第103話 オーガ

 山中の道なき道。

 俺たちの前に現れたのは、人型の大型モンスターだった。


 身の丈は、俺たち人間の五割増しはゆうにあるだろう。

 近くにいたら見上げるほどの大きさに違いない。


 筋骨隆々たる肉体を持ち、肌の色は赤銅色。

 ほとんど真っ裸の姿で、身にまとっているものといえば、わずかに腰布を巻いている程度だ。


 顔は「鬼のようだ」とでも言えばいいだろうか。

 目はらんらんと赤く輝き、口元からは牙のように尖った二本の歯が上向きに伸びている。


 手には巨大な棍棒を持っている。

 あれを振り回して攻撃してくるのだろう。


 人型で巨体で筋骨隆々という姿は、どこかゴブリンロードやミュータントエイプを彷彿とさせる。


 だが、そいつらと初見で遭遇したときのような威圧感は、まったく感じなかった。


「で、出た! オーガだ!」


 俺たちの後方で、バルドルさんが叫ぶ。


 こちらの存在に気付いたその怪物──オーガは、天を仰いで大きく雄叫びを上げた。

 空気を震わせるバカでかい声が、あたりに響き渡る。


 だがそれは、無駄な動作というもの。

 俺たちの魔法が、オーガの雄叫びとほぼ同時に、一斉に発動する。


「いけっ! 【ロックバレット】!」

「切り裂け! 【ウィンドスラッシュ】!」

「煉獄の槍よ、わが敵を焼き尽くせっす! 【フレイムランス】!」


 俺が放った岩石弾が、風音さんが飛ばした風の刃が、弓月が撃った炎の槍が、オーガの巨体に次々と炸裂した。


 一瞬の後、バッと黒い靄となって、オーガの巨体が消滅する。

 あとには魔石が落っこちた。


 ──よし、瞬殺。

 問題なく勝利したな。


「「「イェーイ!」」」


 ぱんぱんぱんと、三人で手を打ち合わせる。


 オーガの強さは、モンスター図鑑のデータを見た限りでは、森林層第八層で遭遇したサーベルタイガーと同格ぐらいだ。


 それがたった一体で出てきたのだから、データ通りであれば当然こうなるという結果だった。


 緊張はしたが、実際に戦ってみればこんなもんだな。

 案ずるより産むが易しだ。


「な、なんと……! 強敵オーガを、あっという間に倒しおった! 熟練のドワーフ戦士でも、これほど容易く倒せるものかどうか」


 バルドルさんは、驚きで目を丸くしていた。


 でもオーガ一体かぁ。

 この強さだったら、三体出てきても余裕で勝てたな。


 ミッション達成条件は「オーガを3体討伐する」だから、これではミッション達成には届かない。


 ただそれでも「オーガを3体討伐する(0/3)」だったものが「オーガを3体討伐する(1/3)」に変わっていた。

 ちゃんと累積討伐数としてカウントされてくれるようだ。


 その後、俺たちはバルドルさんのドワーフ集落に向けて歩を進めたが、オーガのおかわりに遭遇することはなかった。

 ちょっと残念。


 我ながら思考がモンスター殺戮者っぽくなっているなと思うが、今さらそこを気にしてもなと思ったりしつつ。


 夕方ごろには、俺たちは目的地であるドワーフの集落に到着した。


 山岳地帯の一角に作られた集落だ。

 山の斜面を段々に均して築かれた、立体的な集落構造をしている。


 住居の数は五十ほどだろうか。

 集落のあちこちに、坑道の入り口のような洞穴がいくつか見受けられた。


 集落の入り口は、一本の登りの山道だ。

 道の途中に門が設えられており、その前に守衛らしき女性のドワーフが立っていた。


 女性のドワーフは、男性ドワーフと違って髭がなかった。

 背が低くどっしりとした体型であることは変わりないのだが、見方によってはぽっちゃり系の人間の女の子のようにも見える。


 守衛らしき女性ドワーフは、長柄の斧と鎖帷子を身に着けている。

 おそらくは俺たちが身に着けているのと同種の装備──魔石製の武具だろう。


 その女性ドワーフは、集落に入ろうとするバルドルさんに声をかける。


「やあバルドル、お帰り。そっちの三人は、ヒト族の集落で雇った護衛かい?」


「ああ、ベルガ。三人とも善良なヒト族で、腕の立つ戦士でもある。一人ひとり、おぬしともいい勝負をするやもしれんぞ?」


「へぇ、それが本当なら大したもんだ。ま、問題を起こしてくれなけりゃ何でもいいけどね。──ようこそ、ヒト族の戦士たち。歓迎するよ」


「「「ど、どうも(っす)」」」


 俺たちは軽く頭を下げて、バルドルさんのあとについて集落へと入っていく。

 俺だけじゃなく、風音さんと弓月も緊張しているようだった。


 守衛だけでなく、集落内にいる人物は、見渡す限りすべてドワーフだった。

 通りがかりのドワーフたちは、集落に入ろうとする俺たちの姿を、物珍しそうに見ては通り過ぎていく。


 集落の門をくぐると、先頭を歩いていたバルドルさんが振り返った。


「さ、着いたぞ。お前さんたちを雇ってよかったわい。これが約束の報酬だ。受け取ってくれ」


 バルドルさんは小さな巾着袋に入った金貨を渡してくる。

 数えてみると金貨が24枚、確かに入っていた。


 報酬の受け取りは、冒険者ギルドで受け取るパターンと、依頼人から直接受け取るパターンと両方あるようだ。


 そしてここで、例のピコンッという音とともに、メッセージボックスが開いた。


───────────────────────


 ミッション『Dランククエストを1回クリアする』を達成した!

 パーティ全員が3000ポイントずつの経験値を獲得!


 ミッション『ドワーフの集落に到達する』を達成した!

 パーティ全員が3000ポイントずつの経験値を獲得!


 新規ミッション『Cランククエストを1回クリアする』(経験値5000)を獲得!


 六槍大地が26レベルにレベルアップ!

 小太刀風音が26レベルにレベルアップ!

 弓月火垂が26レベルにレベルアップ!


 現在の経験値

 六槍大地……81466/91100(次のレベルまで:9634)

 小太刀風音……81536/91100(次のレベルまで:9564)

 弓月火垂……81579/91100(次のレベルまで:9521)


───────────────────────


 よし、予定通りにミッション二つ達成だ。

 そしてようやくのレベルアップ。


 ずいぶん長かった気もするが、冷静に考えてみると実質一日ちょっとで1レベル上がっているので、実は相当なレベルアップ速度なのかもしれない。


「さて、もう遅い時間だ。人間の戦士たちよ、今日は我らが集落に滞在していくのがよかろう。わしが宿まで案内しよう」


 バルドルさんはそう言って、集落内をずんずんと進んでいく。

 良く言えば面倒見のいい、悪く言えば押しの強い依頼人だな。


 俺は風音さん、弓月と顔を見合わせて苦笑してから、二人とともにバルドルさんのあとをついていく。


 ──と、この段階での俺は、あとはこの集落の宿で一泊して、そのまま元の街に帰還するだけのつもりでいた。


 だがこの後、俺たちはこのドワーフ集落で、とある事件に巻き込まれることになるのである。

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