第41話 消えたケンジ

「え?」


 先ほどまで一緒にいたケンジがいない。その姿はどこにもなく、まるで最初からいなかったようにこの空間から消え去っていた。


 は?何が起こったんだ……。ケンジに何が起こった?


「ケンジ!?」


 困惑の声しか出ない俺を他所にエマは地面に体をつけ、手で触ったり、ウサギ耳を付けていたりとまるでそこに扉でもあるかのような不可解な行動を繰り返していた。


「エマ?な、なにを?」


 いまだ困惑する俺に、奇怪な行動するエマが叫んだ。


「ケンジが……!変な影が現れて……」


「え?」


 叫ぶエマに、俺もわけが分からないまま話を聞くとどうやらあの笛の音が鳴った後、ケンジの立っていた地面に突然影のようなものが生まれたと思うと、ケンジをその中に瞬時に引きずり込んだというのだ。


 どういうことだ、これはゲームのイベントなのか?それともバク、異常事態なのか。


 分からない……。なんだ、どうするのが正解なんだ。


 分からないことが多すぎて、俺の心はかき乱されていく。


 ただのゲームの仕様なのかと考えたかったが、何か嫌な予感というものが俺の体を包み込み、急激に不安にさせた。


 ケンジに、あの優しい人に何かあったら……、俺が心の中でそう考えると、自身の体が熱くなっていくのを感じた。


「わたし、反応できなくて……」


 彼女も突然のことで動揺しているのだろう。耳を慌ただしく跳ねまわり、どうすれば良いのか分からず目が不安げに泳いでいた。


 動揺するエマを見ていると、なぜか俺の先ほどまで熱くなっていた体は逆に冷静さを示すように冷たくなっていく。自分のやらなければいけないことが分かったような、整然とした気分に染まる。


 とにかく、あいつに話を聞かないと……。


 俺はギョンゾの方を振り向いた。


 ギョンゾを見ると、先ほどは何とか立っていたが、今は笛を大事そうに持ちながら、しりもちをつくような形で地面に座り込んでいた。


 自然と強く握られた剣を片手に近づく。


 近づくと、ギョンゾが小さい声でブツブツとつぶやいていることが分かった。


「やった、俺はやったんだ。悪を倒したんだ。俺が……、俺が」


「おい」


 ギョンゾが近づいてきた俺に気付き、俺の顔を見上げていた。


「ギョンゾ、説明しろ。これはどういうことなのか?これはイベントか、バクか?ケンジさんの居場所はどこだ」


「なぜ、俺の名前を知ってる……。それにイベント、バクとは何だ?」


「そんなの、……っ、どうでもいいだろ!?」


 関係ないことを聞かれ、冷静だと思っていた俺の脳は突然沸騰するように熱を上げてしまう。俺はその勢いのまま座り込んでいたギョンゾの首元の服を掴み、自身の目前まで立たせる。


「ぐっ……」


 ボロボロの体で抵抗する力がないのか、ギョンゾは抵抗することなく俺に強制的に立たせられてその痛みからか小さく声を上げた。


「状況と居場所を、説明しろ」


 まるで、何かに操られたように自身の怒りに任せて俺は言葉を発する。


 俺はギョンゾの顔を見つめる。すると、ギョンゾはまだ自分がどういうふるまいをした方が良いことに気が付いていないのだろう。何もしゃべることは無く、ただ黙った。


「ぐぁ」


 俺はギョンゾを掴んでいた手を離した。


 急に離されたギョンゾが地面に倒れ込む、うずくまる。


「答えろよ」


「俺は……知らない」


 うめくギョンゾは振り絞るようにただそれだけ言った。


「そうか……」


 手に握っている剣により力が入る。力を込めすぎたからだろうか、体が震えているからだろうか?俺の持つ剣が震える。


 俺は剣をギョンゾに向けて振り上げた。脅しのようなその姿に目の前のギョンゾの息を飲みこむ音が聞こえたような気がした。


 沈黙が響くその空間で、俺はそれを断ち切るように剣をギョンゾの顔面に目掛けて振り下ろした。


 吸い込まれるように綺麗に垂直に振り下ろされた剣はギョンゾを切り裂く前に


「ひっ……」


 その小さな悲鳴で、その剣はピタリと止まってしまっていた。


「……くそ」


 なぜかピタリと止まってしまったのだ。


 ギョンゾの怯える顔が見える。

 

 俺には、抵抗できないNPCを殺すことはできなかった。


 自身の体から力が抜けていく。


「カジ!」


 後ろを振り返ると、エマが俺に駆け寄ってきており、剣を下ろさせた。


「こんなことやめて。意味ないよ」


「ああ……」


 彼女の姿を見て、俺の怒りが急速に萎んでいくのが分かった。


 鞘に剣を納めると、辺りに沈黙が支配した。


 誰もが動かない中、俺の下でギョンゾが何か言った。

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