主人公が多すぎる
バリ茶
第1話 隣の席の主人公くん
この世界における俺とは、いわゆる転生者という立場に該当する人間であった。
名を、如月かなめ。
高校を卒業して間もなく交通事故に遭って命を落とし、気がついたらなぜか別の世界で性別が真逆になって生まれ落ち、現在高校生活二周目がスタートしてしまった、元男子高校生の現女子高生である。
いやに経歴の情報量が多い。
それは俺も自覚しているところだ。
だが、逆に言うとそういった特殊な過去以外に、自分を紹介できる”何か”を持ち合わせていなかった。
前世から男の精神を引き継いでしまったために、純粋な女子にはなれなかったものの、内面はともかく外面は取り繕えるよう、この世界ではしっかり女の子として生きてきたため、特に問題を起こすこともなく、今年で二回目の十六歳、つまり女になって十六年が、それはとても平々凡々と普通に経過した。
自分から転生者だ何だと頭のおかしなことを口外しない限り、俺は中身が男だという事実をひた隠しにしているだけの、どこにでもいる身長低めな女子高生なのである。
だが、普通の女子を極めに極め、一般女子高生免許を皆伝できる領域に到ったことで、得ることができた強みも存在する。
露骨な男口調がでてきたりだとか、間違えて男子トイレに入るだとかなんて、ベタなミスを犯したりはしないし、高校生活中に俺の中身が男だと露呈する心配は皆無だ。
そう、つまり女子高生の擬態が完璧になっている、ということである。
しかし。
かなめさんすごい。擬態できてえらい──日々そうやって自分を褒めることで精神をなんとか保ってはいるものの、十六年も生きていて、中身がまったく女子にならないで『擬態』だと割り切っているあたり、それはそれで問題があるような気がしてならない。
前世はどうあれこの世界じゃ女の子なんだよ俺。女体化とかじゃなく純粋に女として生まれたワケ。なのに中身がこれっておかしくない?
別に何があっても男の精神を守りたいってワケでもないし、日々男と女のはざまで揺れるくらいなら心もメス堕ちしてほしかった──などと意味のない思考が、毎晩寝る前に脳裏によぎるのだ。
つまるところ一番の問題は、前世の記憶がこの世界で十五年生きてきた今でも、未だ色濃く残ってることだ。
性同一性云々ではなく、男として生きてきた前世の〇〇くんの延長線上に今の俺がいることを確実に実感できてしまうせいで、なんかもうホント違和感がすごい。
まさに美少女アバターでVRゲームやってる気分だ。
まぁ、前世を覚えてるというのも、別段悪いことばかりではない。
小学生の頃は学力で無双してたしな。もはやチートの領域だった。
頭の良さで周囲に褒められるのも存外悪いものではなかった。転生系チート主人公の気持ちが実感できて楽しかったくらいだ。
ただ、そこには小学生に褒められて喜ぶ女児(中身18歳男子高校生)という、この世の終わりみたいな存在がいたわけだが。急に死にたくなってきたな。
えぇい中学後半からは地頭の悪さが露呈して学力チートができなくなったからその話はいいんだ。
とにかく。
前世は覚えていてもその記憶で俺TUEEEができなかった俺は、現在普通の女子高生としてなんとか成立しているので、下手なことはせずそれを保っていこうという結論が既に可決されている。
そういうわけで、俺はこれからもバレないよう、ひっそりこっそり身を潜めて生きていくつもりだ。
外面は女子高生だが、中身と趣向は完全に男子高校生なのだ。素面で生きていくには些か厳しいものがある。
恋愛対象は今でも女子だが、そもそも女同士の性的なアレについては興味が無いというか、自分でやるのは怖いし、おしゃれや流行りにも圧倒的に無頓着で、おまけに趣味嗜好はオタク寄りの男子のソレという限界生物だ。
常人の中では生きてゆけぬ。
おれ、卒業したら人が少ない土地で一人暮らしするんだ──と、これが転生した幼き頃に立てた初めての夢である。
なので、学園生活は極力目立たないようにしていく。
チートなども持ってはいないし『またオレ何かやっちゃいました?』ムーブをかます心配もないだろう。
どうせ一度は死んでる身だし、なぜか降ってきたボーナスステージでまで、わざわざ人間関係を頑張るつもりもない。
平々凡々にやっていこう。
そうしよう。
◆
というわけで先月から陰気な女子高生ライフがスタートしたわけなのだが、既に今の時点で嫌な予感がしている。
俺が入学したのは共学の学園で、都内に点在する各学園の中でも特に大きく有名な高校だ。
偏差値の関係でここへの入学が決まってしまった以上、人が多かろうと腹を括るしかない。
生徒数はアホみたいに多く、同じ学年のクラスだけでも多すぎて何個あるのか覚えられないくらい存在する。
十人十色。それだけ人が集まれば個性的な人間だって出てくるだろうし、一風変わった生徒がいても、別段珍しいことではないのだろう。
しかし、だ。
流石に俺の隣の席に座ってるこの男子を『個性的』という言葉だけで片づけるのは、いささか苦しいところがある。
【──僕の名前は睦月誠也。どこにでもいる平凡な高校生だ】
どこにでもいる平凡な高校生はモノローグが実際に目に見えたりはしないと思うんですけど。
……いや、なにこれ。
この男子の周囲には、まるで漫画の吹き出しのような『何か』が物理的に発生している。
文字の書かれた四角い枠、まるで小さいホワイトボードみたいな物体が、彼の心の内を代弁しているように見受けられる。
まるで本当に、漫画の主人公のような独白がそこには綴られていた。
【しかしそんな僕はここ最近、放課後に妙な少女と妙な部活をさせられていたのだった──】
あー、なんかこれが初回ではない感じだな。
もう二話とか三話に改めて自己紹介する冒頭シーン的なアレかね。
モノローグからしてドタバタラブコメディをやってそうな子だ。
──人間とは、超常現象を前にした場合、大きく分けて二つの反応パターンが存在する。
一つは理解しようという努力から始まる狼狽。
もう一つは自分の心を守るための、思考停止の現実逃避。
自分が取ったのは後者であった。
「むぐっ……」
それにしても邪魔だなこれ。
俺の顔にグイグイ押しつけられてくるわちょっ痛い痛い。
この吹き出しもどきの厄介なところは、実際に質量を伴ってそこに存在している部分だ。
発生して五秒程度経過すると、蒸発する水のように自然と消えてくれるものの、その間は重力を無視して宙にプカプカと浮遊し、なによりこの男子こと睦月誠也が心の中で何かを呟くと、まるでポップコーンみてぇに無尽蔵にポコポコ湧いてきやがるのである。
隣の席である俺はソレを無限にぶつけられ続けるワケだ。
あまりにも迷惑である。
ちょっと黙ってて欲しい。
いや、実際彼は黙っているのだけども。
【いろいろな場所に駆り出されたり、ワケあって彼女の家に行ってハプニングに見舞われたりして忙しかった四月から、もう一ヵ月】
見た感じは第一巻が終了してそうな内容だ。
部活系ラブコメ漫画の初刊は、大抵メインヒロインと馴れ初めの一ヵ月を書くのがセオリーだと勝手に思ってるので、そんな予想が湧いて出てきた。
【忙しくもあったが充実した毎日で……】
【充実……した……?】
【いや全然充実してないな。主にハイテンションなあの部長のせいで】
どうやら型破りなヒロインに振り回されてるらしい。お疲れ様です。
それはそうと、次から次へと無駄に吹き出し増やすのを、いい加減やめていただきたい。
そろそろ黒板が見えない。
あぁ、ほら、前の席にもなだれ込んでる……。
というかコレ、なぜ俺にしか視認できていないのだろうか。
試しに指で突っついてみても、確実に質量が備わっているのだが、他のクラスメイトたちは認識しないどころか、吹き出しにぶつかっても素知らぬ顔だ。
吹き出しも吹き出しで、俺に対しては広辞苑くらい重くて邪魔くさいくせに、他の人間に対しては風船並みの軽さなのだ。
誰かに当たった吹き出しは、ポーンとどこかへ吹っ飛んでしまう。
いったい何なのだ、この不可思議現象は。
【最近は貴重なプライベートや休みの日まで浸食されていて……協力すると言った手前、途中で逃げ出すわけにもいかないのだが】
【部が潰れると聞かされて、同情してしまったあの時の僕を、一発殴ってやりたい気分だ】
気苦労が絶えないのだね、かわいそうな少年。
まぁ、そこは主人公の運命だと思うので、割り切って頑張ってほしい。
多分最終的にはヒロインの誰かとくっ付いて大団円だろう。
結局は勝ち組である。
嘆きすぎるのは良くないよ。
【だけど、この授業中は数少ない癒しの時間だ】
意外とガリ勉タイプだったのだろうか。
【なにせ如月さんの隣で、のんびり黒板を板書するだけなのだから】
んっ? ……あっ、睦月くん消しゴム落としてんじゃん。
拾ってあげよ。
「はい、落としたよ」
「ぁ……うん。ありがとう如月さん、わざわざ拾ってくれて」
「んー」
変に大袈裟だ。
サンキュ、とかで済ませても別にいいのに。
【そう──如月さん、実は僕の好みのタイプの女の子だったりする】
驚愕の真実だ。
どうやら読んではいけない、思春期男子の隠されるべき秘密を、不可抗力とはいえ覗き込んでしまったらしい。
マジかよ。こんなちんちくりんのどこが良いんだ。
かなりの童顔で背も低いし、お世辞にも美人とは言えないぞ。あと胸もない。
ロリっ娘と称されてしまっても、あまり大きい声で否定はできない体型だというのに。
【別に何かきっかけがあったわけじゃないし、多分恋心ですらないんだと思う】
【でもここ最近ずっと奔放な部長に付き合わされている僕にとって、好みのタイプな女の子の隣でのんびりできるのは、間違いなく癒し効果のあるクールタイムなのだ】
きみの青春それでいいのか……。
他人の人生にとやかく言うつもりはないが、彼はまだ高校一年生。
できればこんな中身男のちっこい女になぞ癒されてないで、ヒロインとキャッキャウフフするなり、男友達とバカやるなりして精神を癒してほしい。
俺を観察するよりもっといい事いっぱいあるよ少年。
【あぁ、彼女があの部活にいてくれたら、きっと僕の高校生活も心躍る青春になると思うのに──】
「あー、じゃあ次の段落を睦月」
彼の反応はない。
先生に呼ばれてもボーっとした状態から抜けられないほど、睦月くんは精神的に疲弊してしまっているようだ。
「睦月、授業中だぞ!」
「んひぃえっ!? は、はい!」
先生にあてられて我に返る睦月くん。主人公は大変だね。
多分彼視点で漫画が進むなら、次のページには放課後になってそうだ。
それから、少年が期待していることを裏切るようで悪いが、俺はヒロイン足り得る女の子ではないのだ。
部活にもきっと入ることはないだろう。
願わくば、型破りだけど根は(たぶん)いい子であろう部長ちゃんとくっ付いてほしいところだ。
──というわけで、なんやかんやあって放課後。
校舎内の自販機が置いてある中庭にて。
【くそっ! 奴はどこいった!? まさか魔王候補がこの学園に潜んでいたなんて──】
「──ハッ! 確か生贄には素質のある少女を使うってアイツ……あの少女が危ないっ!」
なんかめっちゃ焦燥の表情で学園内を走り回ってる男の子がいた。
普通の子っぽい睦月くんとは違って髪の毛がツンツンしてるタイプの子だ。
……この学園、主人公多いなぁ。
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