第50話 ダンジョンの妖精

「何ぃっ!? お前ら『ダンジョンの妖精』に会ったのか!?」


 昼頃にダンジョンを出て、河原でお弁当を食べてきた後のこと。


 武具店のオヤジさんに、ダンジョンで出会った謎の少女のことを話すと、そんな反応が返ってきた。


「『ダンジョンの妖精』? そう呼ばれているんですか、あの子?」


「ああ。俺も噂程度にしか聞いたことがないが、外見的特徴も合致してる。本当に実在したのか、『ダンジョンの妖精』」


 過去には凄腕の探索者シーカーだったというオヤジさんでも、この反応。

 どうやらあの子は、相当のレアキャラのようだ。


 しかし「妖精」ねぇ。

 そういう印象でもなかった気がするのだが。


 たしかに美少女ではあったし、あの謎めいた雰囲気も含めれば、あながち大外れでもないのかもしれないが。


「で、お前さんら、ダンジョンの妖精から何かされたりしたか?」


「このペンダントを渡されて、第七層マップ北東部の地面に置いてしばらく待てって。何か心当たりあります?」


「いや、ないが……その件、まだ俺以外の誰にも話してないか?」


 オヤジさんはそう言って、武具店の店内に視線を走らせる。

 今の時間、ほかに客はいないようだった。


「はい。俺たち以外だと、話したのはオヤジさんが最初です」


「そうか。その話、あまり口外しない方がいいだろうな。そのペンダントと情報は値千金の可能性がある。変に知れ渡ったら、お前らの身に危険が及ぶかもしれん」


「そこまでですか」


「ああ。噂じゃあ、ダンジョンの妖精に出会って『祝福』されたパーティは、とんでもない幸運に見舞われるって話だ。別の噂だと、逆に『呪い』を受けてパーティメンバー全員が行方不明になったとかも聞いたことはあるが」


「えっ、『呪い』っすか!? めっちゃ怖いじゃないっすか!?」


 ガタガタ震えた弓月が、俺にしがみついてくる。

 お前そういうの怖がるほうなの?


 どっちかというと小太刀さんにしがみつかれたほうが嬉しかったが、当の小太刀さんは残念ながら平然としていた。

 ちぇっ。


 しかし「祝福」に「呪い」か。


 単なる迷信やおとぎ話の類とバカにできる話でもないんだよな。

 何しろ俺たちが、その現物らしき少女に出会ってしまっているわけだし。


 もっとも、あの子は「お礼」と言っていたし、呪われたという感じではない気がする。


 仮に「呪い」だとしても、雲をつかむような話で、対策のしようもないしな。

 しいて言うなら、実際に第七層までたどり着いたときには気を付けようというぐらいか。


 それはさておき。

 ダンジョンの妖精の話は横に置いて、今日も本題に入ろう。


「オヤジさん、森林層でちょっと苦戦してるんですけど、何かいい装備とかないですかね」


 ものは試しと、武具店のオヤジさんに直で意見を聞いてみた。


 オヤジさんは、そういう話は大好物だとばかりにニヤリと笑う。


「どういう苦戦の仕方をしているかにもよるし、一概には言えねぇが。どんな感じなんだ?」


「勝てるは勝てるんですけど、リソースの消耗が激しくて。ヒーラー役の俺のMPがごりごり削られます。消耗品でカバーするのも足が出かねないですし……って、これはオヤジさん的には儲けになるから、聞く相手を間違えてるか」


「いや、構わねぇぜ。俺は商売はWin-Winでやるのがモットーだ。で、どう攻略するかだが──」


 オヤジさんは店の端からホワイトボードを引っ張ってきて、水性マーカーを手に取った。


「その話を聞いただけじゃ具体的なことはあまり言えねぇが、モンスター攻略に関する基本的な考え方は教えられる。大きく二つだ。一つ目は『攻撃は最大の防御。攻撃を受ける前にモンスターを殲滅しろ』」


「……身も蓋もないですね」


 ホワイトボードに「1.攻撃力!」と記入したオヤジさんに向かって、俺は思わずそんな言葉を漏らしてしまった。


 しかし言っていることは分かる。

 思い返してみれば、洞窟層でも攻略の要になったのは攻撃力だったように思う。


 攻撃力が足りていないから、モンスターを的確に撃破できず、結果として敵の攻撃をたくさん被弾してしまう。


 ゆえに攻撃力を上げれば被害を最小化できる、というのは一つの有効な考え方だろう。


「じゃあ、二つ目は?」


「そりゃあもちろん『防御は最大の防御。モンスターの攻撃をできるだけ無力化しろ』だ」


「ですよね」


「一応言っとくと、特殊能力への対策なんかも含めての『防御』だからな。森林層なら、毒や麻痺をどう凌ぐかは重要課題だ」


 ホワイトボードに「2.防御力!」と記入するオヤジさん。


「ちなみに三つ目は『攻撃も防御も大事。両方考えろ』」


「あ、はい」


 最初二つって言ってたじゃん、とかいうツッコミは横に置いて。


 攻撃力を上げるか、防御力を上げるか、その両方か。

 非常にシンプル、ゆえに力強いアドバイスだった。


「さて、そこでうちの武具の出番ってわけだ。例えばこの二種類の指輪だが──」


 ホワイトボードを横にのけて、流れるような商品への誘導を始めるオヤジさんである。

 くっ、なかなかやるな。


 でもせっかくなので、セールストークに乗って武具の購入を考えてみよう。


 俺たちが午前中に獲得した魔石の換金額は、合計で手取り48600円だった。

 三人で割って、一人頭16200円。


 生活費等々も考えると、視野に入れておくべきは10万円以下程度の商品ラインナップだろう。


 俺たちのパーティ編成と第五層のモンスターを考慮して、今の状況下で役に立ちそうな商品をピックアップしてみる。



パルチザン……8万円、槍、攻撃力15

クリス……6万円、短剣、攻撃力13、魔法威力+1

メイジスタッフ……2万円、杖、攻撃力4、魔法威力+1、要両手装備

ルーンスタッフ……7万円、杖、攻撃力7、魔法威力+2、要両手装備

アイアンシールド……5万円、盾、防御力8

スケイルアーマー……10万円、装備部位:胴、防御力27、敏捷力−2

ルーンローブ……8万円、装備部位:胴、防御力7、魔法威力+2

鉢金……3万円、装備部位:頭、防御力4

ヴァイキングヘルム……4万円、装備部位:頭、防御力12、敏捷力−1

メイジハット……5万円、装備部位:頭、防御力3、魔法威力+1

疾風のブーツ……10万円、装備部位:足、敏捷力+5

毒除けの指輪……5万円、装備部位:指、毒を50%の確率で無効化する

麻痺除けの指輪……5万円、装備部位:指、麻痺を50%の確率で無効化する



 弓の上位品も店に並んではいるのだが、弓月の物理攻撃力を優先して強化する選択肢はないだろうなと思って除外。


 代わりに魔法威力が上がる(と商品タグに記されている)装備品を視野に入れてみた。


 どの装備品も魅力的で、どれを優先して買うべきかと考えると、なかなか難しいものがあるな。


 でもこうして並べてみると、確かに分かったことが一つある。


 それは、決定的に「予算が足りない」ということだ。

 あれも欲しい、これも欲しいとやっていると、パーティ全体でウン十万円は必要になってくる。


 そのあたりを小太刀さん、弓月とも相談して出た結論は──


「しばらく第五層で足を止めて、稼ぐか」


「そうですね。レベル上げも兼ねて」


「ずっとカツカツで進むのも嫌っすからね~」


 先に進むことを考えるのは、第五層を余裕で攻略できるぐらいになってから。


 そう考えた俺たちは、しばらくの間、装備品を買うための金稼ぎとレベル上げを敢行することにした。

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