編集済
昨日は3話までとし、あとは気になりながらも今日に残しました。勿体なくって、じっくり味わって?読みたくって、そして心にしっかり残したくって・・
何故この物語に惹かれるのでしょう、そして何故この叔父さんに魅かれるのでしょう。それは・・・
私の親戚に似たような人がいました。田園調布にお屋敷があり会社を経営している、そんな経済的に豊かな家の息子。親の会社に勤めたけれど絵描きの夢が忘れられず、再度美大に入学しなおしその道を歩みました。結婚し何人かの子に恵まれ・・
お父さんとして頑張らねば、というのが凡人である我が家の者達の,彼に対する批判でありました。けれど妻である親戚のお姉さんは、働かず絵に没頭し親からの援助で生活する、そんな夫の希望を受け止め、職に就かないお父さんを子供達にも受け止めてもらうよう努力し・・世間の声には人は人、と受け流しました。
ゴッホのように死後絶大なる評価が生まれた訳ではありません。アパートに籠り自由人間として生き、それなりの成果もなかったようですが、お姉さん家族が承知であれば他人がとやかく言うものではないのだと、大人になってやっと分かった私でした。
そして、私の兄です。明るくハンサムで、その上ちょいと粋で沢山の友人がいて。申し分ないようですがちょっとやんちゃで、もう少しでろくでなしと言われかねない・・両親や兄弟は長い間大部苦労させられました、でも誰もこんな人居なかったらなぁとは思いません。(出来の良い長兄の陰で苦しんでいたを知っていましたから。)
この魅せられ惹かれる、二人と物語の叔父さんから思うことは、誰にも他人には分からない何かがあり、それはさも分かったようにとやかく言えないもの・・と。
叔父さんがろくでなしか、正解が何か、なんて誰にも分からない。それを支えるおじいさまはゴッホの弟のようなもの。売れようと売れまいと、信念を支えられる人の物語にもとらえられる、そんなお話にいたく、いたく感動させられたローバでありました。あ~上手く伝えられないもどかしさよ!
**送信ミスで途中になり焦りました。亮さま、うざいお婆さんが又長い感想文を書いてしまいました、お許しください。つい・つい・・(ホントに終わり、ですゴメンナサイ)
作者からの返信
大切にお読みくださり本当に嬉しいです。感謝申し上げます。
これはフィクションですが亡くなった私の叔父がモデルになっており、私自身も好きな作品になりました。
実は私はこの実の叔父をずっと否定的に捉えていました。芸術家と言っても結婚もし子も授かって生活しているわけで、「俗」な部分もありました。その「俗」な部分のせいで周りが苦労しているのも見てきたので共感も肯定もできなかったのです。正直、ろくでなしだと思ってました。
私も歳を重ね叔父が亡くなった年齢に近づいてきました。いまでは少しだけ叔父に対する気持ちに変化があるようで、少なくとも考え直してみようという気になっています。それがこの物語を書こうと思ったきっかけでした。
普遍的な正解はないけど己の出した解が正解だと、それが今の私の答えでした。
深くお読みくださり感謝いたします。
またレビューとレビューコメントまで頂戴し感激です。
本当にありがとうございました。
編集済
自由に生きること、それを貫き続けることは簡単なようで、実はとても難しい気がします。
それぞれの人に、それぞれの生き様があり、見方によってその人生は姿を変える。そんなことを考えました。
親より先に逝くのは親不孝。
これを親として言わねばならないことの身を切られるような辛さ……。
おじいちゃんの語られる言葉が、胸に沁みます。
おんちゃんへの想いが温かくて。
理解して貰える人がいたからこそ、おんちゃんは自分の道を自由に生き抜いてこれたんでしょうね。
>正解は、僕が出す答えだ。
ラストの言葉に深く頷いている自分がいます。
何度も読み返したくなる作品を、ありがとうございました。
作者からの返信
生きる楽しみ、充実感。自分らしく生きるってなんだろうと、この歳になって考えてます。
自分の思うままに自由に生きるって難しいですね。ほとんど実現不可能なんじゃないかと。
でもなんでもかんでも易き方へ妥協して進んできて、ふとこれで死ぬときに満足できるんだろうかと思うようになりました。
それで、失敗しても成功しても、なりたい自分に挑んだと思えるものがなければ後悔する、との思い至ります。
結果だけ見れば満足できるとは言い難いところもありますが、楽しかったと断言できます。負け惜しみではなく。
正解は僕が持っているのだ、そう思っています。
すみません、くどくどと語ってしまいました。
お読みくださり本当にありがとうございます。
お★様まで頂戴し、恐縮です。
ありがとうございました。
編集済
若くして亡くなったおじさんのことを思い出しながら読んでいました。
子供の目から見ても、枠に収まらない生き方でした。優しいおじさんでしたが、普通の会社員で働くとかひとところに居られず絶えず悩み葛藤しているように見えました。
親よりも早く亡くなってしまったことも、物語と重ねてやるせない気持ちになりました。
周りの厳しい目にも流されずに我を通すことって、ある意味強いなと思います。
作者からの返信
桃もちみいかさんにもそのような叔父様がいらしたのですね。
物語はわたしの叔父がモデルになっています。
面白い人だったのですが私が大人になるにつれ、口ばっかりが達者な不甲斐ない大人に見えてきていました。
叔父が亡くなったときに悲しいとか悔しいと思わなかったのは、十分好き勝手に生きたのでしょうと、ある種の嫉妬があったからだと思います。
叔父が何を思いこの世を去っていったのかはわかりません。
叔父のこと、生き方を考え直してみました。
最後までお付き合いいただき、お★様まで頂戴してしまいありがとうございました。
とてもいいお話でした。
私にも、私自身に影響を与えた叔父がいるのですが……。
まあ、いろいろとある人で……(-_-;)
なので、なんか他人事とは思えませんでした。
ありがとうございました。
作者からの返信
あぁ、青嵐さんにも。
この物語のモデルは私の叔父です。妻と子供二人を残して亡くなりました(もう子供たちは職に就いて社会人になっています)。
叔父が亡くなったとき私はもう社会人となり稼いでいましたので、不甲斐ないまま亡くなったなというのが正直な感想でしたが、最近になって本当にそれだけだろうかと思い始めまして。それで物語を書いてみたのですが…。
いまは叔父の生き方を否定する気はなくなりましたが、肯定する気もないですね。本人が満足してこの世から去ったのか、それもわからないです。
お読みいただき、お★様まで頂戴いたしました。
本当にありがとうございました。
む~。
考えさせられるお話しでした。
私はゴッホが好きですが、ゴッホという人を近くにいたら迷惑な人。と思っています。
おんちゃんはゴッホみたい。表現したいものが頭の中にいっぱい詰め込まれていて、それを形にする事に忙しかったのでしょう。病床にいても想像や創造に手を動かしたい情熱があったのではないでしょうか。
しかし、私にはおんちゃんの姉の気持ちが実はこの話の軸に思えます。
好きなことをして自分らしく生きれる事は素晴らしい。かもしれないが、もういい歳なんだから常識的な行動をして欲しい。将来を見据えて自立して欲しい。
これは私が今、自分の弟に思っていることです。もう50にもなるというのに…音楽だの芸術だの、、勤めが合わずに自分で始めた店は友達のたまり場で。
( ´△`)アァ-でも、何故か弟に甘いお姉ちゃんは嫌味を言いながらも弟の喜ぶ顔を想像して、衣類や食品を詰めたダンボールを宅急便に託してみたりしちゃうんです。
姉って、辛いよねー。とおんちゃんのお姉さんと語り合いたいわ。あはは。
このお話しは、後でゆっくり読み返します。(•ᵕᴗᵕ•)
作者からの返信
モリナガ チヨコ様
ご無沙汰しておりました。また細々と「カクヨム」を続けてまいりたいと思います。
じっくりお読みいただき有り難うございます。
そうですね、実は姉(母)の気持ちを少しだけ楽にしてあげたいという思いもありました。
不甲斐ない弟、ろくでなし、と責める気持ちと、言葉に発せられない、発したくない愛情が姉にはあったのだろうと思います。
「僕」がおんちゃんを(少しだけ)受け入れたことで、おんちゃんのことはアンタッチャブルではなくなった。
姉としてそれは嬉しかったんだろうと思います。
お★様を有難うございます。
またよろしくお願いいたします。