第10話 やり直しの祝福、賭場にて


 金が必要だ。今から農家として貯めていては間に合わない。きっと30万貯める頃にはまた30歳近くになっているだろう。それではダメだ。

 俺は更に遡る。18歳よりも若い15歳。その時代にも街へ来ていたから、その当時へ戻ってきた。そして今、この力を持つ者として最大効率で金を稼ぐ方法は何か。


「賭け事だな」


 路地裏の奥、町の構造上裏手の方に建てられたその白い建物は、昼なのに夜のように薄暗い。窓から見える中の様子は、路地とは対照的に騒がしく、ギラギラと輝いていた。

 俺は暗い青のローブを買ってきて、フードを深めに被る。15歳のガキだとバレたところで、訳ありの奴らが多いこの場所ではあまり気にされない。それよりも今からの行動を考え、顔がバレないことの方が重要だった。

 中に入ると様々な設備があり、ルーレットやカードなどその数はかなり豊富だった。


「……」


 俺は考える。ディーラーがいる場所は基本的に避けた方がいいかもしれない。例え俺がやり直しをしたとしても、後出しでイカサマをされてしまえば、どうすることもできない。

 出来る限り運が絡む物が良い。怒号と歓声の行き交うテーブルを通り過ぎ、奥のテーブルに座る。

 レースだ。壁に魔道具で映像が映し出されている。馬型の魔物に乗った騎手が定められたコースを走っているが、如何せん魔物。火を吹いたり氷を噴出したり異常なまでの妨害がなされている。これはこれで大変見応えがあって面白い。

 一度そのレースを観戦し、着順を覚える。そして俺は画面を開いて画像をタッチした。

 光が溢れる。


「馬券を売ってくれ。着順予想はこれで」

「……フン」


 受付へ行くと無骨なオヤジが鼻で笑う。最も倍率の良いように買う方法は1着から3着までを指定することだ。当然確率は絶望的に低いが、その分当たった時の倍率も高い。今回は凡そ400倍と言ったところだ。

 そんな賭け方外れるに決まっている。俺だってそれに大金を賭けている奴を見れば鼻で笑ってしまうだろう。15歳当時の俺が地道に貯めた5万ゴールド。

 15歳を選んだ理由の一つがこれだ。18歳になる頃には、元手になるこの5万ゴールドを使ってしまっているのだ。

 馬券を受け取ると俺は結果も見ず、別の建物の換金所で待つ。


「引き換えてくれ」


 数分後、俺は馬券を差し出した。カーテンの掛かったカウンターの向こうで、一瞬息を呑む声が聞こえた。

 しばらく待ち、用意されたのは厚さ30センチ弱に積まれた札束。俺はひったくるようにしてそれを受け取り袋に入れると、そそくさと立ち去る。


「おい待て」


 誰かに肩を掴まれる。フードが脱げないように抑えながら見上げると、先程のオヤジだ。着順が確定したのを見て走ってきたのだろう。軽く息を切らしている。

 何の用かなんて訊ねるまでもない。訳を聞きに来たか、俺の金を奪いに来たか、はたまたそれ以外のろくでもない何かに決まっている。


「ッ!」

「この!!」


 俺は男の手を振り払うと、すぐさま走り出した。薄明るい路地を駆け抜けていくが、15歳の俺の足は思ったより速くない。

 一瞬虚を突かれた親父だったが、徐々に俺に追いついてくる。そもそもこちらは土地勘がない。対して向こうはこのようなことを度々行っているのか、順調に距離を詰めてくる。足元に注意しながら逃げてるのに、あいつは全く躊躇なく走って来る。


「おら!」

「……ケッ!」


 途中道に積んである荷物などを投げてみるが、男は意にも介さずスムーズに避ける。数瞬の時間稼ぎにもならない。

 俺は最後の角を曲がる。その先は大通りになっていてもう少し逃げることが出来るはず――


「行き止まり……!? 道を間違えたか!」

「よくいるんだよなぁ。突然運よく大金稼ぐ奴が。そう言う奴がすぐ逃げることも分かっているし、逃げるルートも知っている。当然――」


 俺は袋を後ろ手に隠して後退る。

 男がこちらに手を伸ばす。


「――間違えた道に誘導する方法も、俺は知ってんだぜ?」

「……!」

「おや、思ったよりガキじゃねーか。坊やが持っていい大金ではねえわな?」


 フードが剥がれて俺の顔が露になる。こうなってしまってはもう終わりだ。いくら路地とはいえ青空の下、顔を隠すことなんてできない。

 顔がバレては今後何か厄介なことになるかもしれない。


「本当は数枚ゴールドを頂ければ良かったんだが、手こずらせられた手間賃だ。中身を全部頂くぜ」

「……数枚って、何枚なら良かったんだよ」


 男が俺の背後に手を伸ばす。顔面が目の前にある。頭突き程度なら食らわせられるかもしれない。


「10枚……いや50枚ぐらいかな。坊やの当たった額からすれば微々たるもので良かったのによ。俺ってば謙虚だからよぉ~! ま、今はもう全部もらわなきゃ気が済まないけどな」

「そうかよ! じゃあくれてやる!!」


 袋を男の方に突き出し、足元に落とす。男の目線が下がる。その隙をついて頭突きを繰り出す。


「ぶぇッ!!」

「これもやるよ!!」


 唐突に繰り出された頭突きを受けながらも、男は金を拾おうと屈む。攻撃されながらも金の方を優先するとは、つくづく愚かだ。まあ、額が額だけにわからなくもないが。

 男の顔面が下に行ったところで、俺はそれを渾身の力で蹴り上げる。


「ぐぉおお!」


 ぐにゅりとした嫌な感触と、何か硬いものが刺さった感触が足に伝わる。

 見ると、倒れた男の歯が砕けている。なるほど、この感触か。

 男は血走った目で俺を睨むと、フラフラと立ち上がる。俺は画面を開いて画像を選択する。


「このやろ――」

「スッキリしたから次のお前には言った通りの額払ってやるよ!!」


 男が殴りかかって来ると同時に画像をタッチした。

 光が溢れる。


「おい待て」


 男が肩を掴む。俺は振り返りながら袋に手を突っ込む。


「わかるよな? 兄ちゃん。この状況が。痛い目見たくなけりゃ金を出せ、ってやつだ」


 ザっと20枚程度の札を掴むと、俺は空中へ放り投げた。


「なッ!?」


 ひらひらと舞い落ちるゴールド札。反射的に男はそれを掴もうと手を伸ばした。

 俺が走り出しても、男は追って来ない。拾うのに必死なのか、20万ゴールドもあれば満足なのか。


「いや、20万ゴールドは払い過ぎだな」


 俺は立ち止まり、画面を開く。もう一度やり直そう。

 光が溢れる。


「痛い目見たくなけりゃ金を出せ、って――」

「おら!」


 俺は札を空へ投げる。なるべく散らばるように。男は驚き、思わずそれを目で追った。

 すかさず走り出し、大通りへ出る。やはり今度も逃げ切ることが出来た。俺は笑いを堪えることが出来なかった。


「クク……ふふふ……。50万で勘弁してやるって言ってたくせに、3万で必死になるなんて……はははは!!」


 大口の割に意外と安く満足した男に対し、俺は大声で笑った。たった3枚がひらひら舞うのを、良い年したオヤジが追いかける姿を想像する。大変滑稽で面白い。

 まあ、それでも3万ゴールド手に入ったんだ。奴からしても十分だろう。

 家に帰って札束を数えてみると、凡そ2000万ゴールドあった。次はこれでギルドへ加入だ。


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