一緒に歩くって、大変だ

『ごっめーん。ホントに時間かかっちゃって』

「大丈夫だよ。肩車とかしてハハ、楽しかった」


 その声を聞いたのか、サミーは好きなジュースを持っているのに退屈そうに顔を下に向けて、足をぶらぶらしている。

 小声で、離れないでくれと言い、サミーが俯いたまま頷く。


『サミー、元気?』

「うん、元気だよ。今はご機嫌ななめって感じだけど」

『怒りすぎちゃって。ギリギリで』

「そうだよな。気持ちは分かる、旦那よりは……下かもしれないけど」


 舌を出して謙遜する言葉を履くと、リズィは寂しそうに吐息で笑んでいる。

「いいじゃん。話聞くよ。ブリッジになって見せる。間男だし」

『もー、やめて。でもありがとう』

「旦那とは連絡取れてないんだろ」

『かなり大変な仕事だから。私頑張らなきゃ』


 ああ。そういう無意識の言葉にこそ、リズィの本音と願いが隠れている。

 それをクーはよく知ってる。


「君は十分頑張ってるよ。まあ、将来不安だよな。俺も一緒だけどさ」

『サミーの事を守りたいの。でも、どうすればいいか。こんなんなっちゃって』

「大人が戸惑うよな。それでやな感じに歯車が回って対処できなくなる」

『クー』

「その繰り返しさ。でもこの場合、歯車の周りがどう捩れてるかは俺が分かってる」

『うん』

「もう少し時間くれないか?待ち合わせする前にさ」

『ありがとう。でもその時間なくて。お義母さんのお世話とかしなきゃいけないから。こんな状況じゃなきゃ、前みたいにできたけど』

「じゃ―君に会う前に何とかしてみよう」

『ありがとう。ごめんね』


 通話は切れた。

 サミーは退屈そうな顔を上げた。


 そこにかかる大きな橋の入り口付近にある針葉樹が並んだ何気ない通りの、さびれたベンチに座ってクーとサミーは、川を通ってきた風に吹かれて、青空を見ながら昼にうっすらと仄るモルトの月を眺めながら、米を練って作られた菓子を頬張っていた。


「母さんが変な理由分かったよ」

「わかったのっ?」

「そんなに驚く?」

「だって、僕が変だと思ってることは僕の気持ちでしょ、何で分かるの?マジック?」


 クーは吹き出し、サミーの創造性に拍手を送りたくなった。

「君は最高だ」

 そう言って、サミーに答えた。

「君の気持ちはお母さんに届いてる。お義母さんの気持ちは俺に届いてる。リレーしてるんだ。心ってさ。複雑だけど、みんなの『こうしたい』ってのは、ぶつかるようにできてるもんなんだ」


「そうなの」

「だから言っても、ぶつかって消えたり、結んでぐちゃぐちゃになったり、矢になってぶつかったりする。そういうものなんだ」

「さっきのお姉さんもそうなの?」


 クーは、残念な気持ちになった。

 しかしうーん、と受け止めて、言った。


「そうだよ。でもお姉さんは皆を守ろうとした。安心してくれ」

「大丈夫だった?喧嘩になってない」

「なったかもしれない。それが世界だから」


 サミーの瞳に、複雑な光が湛えられた気がしたのはその時だった。


「サフィを渡した時、大きくなってくれって言ったよな」

「うん」

「お母さんに、なんで僕の気持ちが分かってもらえないんだって思う時があるだろ」

「うん」

「その時は、サミーが大人になる時なんだ。体が大きいから大人ってわけじゃない。今のサミーでも大人になることは、できる」


「そうなの」

「ああ。だから、次に喧嘩になった時にはさ、『お母さんはどうしたいの』って聞いてあげればいいよ。まあ、また喧嘩になっちゃうかもしれないけど」


 意地悪な大人の回答だと思う。

 まあ、それでいいや。俺は模範的人間でも何でもない。

 だけどサミーの事は一番の理解者でありたいんだ。大したことはできない。

 でもそれでいい。それがいい、彼に考えさせることが救いになるはずだと思う。


 という言葉が、サミーにとって自分がいいおじさんでありたいと思ったある日に買った児童教育本の中に書いてあった。その受け売りでしかないけど、まあ、石を投げなきゃ波紋すら立たないんだ。そのくらいの気持ちだ。


 もしリズィが、サミーに今自分が言った言葉を投げつけられたら、説明責任を果たせればいいと思う。


 そんな事をしている間に、デニムとシャツとカーディガンの何も飾らない姿でリズィがやってきた。随分急いだようで、息を切らせていた。

 あんまり母親とは話すことなく、サミーを引き渡したクーは別れ際に親子に手を振る。


 サミーの表情からは、心なしか、彼の名前にたがわない日の光のような笑顔がこぼれているように見えて、それは自分の心がうがってそう見ているのかは分からない。

 

 でも、その何とも言えない表情を今は覚えおきたい。

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