第58話 第七層(1)
翌朝。
いつものようにダンジョン前に集合すると、小太刀さんが珍しく遅刻してきた。
遅刻といっても五分程度だが、本人は慌ててすっ飛んできたという様子で、心底申し訳なさそうにぺこぺこ頭を下げた。
「小太刀さんが遅刻なんて、珍しいですね」
「ううっ……すみません」
「にひひっ、なんすか風音さん~。もしかしてあの後、家でずーっと悶えてて夜も眠れなかったんすかぁ?」
「んにゃっ!? ……ほ、火垂ちゃ~ん? 少し黙ろうか~」
「むぐっ……!? ふぐぅうううっ、むぅうううっ……!」
小太刀さんは持ち前の素早さで弓月の背後に回り込み、その手でターゲットの口をふさいだ。
まるで暗殺者の動きだった。
そんな謎のコメディを繰り広げつつ、俺たちは今日もダンジョンへ。
今日はいよいよ第七層だ。
転移魔法陣で中継地点に降り立ち、第五層、第六層と進んで目的の階層へとたどり着く。
第七層の風景は、相変わらずの森林ダンジョンだ。
新緑の匂いに包まれながら、俺たちは第七層の地の探索を開始する。
第七層といえば、例の「ダンジョンの妖精」絡みの件が待ち受けている。
だがその前に、第七層のモンスターを攻略しないといけない。
マップ北東の端までたどり着いて戻ってくるためには、その地をフルタイムで探索できるだけの能力が必要になるだろう。
「この第七層、新出のモンスターは『ミュータントエイプ』だったっすよね」
「ああ。だがデススパイダーやジャイアントバイパーの出現数も厄介だな」
「その代わり、この階にはキラーワスプは出ないんですよね。麻痺攻撃をしてくる敵がいないのはいいですけど」
「うちのパーティ、麻痺は先輩の【ガイアヒール】で治せるっすけど、毒はポーション頼みっすからねぇ。あんまり相性は良くない階っすよね」
「そうだな。一応の対策はしたが、あとは出たとこ勝負をするしかないか」
前衛で敵の攻撃を被弾する俺と小太刀さんは、「毒除けの指輪」を装備している。
このポーション代だけでも10万円相当だが、背に腹は代えられない。
加えて攻撃面でも、この階のモンスターに対応できるよう、ある程度の準備はしてきたつもりだ。
小太刀さんのMP不足が懸念されるが、そのあたりは実際にやってみて、臨機応変に対応していきたい所存。
それで厳しそうだったら、第六層に戻ってもう少しレベル上げをすることになるだろう。
どうにか今の戦力で踏破できればいいのだが──
「最初のお客様が来たみたいですよ。蛇ちゃん、多いです」
小太刀さんが警告の声をあげる。
その声に反応して俺と弓月が身構えると同時、森林ダンジョンの道の先に、多数の大蛇が姿を現した。
そいつらはうねるように地面を這い、こちらに向かって高速で近付いてくる。
第六層で三日間探索した俺たちにとっては、すでにお馴染みのモンスター、ジャイアントバイパーの群れだ。
ただし数がアホほど多い。
不規則な軌道もあって数が分かりにくいが、ひの、ふの、みの──全部で七体か。
「いきなり最大数か。弓月、小太刀さん。先頭五体、頼みます」
「ラジャーっす!」
「了解です!」
二人の女性
俺もまた、体内の魔力を高めていった。
第七層で同時に遭遇するジャイアントバイパーの数は、五体から七体だ。
第六層では三体から五体なので、およそ五割増しに数が跳ね上がる。
モンスターの数が多いと殲滅能力が追い付かなくなって、あるラインから先、一気に被害が拡大する傾向がある。
キラーワスプよりもHPが高いジャイアントバイパーは、弓月の【バーンブレイズ】一発ではいまだに殲滅できない。
それでも第六層で遭遇する数なら、それに俺と小太刀さんの単体攻撃を加えて各個撃破すれば事足りた。
だが七体もいると、それでは追いつかない。
ならばどうするか──
そこで、小太刀さんの新技の出番だ。
「行くっすよ──一つ覚えの、【バーンブレイズ】!」
「風刃の嵐よ、すべてを切り裂け! 【ウィンドストーム】!」
小太刀さんにも、弓月の中二病が少し移ったかもしれない。
魔法発動に本来必要な文言は、魔法の名称だけなのだ……いや、俺もやるけどさ。
さておき──
こちらに向かってきた七体のジャイアントバイパーは、前後左右にかなり散らばっていて、範囲魔法ですべてを巻き込むことは不可能だった。
ゆえに、先行して近付いてきていた五体がターゲットだ。
弓月の炎の魔法と、小太刀さんの風の魔法がほぼ同時に炸裂し、炎の嵐を巻き起こした。
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