第385話 王女ソフィア

「じゃあソフィアさんは、この国の王女様なんすか」


「はい。周辺の村々の調査を終えて、その帰りだったのです。そこをあのドラゴンに襲われてしまい」


「ふぅん。それじゃ、たまたまうちらがいて良かったっすね。一国の王女様がドラゴンに殺されちまったら一大事だったっすよ」


「まったくその通りです。あなたがたがいなければ、今頃どうなっていたことか。皆さんは私の──いえ、私たちの命の恩人です」


 スノードラゴンを倒してから、王都に向かう道すがら。

 のどかな野道を、従魔一体を連れた俺たち三人と、四騎の馬上の覚醒者たちが進んでいく。


 弓月の問いかけに答えているのは、四人のリーダー格らしき魔導士姿の女性だ。

 ソフィアと名乗った彼女は、驚いたことに、このノーザリア連合国の王女なのだそうだ。


 残りの三人は彼女を護衛する騎士たちだというが、ソフィアさん自身も覚醒者としての力を持っている。

 しかもバリバリの実戦派で、すでに25レベルに到達している模様。


 国王の代理として騎士団の現場指揮を行なうことも多い彼女は、“紅蓮の姫将軍”の二つ名で呼ばれているらしい。

 その二つ名を騎士の一人が示したとき、当人はひどく恥ずかしそうにしていたが。


「ねぇ大地くん。ひょっとして私たち、また結構な人を助けちゃったってこと?」


「みたいだな。王族だのなんだの、偉い人と妙に縁があるよな」


 風音が耳打ちしてきたので、相槌を打つ。

 なんかもう、そろそろ何が起こっても驚かなくなってきた感があるな。


 一方でソフィアさんは、そこで一度、言いにくそうに言葉を濁した。


「ですが、その……命を救ってくださった恩人に申し訳ないのですが……私たちの手持ちの財貨が、Sランク冒険者にお支払いするべき適正対価に、十分な額ではないのです。最大でもAランク相当を想定していたもので……」


 ひどく心苦しそうな様子のソフィアさんである。

 彼女はさらに、こう続ける。


「城に帰ってからお父様に掛け合いますので、全額のお支払いは、しばしお待ちいただけませんか。無論、踏み倒すなどは絶対にいたしません。いざとなれば私財を売り払ってでも必ずお支払いしますので、どうかしばしのご容赦を」


 手綱を握っていない左手で、胃のあたりを押さえていた。

 心労から来る胃の痛みかな。


 王族というとなんとなく、すごくお金持ちのイメージがあるが、現実には意外と困窮しているのかもしれない。

 もちろん国にもよるのだろうが。

 人口規模も現代日本などとは桁が違うし、国家予算もそれに比例して少ないことは予想できる。


 ソフィアさんの様子を見た風音と弓月が、俺のほうを見てきた。


「ねぇ大地くん、そんなにがめつくお金を取る必要なくない?」


「そっすよ。うちら今、そんなにお金に困ってないすから。うちらだけでドラゴンを倒したのも、こっちの都合っすよ。Aランクぶんもらえれば十分すぎるっす」


 まあ、そうだな。

 俺も別にSランクぶんの報酬が欲しくて、ソフィアさんたちに手出しをするなと言ったわけではない。

 あくまでもミッション達成のためであり、つまりは弓月の言うとおり、こちらの都合だ。


 なんなら無報酬でもいいぐらいだが、さすがにそれもいろいろとアレだし──


「ソフィアさん。俺たちへの報酬は、Aランクぶんだけもらえれば十分ですよ」


 俺は馬上のソフィアさんに、そう伝える。

 するとソフィアさんは目を丸くして、この世のすべての救いが訪れたというような顔を見せてきた。


「ほ、本当ですか!? ……い、いえ、ですが適正な報酬を支払うとお約束したのに、それでは……」


「ソフィアさんは別に、俺たちを騙す意図を持っていたわけではないですよね?」


「も、もちろんです! ……本当に、いいのですか?」


「はい。俺たちも、そういう意図で手を出さないよう要求したわけではないので」


「あ、ありがとうございます。ではお言葉に甘えさせていただきます」


 ソフィアさんは俺たちに向かって、馬上から頭を下げてきた。

 それから彼女は、一度馬の足を止めて、馬から降りた。


 彼女は騎士の一人から財布代わりの小袋を受け取り、そこから大金貨と金貨を取り出して、Aランク冒険者パーティに対する適正報酬額を俺に手渡してきた。


 金貨150枚──概ね、現代日本の150万円に相当する額である。


 偶然居合わせてドラゴンを倒しただけでこれだけもらえるのは、むしろボロすぎるぐらいに思うのだが、それは俺たちのレベルが並外れているからそう錯覚するだけだろう。


 ちなみに騎士の一人が、ソフィアさんにお金を渡す際に、彼女に何か苦言を呈したようだった。

 それに対してソフィアさんは、首を横に振って「命の恩人ですよ。どれだけ礼を尽くしても、下手したてに出過ぎなどということはありません」と返していた。


 なんか恩の押し売りみたいになってしまったが、こっちとしても、これ以上どうしようもないんだよな。

 ちゃんと報酬ももらったし、気にしなくていいのだが。


 それからのソフィアさんは再び馬上の人になると、一行の先頭に立って馬を歩かせながら、口元に手を当てて何やら思案顔をしていた。


 そしてしばらくすると、意を決した様子で、俺に向かってこう尋ねてきた。


「皆さんは王都に着いたあと、すぐにこの地を発たれる予定ですか?」


 今後の予定を聞かれた。

 どういう意図だろう?


「えぇっと、予定があったりなかったりしますけど。どうしてです?」


「いえ、もし皆さんの都合が悪くなければ、別途の仕事の依頼を検討していまして。父との協議の結果次第で、確実ではないのですが」


「ソフィア様。それはひょっとして『氷の女王』討伐の件でしょうか?」


 三人の騎士のうち、最も若い男がその話に食いついた。

 ソフィアさんがうなずく。


「ええ。かつて『氷の女王』は、比類なき英雄の力を借りて討たれたと聞きます。彼らに助力してもらえるのであれば、今こそまたとない機会なのではと」


「ですがソフィア様。文官どもが、そして国王陛下が、首を縦に振りましょうか」


 そこにもう一人、年配の騎士も、話に参加してきた。

 ソフィアさんは思いつめた表情になって、言葉を返す。


「分かりません。できる限りの説得をしてみるしかないでしょう。ここ数年の冷害の原因が氷の女王であるならば、我が国の存亡にもかかわる問題です」


「あのー、質問いいっすか? その『氷の女王』って何なんすか? モンスターっすか?」


 弓月が挙手をして、質問をした。


「氷の女王」という名前は、確かに聞いたことがない。

 ミッションにもそれらしいモンスター名は出ていないしな。


 しいて言うなら、氷属性のモンスターであろうと予想できる大物が一種類、ミッションに提示されてはいるが。

「フェンリルを1体討伐する」(獲得経験値30万ポイント)だ。


 でもフェンリルって、狼みたいな感じじゃないんだろうか。

 さては擬人化? 擬人化なのか?


 弓月の問いかけに、ソフィアさんは首を横に振る。


「『氷の女王』が何者であるか、確たることは私も分かりません。我が国の書物や伝承に、そういった存在が残されているのです。なんでも薄氷のドレスを身にまとった、女性の姿をしたモンスターとのことですが──と、王都が見えてきましたね」


 緩やかな上り坂の道を進んでいたのだが、ちょっとした丘の上まで来たようだ。


 俺たちが立っている丘の先は、緩やかな下りの道になっている。

 森を貫くその道の先、一キロメートルほどのところに、城を備えた都市の姿があった。


 あれがこの国の王都クラッドヴァルゼだろう。


 俺たちはソフィアさんたちとともに、王都へと向かう道を下っていった。

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