第322話 追跡
エチゴヤと代官のあとを追って、廊下を小走りで、足音を立てずに駆けていく俺と風音。
全力疾走をすると【隠密】スキルの効果が失われてしまうのだが、この程度ならば問題はない。
追っていた二人の背中を見付けると、そこからは一定の距離を保って追跡する。
やはり気付かれた様子はない。
しばらくして、エチゴヤと代官は一つの扉の前にたどり着いた。
例の「主の許しなく立ち入ることを禁ずる」の扉だ。
エチゴヤが懐から鍵束を取り出し、それで錠前を外そうとする。
そのときだった。
「大地くん、まずい。後ろ、曲がり角の向こうから誰か来る」
風音が俺の耳元で、そう囁いた。
【気配察知】のスキルが、近付いてくる人の気配を察知したのだろう。
わずかの後、俺の耳にも背後から近付いてくる話し声が聞こえてきた。
この声は──
「さっきの、人さらいのやつらか」
「だと思う。どうしよう、このままだと挟み撃ちになるかも」
【隠密】スキルの効果も万能ではない。
格下とはいえ覚醒者相手、それも廊下のド真ん中で見知った顔と鉢合わせとなると、やり過ごせるかどうかはかなり怪しい。
すぐ近くに隠れられるような場所も見当たらない。
どうするか迷っている間にも、足音が近付いてくる。
「ささっ、お代官様。汚いところで恐縮ですが、どうぞこちらでお好きな娘をお選びください」
前方では錠前を外したエチゴヤが、扉を開けて代官をその先へと誘っていた。
扉の先に、地下へと続くらしき階段があったのがわずかに見えたが、エチゴヤと代官が扉の向こうに入るとすぐに扉が閉じられてしまった。
さらにカチャリと、扉の鍵が閉じられたらしき音が聞こえてくる。
錠前のほかに、向こう側からも鍵がかけられるのか。
ずいぶんと厳重なことだな。
そのとき頭の中でピコンッと通知音が鳴り、眼前にメッセージボードが表示された。
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特別ミッション『エチゴヤに潜入して情報を収集する』を達成した!
パーティ全員が30000ポイントの経験値を獲得!
現在の経験値
六槍大地……1865904/1927788(次のレベルまで:61884)
小太刀風音……1741536/1743010(次のレベルまで:1474)
弓月火垂……1844651/1927788(次のレベルまで:83137)
───────────────────────
加えてさらにもう一度、ピコンッ。
二枚目のメッセージボードが表示される。
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特別ミッション『エチゴヤと代官を打倒し、さらわれた娘たちを救出する』が発生!
ミッション達成時の獲得経験値……50000ポイント
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特別ミッション達成から、連鎖的に新たな特別ミッションが発生するのは初めてのパターンな気がするが。
現在意識するべきはそこじゃないな。
いま重要なのは、エチゴヤと代官が扉の向こうに消えたことで、前方ががら空きになったことだ。
俺と風音は、ひとまず扉の前まで素早く駆け寄った。
扉を開いてこの先に進むのは、難しいだろう。
向こう側から鍵がかけられた現状、手荒な手段を用いないとそれは不可能だ。
「大地くん、あそこ」
左右を見回した風音が、廊下にあった別の扉を指し示す。
迷っている暇はない。
俺は風音を信じて扉のほうへと向かい、扉を開いて、そこにあった小部屋へと風音とともに飛び込んだ。
扉を閉じた後、人さらいの男たちの足音と話し声が近付いてくる。
足音は、エチゴヤと代官が入っていった扉の前で止まったようだった。
「おっ、錠前が外れてやがる。飯を持っていく時間じゃねぇはずだが」
「旦那が話してたろ。今日はお代官様が来るってよ。大方、旦那と一緒に地下牢に下りて、好みの娘を物色してるんだろうよ」
「なるほどな。あの代官も、大した好色ぶりだぜ」
そんな会話が聞こえてきてから、やがて話し声と足音は遠ざかっていった。
十分に遠くに行ったと思ってから、扉を開き、廊下を目視確認する。
人の姿はなかった。
安堵の息をつく俺と風音。
「よし、情報収集はこれで十分だろう。風音、外に行ってクシノスケと弓月を呼んできてくれ」
「いいけど、大地くんは?」
「俺は残ってやつらの動きを見張る」
「んー……ひとり残るなら、【気配察知】を持ってる私のほうがよくない?」
「いや。風音を一人、敵地に置いていきたくはない」
「それはお互い様なんだけどなぁ。まあいいや、分かった。絶対に無理はしないでね」
「分かってる。こういうときの俺の答え、分かってるだろ」
「私や火垂ちゃんとイチャイチャできなくなるのは嫌だ──かな?」
「そういうことだ」
「ん、分かった。じゃあ、行ってくるね」
風音の顔が不意に近付いてくる。
何だ、と思ったときには、キスをされていた。
わずかに唇を重ねただけで、風音はすぐに離れる。
「えへへーっ。【隠密】スキルを持ってないクシノスケちゃんたちと突入するんだから、騒ぎは起こしてもいいんだよね?」
「お、おう」
「分かった。じゃ、またあとでね」
頬をほのかに赤らめた風音は、いたずらっぽく笑ってから、俺に手を振りつつ駆けていった。
残された俺は、指で唇に軽く触れる。
呆然としていた。
「風音のやつ……」
時と場合ってものを少しは考えてほしいな、あの小悪魔め。
俺が冷静な判断力を失ったらどうするんだ。
そんなことを思いながら、俺はドキドキと高鳴る胸をどうにか抑えつつ、その場で監視を続けるのだった。
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