黒曜の鴉~スラム上がりの青年、漆黒の【神籬機】と共に貴族だらけの名門校で成り上がる~

烏丸英

俺の英雄、全裸の狂人なんだけど?

「え~、あ~、う~ん……?」


 青年クロウは人生最大の戸惑いに襲われていた。

 何もない、真っ暗な空間……ここは彼自身の心の中にある精神世界とでもいうべき場所であり、クロウは今、自身が召喚した異世界の英雄の魂と邂逅を果たしている。


 の、だが……彼の表情には歓喜や興奮といった感情は浮かんでおらず、ただただ困惑の色だけが浮かんでいた。

 まあ、それもそのはずだろう。なにせ、今、彼の目の前にいるのは……なのだから。


「オッホッホーッ! オオオオッ!!」

 

 面白いくらいに、逆に笑えないくらいに、その男は素っ裸だった。

 鍛え上げられた肉体も、英雄の名に相応しい大きなも、全て丸出しにして踊り狂っているその男の口からは、奇声が常に飛び出し続けている。

 ただ一点、顔を隠すためのプレートヘルムだけを被っている彼の姿は、英雄というよりも変態と呼ぶ方がしっくりくるなとクロウは思う。


「あの~、すんません。あなた、俺の【神籬機】に力を貸してくれる英雄さんで合ってます?」


「ルルルルル~ッ! ル~ルルル~ッ!」


「なんで素っ裸なんですかね? いや、全裸ならまだしも、どうして兜だけ被ってるんです?」


「ラララライッ! ライライライッ!」


「あ、はい。格好に関してはもういいです。あの、失礼ですけど、普通に話せたりしませんか?」


「ン~~~ッ……ハァ」


「……その、できたら自己紹介とかしていただきたいんですけど……?」


「ドア~~ッハッハ! ドハハハハハ!!」


 だめだこりゃ、それがクロウの正直な感想だった。

 素っ裸の状態で謎の踊りを踊ったかと思えば、いきなり肩を落としてため息を吐いたり、かと思えば腹を抱えて大爆笑し始めるこの男の一挙手一投足に注目しても、ただ疲れるだけだ。


 まともに意思疎通もできない、会話どころか言葉を話すこともできない。

 この部分から考えると、文明が発達する以前に誕生した原始人とでも呼ぶべき存在としか思えない男であるが……クロウはある一点が気になっていた。


(あの兜、多分だけど騎士が被るものだよな? ってことは、この全裸男はその周辺の時代に生きてた人間かつ、騎士である可能性が高くなるわけなんだが……)


 何も身に着けていない、ただの素っ裸な男がこんな意味不明な言動を見せているのならば、原始人ということで納得できる。

 だが、男が唯一装着しているあのプレートヘルムが、クロウに彼のことを野蛮な原始人だと結論付けさせることを躊躇わせていた。


「あの、英雄さん? 俺、あんたのことをなんて呼べばいい? せめてそれだけ決めさせてほしいんすけど……」


「モォ、ッターーーッ!!」


「もぉたぁ? それが、あんたの名前なのか?」


「ノォォォォォォォォッ!!」


「違うのかよ……って、今、ノーって言ったよな? え、じゃあもしかして、俺の言ってること、わかってる?」


 男の意味不明な発言にうんざりとしかけたクロウであったが、彼が明らかに否定の言葉を口にしたことに気が付くと顔を上げた。

 今も彼はクロウからの問いに対して両手の親指を立てたサムズアップで答えているし、考えてみれば先の会話の際にも自分の発言に対して彼は何らかのリアクションを取ろうとしてくれていたような気がしなくもない。


 意志の疎通はギリギリだができている。この人物は会話ができないだけで、それ以外は普通の人間だ。

 ……訂正、服装はまともではない。少なくとも、全裸にプレートヘルムという格好が許される国があっただなんて思いたくない。


 とにかく、だ。少なくともこの全裸男には質問に答えることができる知能はある。

 ならば、少しずつでもいいから意思疎通を繰り返し、彼に関する情報を引き出していこうとクロウは思ったのだが――


「あ、あら? ちょ、待て……! もう時間切れかよ!?」


「オオ~……」


 不意に訪れた眩暈によって体の力が抜けていき、それと同時に意識が遠のいていく。

 精神世界から自分の意識が引き戻される際に発生する意識の明滅に抗えないクロウは、最後の力を振り絞って目の前に立つ男へと全力で叫んだ。


「あ、あんた……いったいどこのどいつなんだよぉぉぉぉぉぉっ!?」


「バハハ~~イ!」


 ぐるぐると渦巻く世界の中、叫ぶ自分に向けて両手を振って別れを告げる全裸英雄の姿が見える。

 どこまでも能天気で、自分の苦悩なんて微塵も知らなそうなその姿に若干の怒りを覚えながら、クロウは完全に意識を失った。


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