第11話 好奇心と猫の依頼書


 村に帰ると、俺は荷物をまとめてすぐに家を出た。15歳で大金を手にしてしまった為にその扱いには大変困ってしまった。

 このまま18歳になるまで待っても良いかと考えたが、どうせ15歳で成人なんだ。成長しきるのを待つ前にギルドへ所属してしまえと、すぐに行動を起こしたのだった。


「それでは30万ゴールドお支払いください」

「お願いします」


 ギルドに所属する子どもは意外と多いらしい。そのどれもがかなりの訳ありで、彼らの握るゴールド紙幣は大半が皺くちゃだと聞いたことがある。だから俺も提出する分はわざと握り潰して出しておく。

 服装も農家の物はやめておいた。安価だが動きやすい防具に着替えておく。前回ギルドに来た時に大方の人々が来ていた物と同じように合わせておいた。

 そのおかげか、今回はメンバーに絡まれるようなことはなかった。経験しておくことの大事さを思い知る。


「リドゥール・ディージュ。15歳。ギルドランク1として登録完了致しました。ギルドで受けられる保証と、依頼の受け方、昇格条件やその試験について説明しますね」


 受付の女性は冒険者たちに既に何百回と行ったであろう説明を行ってくれる。要点のまとめられた紙面を見ながら、俺は頷いていく。


「宿と最低限の食事はこちらでご用意できます。ゴールドを支払っていただければ質を向上させられます。また、ランクの上昇に伴いサービスもある程度は向上します」


 ちらと目を向けると、冒険者たちがお湯と蒸かした芋を手にテーブルに着くのが見えた。なるほど、最低限というのはあれか。ギルドに所属する限りあれが毎日貰えるのなら、30万ゴールドでしがみつく者がいるのもなんとなく理解できた。


「依頼はあちらのボードに貼り付けられています。適正ランクをギルドが精査したものを用意してありますので、基本的には自分のランクに見合ったものを受けていただければ良いと思います。一応適正ランク以上の依頼も受けられますが、現在のランクから4以上の物は受けられませんのでご注意ください」


 入り口から入って右側、壁一面に張られている依頼書を眺める。一番人が集まっているのが依頼書の前だ。依頼を前にチームを組んだり、攻略方法を相談しているのだろう。俺も早くやってみたい。


「昇格については依頼の達成率と、その難度を考慮してポイントが与えられます。お一人で達成された際と複数で達成された場合など、かなり複雑な計算を行いますので、こちらで具体的な開示は行うことが出来ませんが、ランク1の方ですと適正ランクの依頼を三十回ほど達成されますと昇格試験を受けることが出来ます」


 三十か……多いのか少ないのかわからないな。一か月毎日一つ行えば昇格と考えると、まあ簡単か。


「昇格試験は上位ランク適性の依頼書の達成や、各支部のギルドマスターによる試験など様々な方法で行われます。また、著しい功績を挙げた方には試験なしで昇格が行われることも御座います」

「著しい功績?」

「例を挙げますと、ランク1保持者が火山の噴火を起こそうとしたヒドラを討伐したことがあります。その功績を讃え、ランク7へと昇格しました」


 ヒドラというと火山の中に住む毒の怪物だったはず。ドラゴンに次ぐ伝説級のモンスターじゃないのか。それを単独討伐でランク7……どれほど凄いのかもはやわからないな。


「ランクは現在のところ最高ランクのスピラ様が9でございます。ランク9はお一人のみですので、現在のところそれ以上のランクを設けてはいません」

「ちなみにランク8は何人くらい?」

「十三人です」


 十三人のランク8とたった一人のランク9か。それがどれほどのことなのか、今の俺にはまだわからない。

 その後も細かい説明を受け、俺は最後にネックレスを渡された。


「こちらがギルドメンバーの証になります。昇格するごとに証の線が追加されますので、それを見てランクの確認をさせていただきます。紛失してもこちらでランクを管理していますので大丈夫なのですが、お手続きに時間が掛かりますので大事にされることをお勧めいたします」

「おお……ありがとうございます!」


 俺は渡されたネックレスを眺める。細かいチェーンの先にシンプルな銀のプレートがぶら下がっている。そこに今は一本だけ線が刻まれており、俺のランクを示していた。

 胸が高鳴る。憧れていたギルドメンバーになったんだ。これから依頼をガンガンクリアして、大きな事を成し遂げる男に……夢が叶うんだ。


「俺は、俺の人生をやり直すんだ……!」


 ネックレスを首にかけて、俺は呟いた。


「……と、早速なんか依頼を受けてみようかな」


 人の集まるボードの方へ行く。一応適正ランクごとに何となく順番に貼られているらしく、一番入り口側にランク1の依頼書があった。

 一番人が多いのは2と3の辺りで、1の辺りは比較的人が少ない。その代わり隣で見ている彼らが俺を見て鼻で笑っていた。


「予想はしてたけどランク差別が凄いな……」


 わざと肩をぶつけてくる奴、靴を踏もうとしてくる奴、テキトーな悪口を吐いていく奴など、今の一瞬でかなり絡まれてしまった。

 まあこの程度のことは慣れている。村中の人に足手まとい扱いされ、無能と呼ばれ、理不尽に叩きのめされていたことを思えば、ランクさえ上げればどうにかなる現状はマシだと言える。


「害獣を追い払う、失くし物の捜索、田畑の手伝い、運搬の人員要請……それぞれ300ゴールド程度。なるほど、拗ねてやめていく人が多そうな依頼ばかりだ」


 もっとモンスターの討伐とか、いかにもギルドっぽいことはないのか……。と思っていると、制服を着たギルドの従業員らしき人が新しい依頼書を貼り付けた。


『ゴブリンの討伐! 報奨金5万ゴールド! 適正ランク1』


「おお、これいいじゃないか――」


 と俺が手を伸ばした瞬間。


「おい、テメエにはまだ早ぇよ」

「うぉ!」


 割り込んできた男に弾き飛ばされる。15歳の俺の体では大人に太刀打ちできず、そのまま依頼書は持っていかれてしまった。

 今の奴、ランク2だったな……。なるほど、下のランクでも報酬のいい依頼は持って行ってしまうわけだ。


「仕方ない、俺は地道に報酬の安い奴をコツコツ――ん?」


 依頼の一つが目に付く。ペットの猫の捜索という一見ただの依頼だが、報奨金がやたらと高い。


「30万ゴールドって……ギルドの登録料と同じじゃないか。こんな大金を猫に……?」


 どこかの金持ちが大金をかけてでもすぐに連れ戻したい、とかそういう理由なのだろうか。

 いや、しかしこの依頼書、何度も手に取られて貼り直された跡がある。


「しかも適正ランク3じゃないか。誰がわざわざこんな端っこに? 条件もやたらとたくさん書いてあるな……」


『ペットの猫を捕獲してください。報奨金30万。条件:依頼を受ける際、行動監視用の腕輪を装着すること。捕獲は必ず無傷で捕らえること。必ず三人以上で向かうこと。捕獲に失敗した際は記憶処置を行い、直ちに依頼主指定の魔術師より魔法で記憶の消去を行うこと。捕獲に成功した際は指定地域の柵内に檻を用意してあるので、そこへ収容してください』


 なんだこれ、滅茶苦茶物騒じゃないか。これ、本当に猫の捕獲依頼か? この怪しさから誰にも選ばれなくてランク1の方へ紛れ込んだのか。

 俺は考える。

 怪しすぎる。でも、これぞギルドって感じもする。いや、まだ動機が弱い。謎のリスクに対してリターンが30万ゴールドってのはどうかと思う。特に俺に対して、金の高さはあまり意味を為さなくなってしまっているのがキツイ。でも興味がある。好奇心は猫をも殺すというが、この場合殺されるのは俺か猫か。無傷で捕らえろと言われても、そもそも危険度がわからないのに難易度だけが上げられているのも怪しさが加速するポイントだ。まあ俺はいくら重傷を負ってもこの時間からやり直しさえすれば傷もなければ、なんのリスクもなかったことになるわけで……いやいやこの考えはあまり良くないぞ。傷を負うのは極力避けるべきだし、即死なんてしたらやり直しが出来なくなるかもしれない。……でも即死はともかく生まれる前の霊体でやり直しが出来てるんだったら、死んだ後もこの力は使えるんじゃないか? 実際祝福を受けた時は死んだわけだし。いや、だが、それを確かめることは……いや、いやいや……。


「…………受けてみるか」


 思考がぐるぐる回りだした頃、俺はもう興味が止まらなくなっていることに気付いた。


「適正ランク3ですが、よろしいですか?」

「お願いします」

「では依頼主からの指定通り、こちらの腕輪をお付けいたしますね。指定人数を集めた後、またここに来てください」


 依頼書のピンを抜いて受付へ出すと、手首に金色のブレスレットを付けられた。俺は魔法に詳しくないからわからないが、紫の宝石が怪しく光るそれは、本当に魔法で俺の行動を監視していそうな雰囲気があった。


「よし、仲間集めだな」


 俺は振り返り、ギルドメンバーを眺めた。



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