第101話 スイートルーム
宿のおばちゃんに案内されて、一階の一番奥にある一室にやってきた。
おばちゃんは扉を開き、俺たちを中へと通す。
二部屋で構成されたその客室は、俺たちの世界のホテルとは様相が異なるものの、確かに豪華な雰囲気のものだった。
天蓋付きのベッドが二台置かれた、広めのベッドルーム。
暖炉が設置され、テーブルやソファーも配置された、絨毯敷きのリビングルーム。
壁には精緻な装飾が施されたタペストリーもかかっている。
「ここがスイートルームだよ。ごゆっくりどうぞ」
各部屋のランプに火を入れたおばちゃんは、部屋の鍵を風音さんに渡すと、扉を閉じて立ち去っていく。
風音さんと弓月の二人は、互いに目くばせをすると、どちらもベッドルームに向かった。
「いや~、今日は疲れたね~」
「ホントっすよ。でも無事に宿が見付かって良かったっす」
ベッドルームに二台置かれている豪奢な天蓋付きベッド。
そのうち一つに黒装束姿の風音さんがダイブし、もう一つに魔導士姿の弓月が寝転がる。
えーっと、俺はどうしたらいいのかな?
まあ幸い、リビングルームにソファーがあるし、何とかなるか。
でもそれにしたって、もうちょっと遠慮してくれてもよさそうなものを。
俺が槍を立てかけ、防具を脱ぎながら、そんなことを思っていると──
「大地くんも疲れたでしょ。おいで~」
「先輩、うちのベッドも空いてるっすよ。そんなところに突っ立ってないで、こっちに来るっす」
ランプで照らされただけの薄暗い部屋で、ベッド上にぺたんと座った風音さんが手招きをして、もう一つのベッドに腰掛けた弓月がポンポンと隣を叩く。
…………。
百歩譲って風音さんはいいとしよう。
お互いそういう関係っていうか、なんていうか、そういうアレだし。
それよりも問題は弓月だ。
あいつ何なの?
お兄ちゃんをおちょくってくる生意気妹系でも目指してるの?
「あの、風音さん。反応に困るんですけど。俺はこっちのソファーで寝ればいいですか? それとも俺、今日この場でワオーンって飛びついてケダモノになってもいいんですか? 隣に弓月もいますけど」
「わぁ怖い。じょ、冗談だってば。──じゃあ火垂ちゃん、こっちおいで~」
「らじゃっす。まったくもう、先輩はすぐエッチなこと考えるんすから」
風音さんに手招きされて、弓月は風音さんのベッドに移動した。
結果、一台ベッドが空いた。
「私と火垂ちゃんはこっちのベッドで一緒に寝るから、大地くんはそっちのベッドを使って」
「あ、はい」
なるほど。
さっきのは俺をからかって遊んでただけなのな。
これなら一応、ギリギリセーフ……なのかギリギリアウトなのか分からないけど、かろうじて健全なラインと言えるかもしれない。
──結局その後、三人であれやこれやと雑談して夜を過ごし、やがて揃って就寝をした。
俺たちの異世界生活初日は、そうして幕を閉じたのだった。
***
異世界生活、二日目の朝。
帰還まで、残り99日。
早朝に起きた俺たちは、眠い目をこすって冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドに着くと、まだ朝も早い時間だというのに、たくさんの冒険者がギルド前で待ち構えていた。
いずれも仕事を求めてやってきた者たちだろう。
やがてギルドが開く時間になると、冒険者たちは我先にとギルド内に入っていって、掲示板前に殺到する。
少しでもいい
俺たちもまた、その集団の一員となった。
別に今すぐお金が必要というわけでもないが、俺たちにはこの世界の住人とは異なる、もう一つの目的がある。
現在『限界突破イベントガイド』のミッション一覧に記されている未達成のミッションは、以下の通りだ。
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▼未達成ミッション一覧
・人口1万人以上の街に到達する……獲得経験値3000
・エルフの集落に到達する……獲得経験値3000
・ドワーフの集落に到達する……獲得経験値3000
・ゾンビを10体討伐する(0/10)……獲得経験値2000
・スケルトンを10体討伐する(0/10)……獲得経験値2000
・オークを5体討伐する(0/5)……獲得経験値3000
・オーガを3体討伐する(0/3)……獲得経験値5000
・ドラゴンを1体討伐する(0/1)……獲得経験値30000
・Dランククエストを1回クリアする(0/1)……獲得経験値3000
───────────────────────
一応の生活基盤を確保した俺たちの次の目的は、経験値稼ぎだ。
限界突破イベントの最中であるこの異世界在住中に、できる限り多くの経験値を稼ぎ、レベルを上げておきたい。
そのためには、生活費確保も兼ねて冒険者ギルドでクエストを探すのが一番効率的だろうと考えた。
現在見えているミッションは九つ。
これらのいずれか、あるいは複数を同時に達成できるクエストを見つけたい。
掲示板前に立った俺は、貼り出されているたくさんのクエストの貼り紙のうち、二枚に注目した。
一枚は「オーク退治」、クエストランクD。
もう一枚は「ドワーフ集落までの護衛」、こちらもクエストランクはDだ。
「あっ……!」
だが俺が注目した次の瞬間、「オーク退治」のクエストは、別の冒険者の手で掲示板から剥がされてしまった。
ちぃっ、展開が速い……!
俺はとっさに切り替え、もう一枚のほう──「ドワーフ集落までの護衛」に手を伸ばす。
こちらは間に合って、目的のクエストの貼り紙をゲットすることができた。
「ふぅっ……」
俺は風音さん、弓月と合流。
クエストの貼り紙を二人に見せた。
───────────────────────
クエスト概要……ドワーフ集落までの護衛
クエストランク……D(推奨レベル:10レベル~)
依頼人……ドワーフの職人バルドル
クエスト内容……近くのドワーフ集落までの護衛を頼みたい。集落まで無事に送り届けてもらえればクエスト達成とする。朝に街を出立すれば、夜までには集落にたどり着くだろう。道中にはオーガが出没するかもしれんから、そのときにはしっかり頼むぞ。
報酬……金貨24枚
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うまくいけばミッションを二つか三つ、同時に達成できそうな内容だ。
往復二日ぐらいかかりそうなあたりが難点と言えば難点だが、そこまで気にするのは贅沢の言い過ぎというものか。
風音さんと弓月からの評価も上々だった。
「すごぉい! よくこんなの見付けてきたね、大地くん」
「やっぱり先輩に任せて正解っすね♪ ていうか先輩、こっちに来てから冴えすぎじゃないっすか?」
「ま、まあな~」
素直に褒められた俺は、有頂天になった。
こういうとき、どんな顔をすればいいか分からないの。
その後、窓口でクエストを受注する。
依頼人に連絡をした結果、依頼人とは朝食後の時間に合流することになった。
なお俺たちはこの間に、冒険者ギルドの販売窓口で「モンスター図鑑」なるものを購入した。
この世界に出現するモンスターに対して【モンスター鑑定】を行った結果が、余すところなく記された分厚い本だ。
お値段はなかなかで、金貨3枚もしたが、必要な経費と考えるべきだろう。
俺たちは宿に戻って朝食をとり、待ち合わせの時間まで必要な準備や街の散策を行う。
そして時間になると、依頼人と合流し、街を出立した。
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