第8話 妹


 7月のある月曜日の早朝。


 空は絵の具の水色のような色を解き放ち、鳥は日課のようにチュンチュンっと鳴いていた。


「すぅすぅ」


 潤一は自室のベッドで横たわりながら熟睡していた。


 部屋にはエアコンから吐き出される冷気があちこちに流れていた。


 そんな閑散とした空間にカチャっとドアが優しく開けられる音が生まれた。


 1人の人間が忍者のように、こそこそと物音を立てずに潤一の自室に侵入するなり、リモコンを使ってエアコンの電源をオフにした。


 エアコンは獣のように鳴き声を上げながら風の吐き出し口を仕舞った。


「おにぃ起きて。朝だよ」


 その人間は潤一の身体を左右に揺すった。


 しかし、潤一はうめき声を漏らしながら、身体をわずかに動かすだけだった。


 異世界で過酷な経験をしても、朝に強くなることは決して叶わなかった。


「もぉ。またこれやらないといけないのぉ」


 部屋に侵入した人間はため息を吐きながら、いかにも嫌そうな表情を形成した。


「本当に仕方がないな〜。おにぃは」


 その人間はベッドに上がって。


「えい!」


 潤一目掛けてプールに飛び込むようにダイブした。


「ぐぉ!」


 全体重が衝撃として潤一を襲い、痛みが起因して瞬時に目が覚醒した。


 潤一は自身の身体にのしかかった人間を視認するなり、目を細め、鋭い目つきで睨んだ。


「おい。いい加減にその起こし方やめてくれよ彩香(あやか)!」


 潤一は重さに耐えながらも、横たわった体勢から仰向けに体勢を変更した。


「だって!おにぃ、こうしないと起きないんだもん!!」


 彩香は不満げに口を尖らせた。


 彼女の名前は中森彩香。


 潤一の1つ年下の実妹であり、現在、彼女は上下水色の制服を身に付けていた。


 彩香の特徴としては、整った幼い顔立ちをしており。


 さらには、剣道女子のような紺色のショートカットに紺色の瞳、小さい鼻と唇があった。


 ちなみに、発育はまだまだ発展途上である。


 その象徴として彩香の胸元に膨らみが少しも存在していなかった。


「あぁ。わかったわかった。俺が悪かった。だから、とにかく退いてくれ」


 彩香は指示に従い、ベッドから床に場所を移した。


 その間に潤一はむくっと上体を起こした。


「おにぃ。ご飯はもうできてるから、早く下に行こうよぅ」


 彩香は甘い声を発し、部屋に1箇所だけ設置されたドアを指さした。


 そのドアは一般的な一軒家に取り付けられたドアと全く同様のものだった。


「あぁ。わかった・・・。行こっか」


 潤一は微笑を浮かべるなり、ベッドから起き上がり、1階を目的地に絞り、足を運んだ。




「おにぃ!私は準備できたよ。まだぁ?」


 彩香は廊下で靴を履き終えると、潤一を催促した。


「もうちょっと待ってくれ!後、ブレザーを着たら終わるから」


 彩香特製の朝ご飯を召し上がり、歯磨きを終えた潤一は、新社会人のようにバタバタとしながら制服の袖に腕を通した。


「よし。できた!お待たせ!」


 潤一は急かされながら、リビングから靴箱に移動した。


「遅いよー。おにぃが靴を履いたら、行きますか!」


 数秒後、潤一と彩香は仲良く自宅を出た。


「おにぃは本当に朝が弱いね」


 彩香は横に並んで歩く潤一に視線を向けながら言葉を紡いだ。


「そうなんだよ。なんでか知らないけど、起きれないんだよ」


 潤一は首を傾げながら頷いた。


 彼は異世界で生活していた当時も朝起きられずに苦労していた。


 これは潤一の生まれ持った能力に問題があるのかもしれない。


「私はそんなおにぃが心配だよ。中学が違うからおにぃがどんな学校生活を送っているかも一切わからない。この事実が私を並はずれて不安にさせるよ」


 そうなのだ。


 彩香は潤一とは異なり、公立ではなく、私立の中学に通っている。


 両親が彩香を溺愛しており、彼女の教育のためを思って私立の中学に入学させたのだ。


 そのため、彩香は中学受験を経験しており、学力も一般的な中学生を遥かに凌駕している。

 

「彩香は本当に心配性だな。俺の保護者か!」


 潤一はいつものようにお笑い芸人のようにツッコミを入れた。


 その後、潤一と彩香は他愛もない話を堪能しながら、それぞれ目的地の学校に歩を進めていた。


 そんな幸せそうな光景をある女子生徒が見てしまった。


「なんで?どうしてあんなに仲良さそうにしているの?」


 その女子生徒は目を見開き、全身が強く固まった状態で唇だけを小さく動かしていた。


 彼女は白のセーラー服に緑のスカートで、両手には茶色のコンパクトな学生カバンがあった。


 その女子生徒は無言のまま、呆然と潤一と

彩香が並んで歩く姿を後方から眺めていた。


 しかし、彼女の心情とは裏腹に潤一と彩香は見向きもせず雑談を繰り広げていた。


 その様相には虚しさが漂っていた。

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