普通
生糸 秀
普通
「ここだよ。ここでママはパパに告白したの。」
人気のない商店街を通りながら、妻は恥ずかしげもなくそういった。
普通そういうの恥ずかしくて言わないんじゃないの?
まして自分の息子に恋愛の話とかしないだろ?
俺だったら両親のそういう話聞きたくないし・・・。
妻のこうしたあけっぴらげに何でも話すところには、いつも驚かされる。
「え~!!告白って男がするのが普通じゃないの?」
5歳になる我が息子は、俺とは違うところに引っかかったらしい。
「何言ってんの。好きな人に気持ちを伝えるのに性別も年齢も関係ないじゃない。大体、男の人しか告白できないってどんなルールなん?女の子は気持ちを一言も発せないわけ?」
妻はむきになって息子に言った。
非常に、大人げない。こんな息子の言葉さらっと受け流せばいいのに。
すると息子は、ヒートアップした妻に当てられ、少し反抗気味に訴えた。
「だって、幼稚園でしょう君が言ってたよ。男の子が告白して女の子がオッケーして付き合うんだって。」
幼稚園ってそんなことまで話すの?!
俺は結構驚いた。俺の幼稚園時代そんなませた話なんかした記憶がない。
同級生がうんこ漏らしたとか、ちんこ出して笑いとったりとか、そういうので死ぬほど笑ってた記憶しかない。
恋愛のことなんか興味なくて、正直誰かのことが好きすぎて眠れないなんて正気の沙汰じゃないと思っていた。
中高で恋愛ごっこは経験したけど、本気で好きだったと言い切れないような感じで終わってしまった。
でも、妻と出会って結婚して、息子ができて、息子と恋愛の話をしている(正確には妻が)日々が来たことに、いまさらながら驚いている。
「はー、あのさ、そういうルールとか本当無いから。型に縛られると不自由だよ?もっと自由に生きなきゃ。大体、普通って何?誰が決めたの?誰のルールに従っているの?」
妻は相変わらず、大人げなく反論している。
めちゃめちゃ正論を息子にぶつけている。
まだ5歳の息子に、そんな難しいことを言ってもわからないだろ?
そう思うが、むきになって言い争う二人をもう少し見ていたかった。
「だってだって、ルールは大事だって先生言ってたもん。」
でた!子供特有の論点ずらし。
俺は妻の返答に注目した。
「いい?ルールは大事、人に迷惑をかけちゃいけないから、ルールは守んないとだめでしょ?でもさ、普通とか普通じゃないとかは、ルールじゃないじゃん。女の人が男の人に告白しても誰にも迷惑かけないじゃん?」
おー。俺は思わず感心した。
妻は、息子に分かるように説明しながら、論点ずらしを修復した。
今までは、俺が論点ずれてる会話を軌道修正してきたのに、妻は一人で俺の役までこなせるようになっていたのだ。
「でも、パパは迷惑だったかもしれないじゃん。女の人に告白したかったかもしれないじゃん!」
いや、息子よ。付き合っている時点で迷惑なわけないだろ。
大体女の人に告白したかったってなんだ?一人で突っ込んでいると
「そうなのかな?パパ迷惑だったのかな?ママ、パパに迷惑かけちゃったのかな?」
急にしおらしくなった妻が今にも泣きそうな顔で息子に言ったのを見て、いてもたってもいられず、いや、そんなわけないだろと言おうとしたとき、
「そんなわけない!パパはママが大好きだったんだよ。じゃないと付き合うわけないじゃん!」
息子が必死にフォローした。
いや、あんた今、真逆のこと言ってただろ、とつっこみたくなったが、必死にこらえる。
「そっか~。そうだよね~。よかった~。ママパパに迷惑かけたかと思っちゃった。」
と、妻が安心した顔で笑った。
妻が子供すぎてあきれ返りそうになったが、そんな二人の子供なやり取りを見て、いつもと変わらないふたりの日常がこの先もずっと平和に続いてほしいと強く思った。
普通 生糸 秀 @uisyu
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