六年生になったので飲み会をします。幽霊と

福沢雪

六年生になったので飲み会をします。幽霊と

 放課後の六年三組の教室で、わたしたち三人はおしゃべりしてた。

 そしたらいきなり、マナちゃんがキリッと言った。


「飲み会をしようと思います」


「飲み会ってなあに~?」


 ナナコちゃんが、ぽやんと聞き返す。


「飲み会っていうのは、知らない男の子とお酒を飲んで仲よくなることです」


「お酒!」


 わたしはおどろいて、大きな声を出してしまった。

 だってマナちゃんは、クラスの委員長もつとめている優等生だから。


「もちろん六年生はお酒を飲めません。代わりにジュースを飲みます。今度の日曜日に、カラオケボックスで」


「『知らない男の子』って、マナちゃんも知らない子なの~?」


 ナナコちゃんが、ふんわりと聞いた。


「弟の友だちのお兄さんとその友だちです。会ったことはありません」


 ややこしいけれど、それはひとまず置いておこう。


「ねえマナちゃん。なんで急に飲み会なんてしようと思ったの?」


 わたしが聞くと、マナちゃんはメガネをくいっと直した。


「この飲み会は、ミナミちゃんのためです」


「えっ、わたし?」


「前にミナミちゃんは言っていました。少女マンガみたいな恋をしたいと」


「た、たしかに言ったけど。でもそれは夢っていうか、本気じゃないよ」


 わたしは顔の前でぶんぶんと手を振った。

 するとマナちゃんは窓のほうを向いて、少しまぶしそうな顔で言う。


「わたしたちは、もう十二歳です」


「うんうん。恋をしてもいいオトシゴロだね~」


「でもいきなり『飲み会』なんて言われても……」


 わたしがもにょもにょしていると、マナちゃんが口を開く。


「わたしの観察結果によると、ミナミちゃんは男の子が苦手とわかりました」


 わたしはドキリとして言い訳する。


「それは……低学年の頃の乱暴なイメージが強くて」


「だから飲み会です。飲み会での男子は、女子をお姫さま扱いしてくれるとネットで見ました。それにこれは、普通の飲み会ではありません」


「そもそも小学生が飲み会すること自体、普通じゃないと思うけど」


 わたしのぼやきに、マナちゃんは予想外の言葉を返す。


「なぜなら、相手のひとりが幽霊だからです」



 *



「さて、作戦会議です」


 カラオケボックスの室内。

 ソファに座ったマナちゃんが、くいっとメガネを押し上げて言った。


「ナナコちゃんはかわいいので、はしゃいでいるとみんなの緊張がほぐれます。トップバッターで歌ったり、カラオケで合いの手を入れたりしてください」


 おっけ~と、ナナコちゃんがうなずく。


「一方わたしは、『かいがいしさ』を発揮します」


「かいがいしさって?」


 わたしはマナちゃんに尋ねた。


「かいがいしさとは、焼きそばを取り分けて上げたり、カラオケの曲を入れてあげたりです。ナナコちゃんとは別のアプローチです」


「研究熱心」


「そして、ここぞというときにボディータッチです」


「ボディータッチ!」


 わたしのほっぺが、かあっと熱くなった。


「今日のマナちゃんは積極的だね~」


「飲み会を盛り上げるためです。ミナミちゃんのためです」


「そんなの悪いよ。無理しないで、マナちゃん」


「わたしは五年生までずっと、友だちがいませんでした」


 マナちゃんが、ひとりごとみたいに言った。


「わたしは勉強ができすぎるので、みんな話しかけにくかったみたいです。でも自分から話しかけるにも、なにを話せばいいかわかりません」


 出会った頃のマナちゃんは、たしかにひとりぼっちだった。


「そんなとき、ミナミちゃんが話しかけてきたんです。わたしも名前に『ナ』がつくんだよ。だから仲よくなろうって」


「言った……かなあ?」


「わたしも同じこと言われた~。ナナコの『ナ』」


 じゃあ言ってるのかも。


「いまだから言いますけど、なに言ってんだこいつって思いました」


「ひどい!」


「わかる~」


「ひどい!」


「でもそれをきっかけに、ミナミちゃんと話すようになりました。おかげでわたしは、友だちがいる楽しさを知ったのです」


「マナちゃん……」


「だからミナミちゃんのためなら、男の子へのボディータッチくらい、赤子の手をひねるようなものです。ひねりまくりです」


「「ひねっちゃだめだよ!」」


 わたしとナナコちゃんが同時にツッコんだ。


「あっ、メッセージがきました」


 マナちゃんがスマホを操作し、その場の空気が緊張する。


「もう着いたそうです。途中でも作戦会議をしますので、わたしがトイレに立ったらついてきてください」


 そんなおしゃべりをしていると、ドアが開いた。


「こんちは~」


 最初に入ってきたのは、いかにもお調子者といった感じの男子。

 髪の毛がふわふわで、なんだかちょっと犬っぽい。


「どうも。今日はよろしくお願いします」


 次に入ってきたのは、背の高い男の子。

 メガネをかけているけれど、優等生というより文武両道の印象。


「チッ」


 最後につまらなそうな顔で入ってきたのは、ちょっと怖い感じの男の子。

 顔は整っているけれど、なにかイライラしてるっぽい。


「こんにちは。わたしが幹事のマナです」


「ナナコちゃんって呼んでね~」


「わ、わたしはミナミです。よ、よろしくっ」


 ふたりが自己紹介したので、わたしも慌てて続いた。


「俺はユウイチです。弟のユウジが、マナさんの弟と仲がよくて」


 メガネの男の子が礼儀正しく頭を下げる。


「ハルでーす。 かわいい子ばっかりだね!」


 犬っぽい男の子が、まるで尻尾を振るようににこにこしている。


「イツキだ」


 最後の男の子は、むすっとした顔で名前だけ言った。


「わたしたちは、同じクラスの仲よしだよ~。男の子は~?」


「ぼくたちはサッカー仲間かなー。学校の同好会と、町のクラブと両方で」


 ナナコちゃんの質問に、ハルくんがさらりと答えた。


「すごい。未来のプロサッカー選手ですね」


「マナちゃん、いまのうちにサインもらっておく?」


「あはは! 実はもうサイン考えてあるんだー」


 ハルくんがけらけら笑った。

 わたしも一緒に笑っていると、ふいにイツキくんから声をかけられた。


「おい」


「な、なに?」


 思わず身が縮こまる。


「いや、なんでもない」


 イツキくんはつまらなそうに、わたしから視線をそらした。

 なんだったんだろう?


「とりあえず、ごはん頼もうよー。ぼく、おなか空いちゃった」


「先ほど注文しておきました。すぐにきます」


 ハルくんの注文に、マナちゃんがキリッと返す。


「まずは、わたしが歌うね~」


 決めていた通り、ナナコちゃんが最初にマイクを持った。


「あ、ぼくこの曲好き!」


「ほんと~? じゃあ一緒に歌お~」


 ナナコちゃんに誘われて、ハルくんがマイクを持つ。

 ナナコちゃんのアイドルっぷりはもちろん、女性アイドルの曲なのに歌えるハルくんもすごい。


「次は誰が歌いますか?」


 ユウイチくんの問いに、空気がしんとなる。

 ナナコちゃんとハルくんの後に歌うのは、すごくプレッシャーだ。


「わたしたちも、デュエットしませんか」


 マナちゃんの思い切った誘いに、ユウイチくんが「えっ」と固まる。

 見ればマナちゃんの手が、ユウイチくんの手に触れていた。


「そ、そうですね。じゃあこの曲で」


 ユウイチくんとマナちゃんが、しっとりと歌い上げる。

 ふたりともすごく上手だし、なんだかどっちも大人っぽい。


 それはそれとして、この流れだと次はわたしとイツキくんが一緒に歌うのかな。


「俺は歌わないからな」


 わたしと目があったとたん、いきなりイツキくんに断られた。


「だったら、わたしもパスしよっと」


「おまえは歌えよ。なんのためにきたんだ?」


 なんのためと言われると、『恋をするため』なんだけど……。


 わたしはあらためて三人の男の子を見た。


 ハルくんはかわいいし、一緒にいて楽しいタイプ。

 ユウイチくんは同級生には思えないけど、先生みたいで安心する。

 イツキくんは……わたしが男子に抱いている印象そのまま。


「じゃあ次は、ミナミちゃんのために曲を入れます」


「えっ、わたしはいいよ!」


 でも止める間もなくマナちゃんが曲を入れたので、わたしは涙目になりながらがんばって歌った。


 なのに――。


「おまえ、音痴だな」


 イツキくんの感想に、わたしはがっくりうなだれた。


 まあそうだよね。

 ほかの誰からも感想ないし。


 でもだからって、はっきり言わなくてもいいのに。

 わたしがむっとしていると、マナちゃんから合図が出た。


「すみません。少々お手洗いに」



 *



「ナナコちゃんは、ハルさんといい雰囲気ですね」


「あの子、かわいいね~。マナちゃんは、ユウイチくんといい感じ~」


 わたしがうんうんうなずいていると、こっちに話が飛んできた。


「問題は、ミナミちゃんです」


「そうだね~。恋の予感あったかな~?」


 むしろケンカの予感がひしひしと、なんて言えない。


「ところで、幽霊は本当にいるのでしょうか?」


 マナちゃんの言葉で、ふと思いだした。

 そういえばこの飲み会には、ひとりだけ幽霊が参加しているんだっけ。


 明るいハルくんが幽霊とは思えない。

 ユウイチくんは、マナちゃんにボディータッチされていた。

 じゃあイツキくんが幽霊?

 たしかに口数は少ないけれど……。


「まあいたとしても、普通の人には見えないしね~」


「えっ?」


 ナナコちゃんの言葉に、わたしは驚いた。


 どういうこと?

 あの三人以外に、別の幽霊がいるってこと?


「そろそろ戻りましょう」


 マナちゃんとナナコちゃんがトイレを出ていく。

 そこへ入れ替わるように、入っちゃいけない人がきた。


「ちょっと! ここ女子トイレだよ!」


 イツキくんは平然とトイレに入ってくると、わたしをにらむように見た。


「あんた、気づいてないみたいだから言ってやる」


「なに言ってるの? 早く出てよ! ヘンタイ!」


 これだからデリカシーのない男子は嫌いだ。


「おまえの友だちは、俺とすれ違ってもなにも言わなかっただろ」


「そういえば……」


 優等生のマナちゃんが、こんなヘンタイ男を注意しないなんて。


「見えてないんだよ。俺は幽霊だから」


「そ、そうやってごまかしてるだけでしょ!」


「そこの鏡を見てみろ」


 言われて素直に鏡を見た。


「普通の鏡じゃない。別になにも映ってないよ」


「そうだ。俺も映ってない」


 たしかに鏡に向かって指をさしている、イツキくんの姿が映っていない。


「ほっ、本当に幽霊……?」


 背筋にゾクっと寒気がする。


「おまえの友だちが言ってただろ。幽霊は普通の人には見えないと」


「じゃあなんで、わたしはイツキくんが見えるの……?」


「おまえだって、うすうす気づいてるだろ。もう一度、鏡を見てみろ」


「わかってるよ。イツキくんが映ってないんでしょ?」


「おまえは?」


 よく見れば、鏡にはわたしも映っていなかった。


「認めたくない気持ちはわかる。俺もそうだった。だが目をそむけたって、事実は変わらない。おまえはもう、死んでる」


 わたしはなにも言えず、イツキくんを見ていた。


「俺も、今日ここにくるまで自分が死んでいると気づいていなかった。おまえを見て気づいたんだ」


「わたしを?」


「ああ。マナってやつとハルと、おまえの三人で会話していたときだ。ふたりはおまえのほうを見ずにしゃべっていた。ハルはしゃべるときに必ず人の目を見る。マナってやつも礼儀正しい。なのにおまえを無視するなんて変だ」


「……うん」


「考えてみたらわかった。三人の会話は、おまえがいなくても成立する」


『すごい。未来のプロサッカー選手ですね』

『マナちゃん、いまのうちにサインもらっておく?』

『あはは! 実はもうサイン考えてあるんだ』


 たしかにマナちゃんとハルくんの間に入ったわたしの発言がなくても、ふたりの会話は成立している。


 でも、この会話に限ったことじゃない。

 ちょっと前から、なんとなく噛みあわないことがあると感じていた。


「だから俺は、おまえに『おい』と話しかけた。するとおまえは『なに?』と返事した。幽霊と会話ができるわけがない。だから勘違いだと思った。しかしその後、おまえの下手くそな歌に誰も眉をひそめなかった」


「ひどい!」


「実際ひどい歌だった。だから俺は、おまえが幽霊だと確信したんだ。するとこうなる。『幽霊の歌が聞こえる俺は、いったいなんなんだ?』」


 幽霊を見ることができるのは幽霊だけ、ということ……?


「つらいとは思うが、認めたほうが楽になる」


「認めるよ! わたしは音痴だよ!」


「そっちじゃない。自分が死んでいることだ。そのほうが、『もしかしたら』と思い続けるよりずっといい」


「それって、なぐさめてくれてるの?」


「……そういうわけじゃない」


 イツキくんが顔を赤くしてそっぽを向く。


「なんだ。照れると結構かわいいじゃん。怖がって損しちゃった」


「こいつ……!」


「ほらほら。いくらオバケだってヘンタイはダメだよ。ここは女子トイレなんだから早く出て」


 わたしはイツキくんを追い立てて、トイレのドアをすり抜けた。



 *



 自分たちのボックスに戻ると、マナちゃんが話していた。


「ミナミちゃんがそばにいるのはわかるけれど、姿も見えないし話もできません。だからミナミちゃんに、友だちができたらいいなと思ったんです」


 わたしは唇を強くかんで、涙が流れそうになるのをこらえた。


「おまえ、いい友だちを持ったな」


 隣でイツキくんが、ぶっきらぼうに言う。


「ぼくたちも、同じ思いだよ。でもイツキは口が悪いから、ミナミちゃんに嫌われてないか心配だー」


 ハルくんの言葉に、わたしはくすっと笑ってしまった。


「イツキくんも、いい友だちを持ったね」


 ふんと鼻を鳴らして、口をとがらせるイツキくん。

 こういう不器用っぽいところは、ちょっとかわいい。


「しかし驚きました。ミナミちゃんもイツキくんも、同じバスの事故で亡くなっていたなんて」


 さっきイツキくんが言ったように、うすうすは気づいていた。

 でもわたしは、自分が死んだなんて信じたくなかった。


「こいつらは、見えないくせに俺たちの存在に気づいていた。その上こわがったりせず、こんな風に世話を焼いてくれた。こいつらはお互いのグループに幽霊がいるからこそ、飲み会なんてバカなマネをしたんだな」


 そう思う。

 いくらわたしが『恋をしたい』と言っていても、優等生のマナちゃんが飲み会なんて手段を選ぶわけがない。


「俺はこいつらに、いつまでも心配させたくない。だからおまえと、その、友だちに……なってやってもいいぞ」


 素直じゃないだけで、イツキくん、根は優しいのかも。


「ありがと。じゃあまずは、カラオケにつきあってね。イツキくんがわたしを『音痴』って言わなくなるまで」


 イツキくんが顔をしかめた。


「わたしの観察によるとミナミちゃんは男子が苦手なのですが、ふっきれると赤子の手をひねるように尻に敷くタイプだと思います」


 マナちゃんの言葉を聞いて、わたしは吹きだした。


 もしもわたしがイツキくんを好きになったとしても、誰にも恋バナできないのはちょっとさみしい。


 でもきっと、マナちゃんとナナコちゃんには言えない恋も伝わると思う。

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