくれよ頼むよ」
大きな鉤鼻に色白の肌、鋭く垂れた目、前頭部の一部が孤立するように頭髪が抜けたおちた頭、気色悪く脂で光る頭皮、馴れ馴れしく触れて来ようとする分厚い手。
ヨナは男を睨み付けて肩に伸びた指を予めプログラムされているかのような滑らかな動きで払った。
「よせ」
「おお。こええ・・・こええ」
うすら笑いを浮かべた男は、わざわざヨナと対面するように全て一方向を向いて固定されている椅子に無理やり腰かけ、配膳プレートの焼きたての肉を指でつまみ上げて食った。
「ぅん・・・ぅん・・・最高だ。なぁ!」
他の大勢の局員たちの中でこの男はただ一人言葉を発している、椅子もうまく扱うことが出来ない、怒鳴り声にも似た大きな奇声をあげる。
入り口の近くで立っている平和贈呈局員の二人がヨナたちの方を睨み付け、おもむろに制服の影に手を差し込んでいるのが見えた。
この男は危険だ。きっとすぐに消えてしまうだろう。
ヨナは配膳プレートの上の蒸した肉、練り上げてから動物性の油で揚げた穀物を順番にひとつずつ口に運んだ。葬式のように穏やかな気持ちだった。
男は自らの行いに気が付いて、平和贈呈局員たちに向けて両手を上げる。男の手にしたフォークが薄暗い空間で煌めき、二人の平和贈呈局員は何かもの言いたげであったが、少し前と全く同じ状態になった。
「なぁ、おい」
「なんだ」
男はプレートに残った焼きたての小さな肉の欠片をつまんで口に放り込むと卑しくも指をしゃぶった。
「ああ・・・あんたいつも残すだろ?俺にくれよ」
この男の提案、断ってしまうのは簡単だ。しかし、全てにおいてこの男は信用できない。
ヨナは何食わぬ顔で食事を続け、男をしばらく無視していた。
そして、早い者から先に銀色の椅子を離れてこの空間から去りだすと、その時に発生する僅かな騒音に隠れて答える。
「構わないが、監視局が見ている」
「平気さ」
男は細い目を満足げにもっと細めて、下唇を持ち上げて言った。
「なら、俺がトレーを返却した後、少ししたら好きなようにすると良い」
「話が分かるじゃないか」
「君のことは何も知らない」
「俺もそうだとも兄弟」
兄弟?
ヨナはいつもよりもずっと乱暴に配膳プレートを返却装置の最後尾に置いた。
下の階では大勢のブルーカラー達がひしめき合っている気配がこの場所からでも手に取る様にわかる。
自分の思い通りになり、あの男はさぞ気分が良い事であろう。
あの男の全てが気に障る。
誰からも知られずに路地裏の壁にへばりついた染みは、明日の今頃には跡形もなく消え去るだろう。同じく、誰からも知られずに暴かれた貴重品や盗み出された食料は、明日の今頃には跡形もなく消え去るだろう。
徐行運転に移行したメルロックフェイカーは汚れた薄板を掲げたブルーカラー達の集団をゆっくりと切り裂く様に通過した。ブルーカラー達はその手にした薄板を運転手に見せつけるように下ろして全員が素直に道を譲った。
裾が擦り切れたローブ、浮き出た骨、汚れた顔に、頬に出来た腫瘍、爪の間から小さな皺に至るまで刷り込まれた汚れ、血が滲んでいるトゥルーシルバーのシリス帯、人類が生み出した文明の垢のような存在として辛うじて維持されているブルーカラー達、それから覗く瞳は妙に澄んでいて、その瞳の群れは今日も林の中からこちら側を覗く様に粛々とヨナを見つめていた。消えかけた街灯の灯りが流線形の車体を先頭から丸く照らして後方へ流れていった。いくつも。遠くで女の悲鳴が聞こえて、別の場所では親を探す子供の泣き声が聞こえていた。この時も。
普通だ。と、彼は思った。
古いアパートの5階、向かいの部屋の前にたどり着くとヨナは僅かに歩を強めて、上着の襟をそっと締めなおした。
この街はまことにやり直すべきだ。
部屋の前に立ちヨナは耳を澄ませて辺りを確かめた。騒音は遠く、こちらを監視する瞳はまるでなかった。彼は酷く喉が渇いているような気がしてそれが気のせいである事も知っていた。
「・・・」
「・・・」
部屋の中にはあのブルーカラーも居た。
このブルーカラーはやがて創造局に入り、新たな街を作るのだ。沢山の人々が住み、誰も餓える事の無い、そんな街になるに違いない。
がらんとした部屋にはまだクローゼットの扉にも、壁にも、そして天井にも創造を行うだけの十分なスペースが存在していた。にもかかわらずブルーカラーは部屋の隅の方で体を縮めていた。ヨナは慎重に部屋の真ん中まで進んで椅子に上着を掛けた。
「空腹ではないか?」
「・・・・平気」
部屋の隅のブルーカラーは全身を一度だけ痙攣させてそう答えた。
部屋の中は静寂に包まれていて外の騒音は聞こえない、まるで、この部屋だけが別の世界に存在しているかのように無音だった。しかし、その考えは全く持って間違いであり、今、この瞬間でも監視局が目を光らせている。彼等は、このブルーカラーをやがて迎えに来るだろう。
ヨナは描き途中の床の絵を漠然と眺めた。
一見不規則に書き詰められたこの絵にはきちんと順序が定められている。それぞれの絵が持つ
「君は明日、何が食べたい?」
「・・・ぇ・・・・なにも・・・」
「君が昨日言っていた物だが」
「・・・うん」
「手に入らなかった」
ヨナの言葉を聞いてブルーカラーが僅かに頭を持ち上げ振り向く、耳が見えて、鼻先が見える寸前のところでそれは止まった。
「そう。とても残念」
この部屋が蒸し暑いせいだ。ヨナは握った手や衣服の下に不愉快な発汗を感じてすぐにシャワーを浴びてしまいたくなった。
「君は明日、なにが食べたい」
「え・・・・なにも・・・」
「なにかあるだろう」
「なにもないわ」
どうしたというのか?
「どうしたんだ?」
「なんでもないわ」
「嘘だ」
「嘘じゃないわ」
「嘘だ」
「嘘じゃないわよ。なんでもないもの」
「君は俺を避けている!!!!!」
ブルーカラーは再び体を一度痙攣させ、今度はしっかりと振り返りヨナの姿を捕えた。その表情は驚愕に満ちていた。ヨナはこれ以上誰とも会話などしたくなくなり、相手を黙らせるためだけにもう一度何かを発声しようと試みたが気道が狭まり体の自由は失われていた。彼はいっそう不愉快な気分になり、シャワー室に飛び込むとシャワーの出力を最大に上げた。
水はすぐに規定量に達し、シャワー室の中に水滴が何滴か垂れる音が響いたと思えば、いつものように起動したボディドライヤーがあっという間に彼の体を乾かした。
いつもと、変わらない。
ヨナが部屋に戻ると、ブルーカラーは先ほどと全く同じ形で部屋に収まっていた。ヨナは慎重に部屋を進み寝具へと向かった。そして、あと数歩で今日という日が終わるという所で娘が声を上げる。
「ねえ」
「なんだ」
彼女は目を下に伏せたままゆっくりと、ヨナの方を振り向いた。下げた目線の先には、円柱状に固めた軟膏のようなものが四角い板の上に乗せられていた。そして、その上では、透明な何かがゆらゆらと揺れていた。
・・・じりじり・・・じり・・・。
「なんだ・・・・それは?」
「蝋燭と・・・火・・・」
「蝋燭と・・・・火?」
「・・・うん」
ブルーカラーの顔は打たれた後のように赤く変色しているようで、それはこの部屋が蒸し暑く、目の前の小さな火がオレンジ色に発光しているせいだとヨナは思った。彼はすぐに自分の非を認めて、その事を彼女に伝えようとした。その時。
「君は・・・」
「はっぴばーすでーとぅーゆー・・・はっぴばーすでーとぅーゆー・・・・」
ブルーカラーの突然の奇行は、ヨナの思考からすべてを奪い去った。発声をとぎらせる事無く、決して常用しない方法で発音する行為。これがきっと、『歌』なのだ。彼の眼はブルーカラーに釘付けになった。
「はっぴばーすでー・・・・でぃあ・・・・・」
ブルーカラーが呼吸を一つしたのでヨナも一度呼吸した。
「でぃあ・・・・」
「・・・」
「でぃあ・・・・・あなた名前は?」
「俺に名前は無い。誕生日も知らない」
ヨナの中にはそれが今日ではないという確信だけがあった。
「そう・・・」
彼女は下げていた視線をさらに下げた。その間も、小さな火は髪と衣服の繊維で編まれた蝋燭を燃焼させていた。
「なら、あなたの名前はヨナ。そして、今日があなたの誕生日よ」
「ヨナ?それが俺の名前」
「そうよ、お誕生日おめでとう。ヨナ」
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